6話
健康診断の為に訪れた病院はなかなか大きな病院で、診察に訪れた人達で待ち合いは埋まっている。
時期も時期なので予防接種に赴いた人が多いのだろう。一応今日はそれも兼ねてきたが、何しろ注射は大の苦手なので憂鬱だ。
本当は採血だってしたくはないのに、一日に二回も針を刺されるなんて最悪すぎる。
病院まで来て今更怖気付いてはいられない。覚悟を決めて病院の受付まで書類を届けた。
「では、こちらの番号札を持ってお待ちください」
書類に目を通したスタッフさんはチラリとだけオレの顔を見てから番号の書かれた紙を渡してくれる。上京してから初めて受ける健康診断なのだが、これで合っているのだろうか。
病院の守秘義務はしっかりしているので心配はないだろうが、看護師さんの間で噂になるのも少し憂鬱になるな。
注射嫌いなのちょっと恥ずかしいし。体が弱かったとバレるのはものすごく癪だ。
少しだけため息を付くと、隣でクスリと笑う声が聞こえた。
「日辻さん、病院苦手ですか?」
覚えのある声に目を見開く。
まさかまた会えるとは思わなかった。
「火野くん! 元気そうでなによりだよ」
「病院に来てるのに元気そうって……一応元気ですけど」
「あっ、そっか。どこか具合でも悪いの?」
読んでいた本を閉じてから火野くんはつまらなそうにして口を開く。
「いいえ、どこも悪くありませんよ。ただの定期検診です。うちはメンタルクリニックもやってるんで」
「メンタルクリニック……」
火野くんは自嘲気味に笑ってから伸びをした。
「病んでいると思われているみたいですね。親に逆らって大学やめて、探偵なんてしてるから」
20歳超えたら勘当させられるかな。と笑う火野くんだったが、その表情は辛さを隠そうとしているのだろう。つられて悲しくなってしまう。
「本当に感受性豊かですね。だから俳優さんなのか? そんな顔してくれなくてもいいんですよ」
くすくすと笑う彼になんと言葉をかければいいのか分からない。呼ばれるまでまだ時間はあるかと聞かれ、ただ頷いた。
それなら雑談に付き合ってくれと頼まれ、オレはそれに微笑みを返す。
「日辻さんって、オフのときはオーラ完全に消えるんですね。隣に来るまで誰か分かりませんでした」
「え、それって普段はオーラがあるみたいじゃない?」
「テレビに映った自分見た事ないんスか……。めちゃくちゃキラキラしてますよ」
自分ではあまりよく分からないが、どうやらオレにはオーラがあるらしい。人から直接伝えられる評価は嬉しいものだ。
ウケるだろうかと少しだけドヤ顔でキメ顔をすれば、目を細められてしまった。見苦しかっただろうか。
「イケメンは何をしても様になる」
「かっこいい?」
「そう聞いてくるあたりはかわいいんじゃないですかね」
かわいいと言われるのは少し不服だ。エゴサで女顔と言われた時のやるせなさを思い出してしまう。
「姉も少し有名な歌手なんですけど、日辻さんとはかなり系統が違うんですよね」
「へえ、オレ共演したことあるかな?」
「あるんじゃないですか? 流石に名前は伏せますけど、歌番組に出てましたし」
火野くんのお姉さんはオレと同い年らしい。高校ではアメリカに留学していたので、英語が流暢なのだと言う。
火野くんも大概真面目な性格をしていると思うが、お姉さんはそれ以上に真面目でストイックなのだとか、記憶を探ってみるがそのような女性と共演した覚えはない。
「歌番組かぁ。オレ、歌は苦手なんだよね。幼なじみにめちゃくちゃ怒られちゃったことあってさ」
「意外ですね。前に主題歌歌ってませんでした?」
「そ、まさにその時怒られたんだよね」
小学校以来に会った彼女は若者に大人気の地雷系ロックバンドの有名ボーカルとなっており、彼女が作詞を担当した主題歌を主演であるオレが歌わせていただく機会があったのだ。
地雷系だからか、自己紹介も話し方も昔のまま幼げで独特で、自分を「まゆゆ」と呼んで欲しいと言われ、「めぇめぇ」というあだ名をつけられ、果てには夜のお誘いまでしてしまうような破天荒なキャラとなっていた。が、それが若者にウケるのだろう。
ちょっと、いや、かなり苦手なタイプだったが、音楽が絡んだ時だけは真剣そのものだった。
そんな彼女から「曲に寄り添っていない」とこっぴどく叱られてしまったのだ。
上手く歌うだけなら誰でも出来る。そこに気持ちを乗せられないのに何が俳優なのか。とまで言われてしまって酷く怒りを感じたのを今でも覚えている。
独りよがりな感情に浸っても共感は得られない。俳優に求められているのは表現と視聴者から見た自分なのだ。歌手であれば歌に寄り添って気持ちを込めるのが正解なのだろうが、俳優として求められたものに答えて何が悪いのかと反論したのだった。
「キャピキャピしてるタイプの子だと思ってたからめちゃくちゃ意外だったなぁ」
「その方も相当ストイックですね。音楽が好きなのかな」
「そうなんだろうね。歌で媚びを売るなって言ってたし、何か強い思い入れでもあったんじゃないかな」
「そういうのってどちらが悪いとかがないから大変ですよね」
お姉さんが歌手なら火野くんも歌は上手いのかと尋ねると、少しだけ誇らしげな顔をして彼は答えた。
「俺に歌えない曲はないです」
そういえば、彼は声帯模写が得意なのだった。この顔からは想像もつかないが高音域の歌もお手の物なのだろう。
もっと言ってしまえば、シンセサイザやドラムまで表現出来てしまうのだから、相変わらず異質な能力だと再確認する。
「姉にもたまに呼ばれますよ。コーラス音源だったり、歪んだピアノの音だったり、波の音だったり」
「そんなことまで出来るの!?」
それはもう声帯模写の域を超えていないか!? 彼の能力を低く見積っていたかもしれない。それでもお姉さんからは厳しく指導されてしまうそうなので、本当にストイックな方なのだろう。
「好きなものに対して真面目な人なんですよ。ちょっと心配性なところがありますけど、俺は真っ直ぐで素敵な人だと思ってます」
そう語る火野くんは本当に嬉しそうで、お姉さんのことが大好きなんだと伝わってくる。
自分の番号が呼び出されてしまい、火野くんとの雑談はここでお開きとなってしまったが、彼は手を振ってから思い出したような顔をした。
「真でいいですよ」
「なら、オレにも敬語いらないよ。またね真くん」
「え! ええっと……う、うん。またね」
なんだか友達みたいだ。と軽い足取りで着替える。
別れ際に手渡された名刺には連絡先も載っていたので、何かあれば彼を頼ることにしよう。
新しい友達が出来たとめぐるに報告したらどんな顔をするかな。いつかめぐるのことも紹介してあげたい。
憂鬱な気分で始まった一日だったが、いい気分で過ごせそうだ。




