3話
海くんの情報によると、ここは食屍鬼が住まう屋敷で、その昔ここの住人が信仰していた宗教の儀式によってこのような形になってしまったのだという。
『特異』にはこの様な事象も珍しくはないらしく、特に異次元世界ではよくあることらしい。
詳しいことは分からないが、こういった異次元世界は狭間に存在していて、それらの共通点は宗教なのだとか。
この屋敷から出るには、この異次元世界の核を破壊して空間を閉じ込める必要があるらしい。
その核は、水翔くんが居た二階の、一番奥の部屋にあるのだという。
「それ壊したら、オレたちもここに閉じ込められちゃうんじゃない?」
「それは大丈夫です。僕たちの世界は別のところにあるので、この世界で生まれたもの以外は排除されて閉じられます」
「へえ……核を破壊しないと世界から出ることは出来ないの?」
「いいえ、他にも条件はありますが……それはその宗教の『神』が定めたもの。それに則って宗教を信仰していると目をつけられては厄介です」
それに、と付け加えてから火野くんは吐き捨てるように言った。
「神なんてやつに従いたくもねェ」
あれ? なんか雰囲気変わった?
また人を殺せそうなほどの鋭い眼光で呟く火野くんは、真面目で無害な顔を微塵も感じさせないような形相だ。優しそうな人ほど怒ると怖いと言うやつかもしれない。
絶対に彼だけは怒らせないようにしよう。この目に睨まれたら泣いてしまうかもしれない。
「着いた。ここが核のある部屋です」
部屋の中は寝室のようで、綺麗に整理された本棚や机、ベッドが置かれてある。ここからは核を探す作業に入るらしく、耳のいい水翔くんは見張りとして入口に待機している。
火野くん達はベッドの下や机の引き出しなど、核がありそうな場所をしらみ潰しに探している。
核の形は世界によって様々らしく、ただしそれはひと目でわかる物のようだ。
オレは一応本棚を調べているが、頭の良さそうな本が並んでいることしか分からない。
ふと手に取った本は日記のようで、内容は当たり障りのない日常が記されている。
読み進めていくと、とある文が目に入った。
──お父さんとお母さんはどこに行ってしまったのだろう。
──会いたいな。また家族でご飯を食べたい。
──もし、神様にお願いをしたら、叶えてくれるのかな。
「お父さんと、お母さん……」
ああ、この子は、両親がいなくなってしまったのか……。──オレと同じように。
神様は何もしてくれないよ。
神様はずるくて、酷く身勝手だ。だから、オレたちの悩みなんて聞いちゃくれない。そんなやつに頼ったって何も意味がないよ。
火野くんの言っていた言葉がよくわかる。そんなやつに従いたくもねぇ。
神様を信じていたって何にもならない。だってそいつは、何より信用ならない。
もし、神様を信じていい事が起きるなら、オレの両親を返してくれ。
日記を読み進めていくと、段々と神様に……宗教にのめり込んでしまったことが伺える。
──私の宝物を捧げよう。家族で撮った写真が入ったロケットペンダント。
──私の想いが一番こもっている。きっと神も答えてくれる。
──大事な大事な宝物。私の一番の宝物。
そこまで読み進めると、地田ちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「ありました! このロケットです!」
彼女が掲げたロケットは僅かに輝いていた。日記の通りならあの中に家族の写真が入っているのだろう。
三人が地田ちゃんへと駆け寄るのを見てすぐにオレも後を追う。核であるロケットは破壊するために床に置かれた。
その瞬間、パシャリと音が聞こえる。オレは隣にいる二人の顔を交互に見た。
「上手く撮れたかな!」
気づけばそう口が動いていた。両親は笑顔を浮かべて撮れた写真を確認する。
「ああ、綺麗に撮れたよ。ほら、美人が写ってる」
「ねえお父さん! この写真をペンダントにしたいの!」
「あら素敵! 誕生日のプレゼントがロケットペンダントなんて、オシャレね」
そう両親と笑い合った。心から幸せを感じる。この幸せを閉じ込めた写真を肌身離さず持っておきたいのだ。
何があっても家族は傍にいるという証のために。このペンダントは家族との繋がりを確かに感じさせる宝物なのだ。
大事な家族。オレの──私の、大切な家族。
世界で一番大切な、私の宝物。
「日辻さん! 大丈夫ですか?」
火野くんの声で意識が浮上した。
私は……違う、オレは何をしていたのか。今の光景は……?
「……日辻さんは、感受性が豊かな方なんですね。そういう方によく起きることなんです」
「……そう、気分が悪いね」
今からこれを壊すのかと思うと阻止したくて堪らない。言いようのない嫌悪の渦が胸の中でぐるぐると蠢く。吐き気すらしてきた。
「核を壊されないように、『神』はこうやって邪魔をしてくるんです。気分が優れないなら、目を瞑っていてください。すぐに済みますから」
酷く心配そうな顔をする火野くんに対して笑顔で返す。このロケットの持ち主の気持ちが吐きそうなほどよく分かるが、これを壊さないとまたオレたちのように迷い込んでしまう人が出てきてしまうのもよく分かっている。
ふと海くんがオレの手を両手で包む。安心させるような優しい手だ。
「何も思わないなんて難しいから、この人が安らかにこの世界と別れを告げられるように、神ではなく、この人自身に祈ってあげて」
相変わらず無表情に変わりないが、サイコメトリーという能力を持つ彼もこのような経験をよくするのだろう。オレを案じてくれているのが伝わってくる。
大丈夫だよ。オレは、両親のことはもう割り切っている。
もう、小さな子どもじゃないんだ。何かに縋って生きていても、どうしようもないことだってあると分かっている。
破壊してみんなで帰ろう。こんな酷い世界、誰も幸せになれない。
そう伝えると、火野くんは少しだけ眉を上げてから口の端を上げた。
「いい根性だ。見直しました」
彼は振り上げた拳をロケットに向かって下ろした。
素手だと言うのにかなりの威力だったのだろう。パキリとロケットにヒビが入って世界が白く染っていく。
酷く泣きたい気持ちになった。悲しさもあるが、それ以上に安心したのだ。込み上げてきた感情をそのまま彼らに伝える。
「ありがとう。やっと、両親に会える」
無表情を貫いていたな海くんでさえ目を見開いた。四人のその表情を最後に、オレは意識を手放す。




