11話
「え、え、待って、え? う、嘘。日辻詳じゃん? え、真兄わかってたの?」
「分かってなきゃ一緒にいないよ」
「え、ず、ズルくない?」
全然冷静じゃなかった。
表情が変わらないだけでめちゃくちゃ内心焦っていたみたいだ。物凄く悪いことをしてしまったかもしれない。
もはやこの帽子と眼鏡になにか人の容姿を変える力でもあるんじゃないか? と疑いを覚える。
「なんで俺に帽子を被せるんだ」
「いや、この帽子の力を試したくなって……」
「妙な帽子なら無言で被せてくんな。あともう被るな。眼鏡もいらねぇよ! 度が入っててウザイ!」
オレがめぐるに帽子と眼鏡の力を試している間に海くんは冷静さを取り戻したみたいで、もう一度向き直って話す体制を整えてくれる。
「演技力もアドリブ力もあるのはわかったけど、だからといって参加させるわけにもいかないし、さっきも言ったけど死ぬかもしれないのにそれでも行きたいの?」
「行くよ。オレだって囮くらいの役には立てる」
人気俳優を囮に使えるわけないでしょ。と海くんは困りきった様子だ。
別に死ぬのが怖いわけじゃない。死にたくもないし、そういうのとは無縁の生活を送ってきたから覚悟してるわけでもない。
けれど、人を助けるためなのに自分の命を可愛がっていちゃ何も出来ないとオレは思ったんだ。
「俺も反対。つか、あきらは足でまといにしかならないんだからとっとと帰れ」
悩む海くんの代わりにめぐるが手を挙げて口を開く。こいつなら絶対に反対してくると思ったんだ。だって引くほど心配性だから。
なのでオレはめぐるに対して言い放つ。
「別に反対でもいいけど、無理やりついて行くからな。ここまで聞いてお留守番なんてしてられねぇよ」
「俺の能力が必要って言ってたし、お前はついて来れないよ。無理。帰れ」
めぐるの能力が何かは分からないが、人知を超えた能力をみな何かしら持っているのを考えるとこれははったりではないのだろう。
というか、めぐるは馬鹿正直なのではったりや隠し事ができる人間ではない。めぐるが無理だと言うなら無理なのだろう。
でもこんなに言われたら単純なオレはムキになってしまうもので……
「このまま家に帰すならお前の貯金箱の中身全部持ってく!」
「持ってけ持ってけ。それで済むなら安い」
「なんなんだこの頑固野郎!」
「お前こそ諦めろよ身勝手野郎」
必然的にただの口喧嘩になってしまう。
呆れ半分で真くんと海くんが止めに入ってくれたが、めぐるもオレも絶対に折れない様子を見て頭を抱えてしまった。
大体いつもいつもこいつは口煩いのだ。
心配はありがたいが度が過ぎて辟易する。もう二十歳も越えてるし、社会人歴でいえばオレの方が十分長いのにどうしてこうも突っかかってくるのか。昔からずっと年上ヅラしてくるが、同い年なのだからもう少しオレの意思を汲んでくれても良いだろうに!
不貞腐れていると不意に扉を叩く音が響いた。
オレたちの視線は一気にそちらに集まる。柔らかい声が、海くんの所在を確認してきた。
「いるよ。哲兄」
海くんが応えるとガチャリと扉が開かれる。そこに立つのは茶髪のふんわりとした髪に優しげなタレ目を携えた青年だ。
真くんから聞いていたリーダーの哲くんなのだろう。確かにこの剣呑な空気の中で柔和で余裕そうな笑みを浮かべる辺り、一癖ありそうな人物に見える。
「谷川さんも来てくれるよ。かえるちゃん、よろしくね」
「還ですよクソガキ」
哲くんは柔らかい笑みを浮かべたまま今度はオレを見て目を細めた。
「そんなに不貞腐れなくても、日辻さんも行くのは決定事項だから安心していいですよ」
一瞬耳を疑った。海くんがこれだけ反対するのだから、リーダーである哲くんもきっとそうなのだろうとどこかで思っていたのかもしれない。
本当にいいのかと聞けば、哲くんはにっこり笑う。
「自分が行くって言ったんでしょ?」
どこか茶目っ気のある優しい笑みで返す哲くんに、少しだけ動揺した。
哲くんは続ける。
「最初からそのつもりでした」
「最初からって……」
「最初から、あなたがこの作戦を聞く前から」
哲くんはまるで当然かのようにそう告げる。
真くんと海くんは呆れた顔でそれなら仕方ないと納得しているようだ。
めぐるだけは彼の意見に反対を貫いた。
「あきらじゃ危険です。こいつ一般人ですよ?」
「でも君演技下手じゃん」
「……メガネくんがいるだろ」
急に話を振られて目を丸くさせる真くんを他所目に、哲くんとめぐるの口論は続く。
「かえるちゃんさ、いつも正論ばかりだよね。正論だけで日辻さんが動いたことあるの?」
「理屈を捻じ曲げる方法なんて知らないんでね」
「そうじゃなくて、理屈を超えたところで人の背中を押すのが保護者の役割じゃない?」
ふと哲くんがオレを見る。その優しく形作られた黒い瞳は全てを見透かしているようで、何故か緊張した。
「怖いでしょ? 命を落とすかも。それでも来る?」
まるで何を言うかわかっているかのような問いかけに、恐らくオレは彼が考えている通りの答えを口にした。
「行くよ。知ってしまったから見過ごせない」
哲くんはここ一番の笑顔を見せて頷いた。待ってましたと言わんばかりの笑顔だ。そして哲くんはめぐるへ向き直る。
「一般人の介入は普通NGだから、君がなんとかしてね! かえるちゃん!」
「おい、ふざけんな。責任背負うべきは所長だろ」
「じゃあ伶くんに何とかしろって言っておいて」
頑固なめぐるがここまで押されるのをオレは見たことがなかった。だから、哲くんがとても凄い人に見えてきて、少し心配になった。
「あの、本当にいいの? 一般人のオレが入っても……」
哲くんはきょとんとした顔を見せてから吹き出すように笑う。
「あなたって本当にかえるちゃんの友達? かえるちゃんよりいい人だ」
心底おかしいと笑う哲くんに、「還です」と怒り気味のめぐる。
何を笑われているのかと疑問符を浮かべれば、哲くんは一呼吸おいてからオレを見つめた。
「いいよ。正しさが全てじゃない」
それに、と哲くんは付け加える。
「もう決定事項なんだ。だからあなたも、還くんも諦めてね」
オレは何故か恐ろしくなった。彼の言葉なのか、彼自身なのかわからない。でも、得体の知れない恐怖を、多分オレだけが感じていた。
めぐるは納得していないが、諦めた様子で「具体的な作戦は?」と聞く。
哲くんの言葉は、頑固なめぐるでさえも従うほど絶対的なのだろう。




