10話
「これを拾った経緯は聞いたし見た。誰が落としたのかも分かってる。だからこそあえて言うけど、二人ともとんでもない事件に片足突っ込んじゃってるよ」
なんとなくただ事ではないのは察していたが、改めて言われてさらに背筋が凍った。
海くんの表情は変わらないが、どこか神妙な面持ちに見えいっそう不安を煽る。
海くんはUSBを机に置いてからベッドに腰を落ち着ける。ため息をひとつこぼしてから語り始めた。
「彼らの目的は死の肯定。死を望む者に生を強制するなという訴えをしている。まあ、安楽死や尊厳死とかを何故肯定しないのかと声を上げ続けている人たちが大半かな」
「一応この国では犯罪だからな」
「そう。だから死を望む者を聖なる夜に集めるんだよ。自分たちの本気を世間に知らしめるために」
真くんの補足に海くんは頷いて返答する。
つまり、組織集団による国へのデモと言ったところなのだろうか? 本当にとんでもない事件に関与してしまっているらしい。
しかし、話を聞いている限りでは言ってしまえば──というのもおかしな話だが──ただの集団自殺なのではないかと首を捻ると、海くんは続きを話す。
「彼らは辛い生を否定し極楽浄土、天国への魂の移住を志しているみたい。そして、彼らの標的はとある施設に絞られた」
ざわりと心臓を撫でられた心地がした。安楽死制度を肯定する組織の一員が落し物をしたその場所を思い出したから。
ちらりと真くんの顔色を伺えば、彼もまた勘づいたらしく眉間に皺を寄せて耳を傾けている。
海くんは静かな口調で語った。
「一週間後、各病院で無差別テロを決行するつもりだ」
病院には、死を待つばかりの患者さんだって大勢いるかもしれない。でもその人たちは今も懸命に息をしているのに、どうして命を奪われなくてはならないのだろう。
オレたちが拾ったUSBには病院の名前と住所、決行の日付、その一覧がずらりと並んでいたそうだ。
そして、12月25日の午前0時。聖なる夜と呼ばれるその日に新たなる神の誕生としてその計画を行う予定らしい。
「で、その方法はわかったんですか?」
「……多分だけど、僕たちと同じ特殊能力持ちが頭。詳しくは分からないけど、人を死に至らしめられる能力であることは間違いない」
「なるほど。それで、その対策は?」
「触れさせない。能力の発動条件は僕と同じく触れること」
めぐるの淡々とした質問に海くんも淡々と答える。
ボスの容姿は海くんがメモリの記憶から3Dモデルに書き起こしてくれたので、オレたちにも共有できるそうだ。
パソコンに映った人物は長い黒髪の女性だった。気の強そうな切れ長の目とつり上がった眉。下唇が厚めの小さな口。それから、耳たぶのホクロが特徴的な女性だ。
正直オレはとても意外に思った。女性が先頭切って犯罪者集団を率いているとは思ってもみなかったからだ。
女性の方が共感力に優れているし、命を慈しむ母性があると思っていた。
固定観念というやつだろう。きっとこれは彼らと行動を共にする上で邪魔になってくるものだ。
「うちのリーダーにもこのことは伝えたよ。あの人、真兄の実家の危機だってのに涼しい顔して作戦伝えてくるの。薄情だよね」
「俺たちがどうにかすれば未然に防ぐことが出来るんだから別にいいだろ。それに、あいつには関係ない話だしな」
海くんの零した愚痴に真くんはあっさりと笑って返す。自分の家が変な事件に巻き込まれようとしているのに、あっけらかんとしているのが少々気になったが、海くんの一言で意識は逸れた。
「ちなみにここまで聞いてもらってなんだけど、真兄のお友達さんは『虹星』で保護の形をとるから留守番ね」
「え、オレ留守番なの?」
当然のようにオレもなにか手伝いたいと思っていたので思わず聞き返してしまった。
オレは探偵事務所の一員ではないので巻き込むことは出来ないと言われる。それでも事の発端はオレじゃないかと答えれば、海くんはまたひとつため息をこぼして返してくれた。
「真兄の友人だからといって見知らぬ一般人を巻き込めないんだよ。特に潜入捜査なんて演技力とアドリブが大事なんだから、お願いして出来るものでも……」
「出来るよ。オレそういうの大得意だし」
まさかとは思っていたが、ここまで会話をしていても海くんはピンと来ていないみたいだ。
身バレしたくないからと努めていたからかもしれない。だとすれば、既にオレが役立てるという証明は出来ている。
オレは帽子と眼鏡を外して改めて海くんの深い色をした瞳を見つめた。
「オレ、俳優だから。少なくともここにいるみんなより演技力もアドリブ力もあるつもり」
ほんのわずかに海くんが目を見開いたのがわかった。
彼は静かに真くんとめぐるの顔を見てからもう一度オレの顔を見る。とても冷静な佇まいに、少しだけ緊張をして海くんの口が開くのを待った。




