7話
無事に健康診断も終わりあとは帰るだけとなった。
今朝は何も食べていないので腹が減っている。どこかで昼食を取ろうかと近くのレストランを調べていると、後ろから肩を叩かれた。
「日辻さんも終わったんですね。お疲れ様でした」
「真くん! 今から飯食うけど来る? 奢るよ!」
「え、いや、悪いですよ」
「いーのいーの! あと敬語いらないよ!」
真くんはしばしの迷いを見せてからおずおずと承諾してくれる。
喜んでレストランへ歩き出そうとすると、勢い良く人とぶつかってしまい体制が崩れた。
男性はそのまま走り去ってしまい、オレたちはろくに謝罪もできずに立ち尽くすしかなくなってしまう。
真くんが怒りを顕に文句を言うのを窘めていると、ふと何か落ちていることに気がついた。先程まではなかったので男性の落し物だろう。
落し物はUSBメモリのようだ。仕事に使うものかもしれないので、なくなったとわかれば男性も焦ってしまうかもしれない。
「虹星なら海がいるからすぐに見つけられますね。交番に届けるより確実でしょう」
真くんはそう言ってUSBメモリをハンカチに包んでしまい、昼食へ行こうと提案する。
うーん。確かに探偵事務所の彼らならすぐに見つけられるのだろう。真くんは真面目だし雑な扱いなどはしないという信頼もある。
けれど、USBメモリなんて貴重品を持ち歩いて出掛けるのは気が引けてしまうな。もし盗んだなんて疑いをかけられては困るだろうし……。
「探偵事務所いこ。すぐの方が今の人も助かるだろうし」
「えー! あいつの自業自得じゃないスか! そこまでしてやる必要ないですよ!」
今の一瞬でそこまで人を嫌いになれるの? この子は思っているより若いのかもしれない。
会って文句を言う機会ができたと思えばいいと伝えれば渋々納得して事務所まで案内してくれると言う。警察関係者の知り合いもいるみたいなので、落とし主からの届出があれば対応もできるそうだ。
「そうだ。うちは飲食店も経営していますので、よければそこで食事にしましょう。割引ありますよ」
「え! 凄いね」
探偵事務所とホームページ内の紹介は分けられているらしい。困っている人のノイズにならないようにした配慮なのだという。
確かに探偵事務所を探していて飲食店が出てきたらかなり驚いてしまうだろう。本当に人のために動いている組織なんだと感心した。
探偵事務所は2駅ほど離れた場所にあり、15分ほど歩いていると建物が見えてくる。
四階建ての建物の一、二階が、飲食店「虹星」
夜は居酒屋となっているらしく、昼夜問わず人で賑わいを見せているそうだ。
探偵事務所は三階にあり、エレベーターを登った先の扉が受付となっているらしい。飲食店と探偵事務所でスタッフは分かれているそうだが、飲食店からでも依頼は繋げるそうだ。
足腰の弱い人向けのサービスだという。
「これはうちのリーダーが考えたサービスです」
「ああ、ホームページみたよ。佐藤伶さんだっけ?」
「それは所長ですね。リーダーは別にいます。ちょっと癖が強いですけど」
リーダーが指揮を取っていると以前にも言っていたことを思い出す。探偵事務所の方はその子が一番権力を持っているそうだ。
建物の一階の扉が開いたすぐにエレベーターが設置されている。少々緊張しながら登っていくと、雰囲気がガラリと変わった。
まるで普通の部屋のような内装にやや拍子抜けしてしまったが、受付に座る女性がこちらを見るとにこりと微笑む。
「いらっしゃいませ。どのようなご依頼で? って、あらぁ、真くんおかえりなさぁい」
ネージュブルーの髪色に赤のインナーが入った女性は、真くんを見つけると手をひらひらと振る。ため息をついてから真くんはUSBを出して事のあらましを説明した。
「ふぅん、了解。じゃあ海くんを呼んでくるわね」
「今日シフト入ってないから上にいると思うよ」
「あらそうなの? OK」
女性は依頼書を持ってエレベーターへ向かっていった。
それじゃあ、ご飯食べましょうか。と振り向く真くんにこれだけでいいのかと聞けば、調査の開始には流れがあることを教えてくれた。
依頼を受け付けてすぐに調査ができるわけではないらしい。真くん本人も、時に歯がゆい思いをするのだそうだ。
それでも彼らに救われた人は多い。人知れないところでも活躍している彼らに改めて尊敬の念を抱いた。
飲食店は明るく柔らかい雰囲気だ。時間帯も相まって人の出入りは少ない。それでも賑わいを見せているようで、店員さんは忙しなく働いている。
「わ、あの人すげぇ綺麗な顔」
アシンメトリーの黒髪に、切れ長の目。スラリと通った鼻筋にシャープな輪郭。芸能界でも中々見ないほどのイケメンだ。彼に釘付けの女性も多い様子。
「日辻さん、鏡って見た事あります?」
「え、毎朝見てるけど……」
真くんは呆れたような顔をして乾いた笑いをこぼした。もちろん、オレ自身もイケメンに引けを取らないことは分かっている。
「あいつは女性客に人気ですね。けど、ああ見えてまだ高校生なんですよ。海と同じ歳」
「えっ、え!? 海くん高校生なの!?」
記憶を頼りに思い出してみたが、あのちょこんとした可愛らしい男の子が高校生とは思えなかった。いや、失礼かこれ。
真くんは笑いが堪えきれないと言った様子だ。
あのイケメンくんは純也くんと言うらしく、爽やかな見た目に反してかなりヤンチャな性格だそうだ。どうやら昔に憧れていた人が不良だったらしく、アシンメトリーの髪型もその人がしていたものらしい。
そんな純也くんの突飛な行動が真くんは恥ずかしいらしく、早くその憧れを断ち切って欲しいと縮こまっていた。不良に憧れちゃうのは確かに教育上良くないかもしれないが、高校生ならそれくらい普通な気もする。
キッチンの近くに、純也くんと同じ制服を着た人がいるのを見つけた。多分あの人もホールスタッフなんだろう。眠たいのかあくびをしている。
「あの女の人身長高いね」
「あの人は鈴木さんですね。またあくびしてら」
彼女は眼を擦ってボーッと店内を眺めていた。どうやら少々癖があるらしく、サボり癖があることで有名らしい。寝る子は育つということなのだろうか。多分オレと同じくらいの身長なんだと思う。解せない。オレもよく寝るのに。
彼女は相談員としても勤めているらしく、依頼者との信頼関係は上手く築き上げているそうだ。
所長である佐藤さんとは学生の頃から付き合いがあるので、怠けグセも少々大目に見られているのだとか。ちなみにお酒に弱いらしい。
鈴木さんを見かねた女の子がメニュー表で頭を叩く。赤い髪が特徴的な子だ。
彼女が鈴木さんに何か一言二言注意してから接客へ行くと、鈴木さんも気だるそうにして同じように会計へ案内している。
「あの子の方がしっかりしてるね」
「あの人は原さん。つまみ食い常習犯です」
「しっかりしてるように見えたんだけどな」
元々キッチンで働いていたそうなのだが、客の食い残しをつまみ食いしてしまう悪癖のためホールへと移動したそうだ。確かにもったいないと思う気持ちはわからなくもないけど、実行するのはなかなか肝が据わっている。
しかし、悪癖さえなければ業務も滞りなく行えるのだとか。確かにテキパキと動いているのが見て分かる。ホールスタッフの方が働きやすい人なのかもしれない。
彼女も佐藤さんの幼なじみなのだそうだ。佐藤さんとは悪友といった関係らしい。
「お会計3680円です! ありがとうございます! またお越しくださいませ♪」
茶髪の元気な女の子は愛ちゃんと言うらしく、異世界でお世話になった地田ちゃんの妹らしい。
落ち着いた印象のある地田ちゃんとは真逆の溌剌とした子のようだ。姉妹仲はとても良く、いつもお互いの話をしているらしい。
見ていたのがバレたのか、愛ちゃんはこちらを見てから笑顔で駆け寄ってきた。




