2話
火野くんが貸してくれたタオルで液体を拭きながら説明を受ける。曰く、彼らは探偵事務所「虹星」という少々特殊な案件も担う事務所で働いているそうだ。なんでも、人に害を成す『特異』というものに対抗出来る人物だけで形成されている組織らしい。
「あれは『特異』の生物です。食屍鬼のようなものだと思ってください」
タオルで顔を拭きながら火野くんは『特異』について詳しく説明する。
『特異』とは、現代科学では解明されていない、否、そもそも発見すらされていない事象であり、これらは知覚しない限りその存在すら気づくことが出来ない。
『特異』による事象は様々だが、今回のは一番典型的な例である「異次元への干渉及びそれに伴う被害」だそうだ。
そして『特異』には未知の生物も蔓延っているらしく、それらの対処も彼らが担っているのだとか。
「僕たちはそれぞれ人とは違う能力を持っていて、それを使って情報を集めて対抗しています」
「能力って?」
そう訊けば火野くんは海くんに視線を向ける。同じように海くんを見れば、彼は相変わらずの無表情で頷いた。
「上着借りてもいいですか」
「オレの? いいよ」
寒いから、という理由ではないことは分かっているが、何に使用するのか検討も付かない。脱いだ上着を海くんに預けると、彼は両手で大事そうに掴んだ。
目を閉じる一瞬、彼の瞳が青く輝いたように見えた。
「……半年前に買った上着。駅前で、季節に合わせたものを購入。同居してる友人にプレゼントしたが結局着る素振りがないので自分で着ている。でも結構気に入ってるみたい」
「なんでわかるの!?」
確かに半年前、めぐるの誕生日にプレゼントした服だ。経緯もバッチリ合っている。
テレビで友人と同居している話だってしたことはない。なのに、めぐるのこともわかるなんて、触れただけでこんなにも当てられるものなのだろうか?
「海はサイコメトリーという能力を持っています。物に触れると残留思念ってやつを読み取れるみたいで、情報収集に役立ててます」
探偵ならば確かにこの能力は重宝されるだろう。とても不思議だが興味深くもある。
火野くんは少々自慢げな笑みを浮かべてから、今度は地田ちゃんに目配せをした。
地田ちゃんはそれを受けて微笑みで返し、ゆっくりと目を閉じる。やはり、彼女も一瞬だけ瞳が桃色に輝いた。
「真兄ー。こっちはOKだよ。情報も記憶しました。はわ! ひ、日辻詳! あの、ファンです。こんな状況で申し訳ないですが、サイン……貰ってもいいですか? え、ああ。もちろん。七瀬水翔くんへ、と書いて欲しいです。うん、わかった。こっちには僕の名前をお願いします。七瀬海です……」
つらつらと言葉を紡ぐ彼女に誰かと話しでもしているのだろうかと疑問を抱いたが、これは先程出会ったばかりの自分たちの会話だと気づく。
確かにこの会話をした。多分一言一句間違っていない。彼女はもしかして、記憶力が優れているとか?
「紗奈はHSAMという能力を持っています。見たもの、聞いたもの、人生で経験した全ての事柄を詳細に記憶しているみたいで、こちらは情報に基づいた推理に役立てています」
つまり彼女がいれば情報の取りこぼしや、無意識の記憶の改ざんもないというわけか。生きるビデオカメラみたいだ。
しかも海くんとの能力の相性を考えると、情報収集も情報整理も並の人間と比べられないほどの精度だろう。探偵事務所で働いているのも天職かもしれない。
「二人にも、こんな感じの超能力があるの?」
そう訊くと、二人は困ったようにして目を合わせた。
「いや……僕たちのはここまでじゃないです。そうだな……日辻さん、手で口を隠して小声で何か呟いてみてください。誰にも聞こえないくらい小さく、囁くように」
突然言われて慌てながら言われたように手で口を覆った。何を言おうか少しだけ迷ってから限界まで小さく囁く。かすかに息が漏れていただろうか怪しいほどの声量だったはずだ。
火野くんの後ろに隠れていた水翔くんの瞳も、今度は水色に輝くのが見えた。
「お腹減った」
水翔くんが呟いた言葉を聞いて、オレは耳を疑う。
その言葉は確かに今オレが呟いた言葉だったのだ。絶対に誰にも聞こえていないはずの言葉だ。
「今の聞こえたの?」
「水翔は聴力、視力、嗅覚など、五感がとても優れているんです。海の能力が過去の情報を得るために役立てているのに対して、こちらはリアルタイムの情報を得るために役立てています。ただ、言ってしまえばそれだけというか……」
「いやいや! 充分すごいでしょ! オレ目悪いからめっちゃ羨ましいよ!」
それだけだなんてなんて贅沢なことを言うんだろう。三人の能力を合わせればもはや怖いものなんてないと言っても過言ではないくらい素敵なのに。
火野くんの能力はどのようなものなのか期待の眼差しを向けると、彼はバツが悪そうにして苦い笑みを浮かべた。
「あー……まあ、最後に僕の能力なんですけれど……」
火野くんはしばし言いづらそうにしてから目を閉じて咳払いをする。
まぶたが開き、赤く輝く瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてから口を開いた。
「ただの声帯模写なんです。人の声、動物の声、機械の音。モスキート音も出せます。正直、迷子の子どもを探す時や尾行がバレそうな時の猫の声ぐらいにしか役立ちません」
そう説明するその声は、地田ちゃんと全く同じだった。どう見ても男性である彼から発せられているとは思えない。火野くんは、ほら、あまりパッとしないでしょうと恥ずかしがる。
いや、何を言うか。物凄い能力だろうそれは。
機械音まで出せる声帯模写なんて聞いたことがない。声帯を取り換えているとしか思えないほどの能力がパッとしないだなんて謙遜しすぎだ。
水翔くんと合わせれば二人にしか分からない合図だってモスキート音で送れるし、大切なペットを探す時だって、彼の声帯模写で猫の声を出してしまえばすぐに解決するんじゃないか。
みんな特別な能力を持っていて、それぞれが補い合える素敵な能力だよ。顔と演技力だけのオレに比べたら目を見張るほどの個性だ。
そう伝えれば火野くんは照れたようにお礼を口にした。もしオレの言葉が彼の自信に繋がったのであればよかったと思う。
「他にも頑丈な身体で驚異的な身体能力を持つやつとか、別人になれるほどのメイク技術を持つ子もいます。うちのリーダーは優れた推理力で物事を俯瞰して指示を出していますね。とまあ、こんな形で分野ごとに能力を役立てています」
「めっちゃすげぇじゃん……。依頼があったらオレもみんなのこと頼りにするね」
「是非! 歓迎します!」
四人は自分たちの居場所をかなり気に入っているようだ。胸を張って自信に満ち溢れた顔をしている。
「今回僕は戦闘要員なので声帯模写の能力はあまり関係ありませんが、それなりに強いと自負していますから安心してくださいね」
「まじで頼りになるね……」
拳を固める火野くんを見て、先程の化け物を素手で仕留めた彼のとてつもない戦闘力に身震いした。敵には回したくないと心から思う。
さて、長話もこれくらいにしてそろそろ先へ進もう。




