1話
このサイトにはあまりそぐわない小説かもしれない。
ファンタジー系好きなので厨二病を惜しげも無く晒していきたい所存。
目を覚ませば、清々しい朝を迎えることが出来るはずだった。
ドラマの撮影も終えて、オフだから新しくできたカフェに寄って甘味を食べて、それから自分が表紙を飾った雑誌を買って、家に帰って、飯を食って、それからごろごろとする予定だったのに。
そこは霧の立ち込める暗くて怖い森の中だった。五里霧中という言葉が頭に浮かぶ。野犬やらイノシシやら、もしくは心霊的なものが出てきそうなほどの恐ろしい雰囲気だ。
いい歳の男が半べそをかきながら手ぶらで森歩く姿はなんと滑稽だろうか。それでもオレ、日辻詳はこの20年間、ホラーを避けて生きてきたのだ。人の目など気にしていられない。
職業柄、気にするべきと普段の生活では心がけてはいるが、今はさすがに無理。口から心臓がオエッてしそう。
一体いつの間にこんな場所に来ていたのかと記憶を辿ってみても、思い出される最後の記憶はいつも通りベッドで就寝した所までだ。飲んだ覚えもないし、そもそもうわばみなので記憶を飛ばす程酔うはずもない。
訳も分からず人や道を探すために歩いて行くがこの霧の濃さでは一体自分がどれほど歩みを進めたのかすら分からない。
こういうピンチの時、大抵の人間が助けを求める相手は「お母さん」なのだろう。
しかし、オレは違った。
「め、めぐる〜」
親友である。呼べば大体すぐに駆けつけてくれる頼もしい友人。その名を控えめに呼んでみたがどうやら現れてはくれないようだ。何してんだめぐる。お前の親友がこんなに困ってるんだぞ。
霧が深く暗い森の中で自分の歩く音だけがこだましている。
笑いだした膝を叱咤して奥へ進んでいけば大きな建物らしき影が見えた。よかった。お化け屋敷でなければきっと人に助けを求められるだろう。お化け屋敷でなければ。
一縷の望みを賭けて歩みを進める。走るのが怖いので早歩きで近づいて行くと、そこは思ったよりも豪華な西洋風の建物だ。こんなにも素敵な建築はロンドンで撮影した時以来かもしれない。
「ごめんくださぁい……」
荘厳な雰囲気を醸し出す扉を数回ノックして声を掛けてみたが、反応はない。こんなに勇気を出したのに不公平である。世界はなんて残酷なんだ。
また霧の中を彷徨い歩く訳にも行かないし、とりあえず上がらせてもらおうと扉を開く。鍵は掛かっていないようで、古びた金具が音を立てて扉は開いた。
もし家主の方に見つかってしまったら事情を説明してなんとか不法侵入というカードを収めてもらわなくちゃ。
それにしても、本当に広いお屋敷だ。まだ誰も起きていないのだろうか? 玄関はとても暗く、長い廊下の先は闇に包まれていて様子が伺えない。
「あの、どなたかいらっしゃいませんか?」
反響する自分の声が聞こえるだけで、屋敷に人がいそうな気配などは感じられない。如何したものかと立ちすくんでいると、廊下の奥の方でゆらりと淡い光が見えた。
安堵の溜め息をこぼしてからやや大きな声を出す。
「あの! ごめんなさい、鍵が開いていて……えっと、道に迷ってしまって! よかったら、住宅街の道を教えて貰えませんか!」
光は徐々にこちらに近づいてくる。何故何も返事がないのかと疑問に思ったが、もしかすると警戒されているのかもしれない。
仕方のない事だ。見知らぬ人間が知らぬ間に家に上がり込んでいたら誰だって恐ろしくもなる。下手に近づいて驚かせては可哀想なので、こちらに来るのを待っていることにしよう。
そう思っていたのも束の間、人物の影が見えようかとしたところで何かが横切った。
姿を捉えようとしたが、あまりにも俊敏で何が通り過ぎたか分からない。しかし、それは目の前の人物に敵意を持って襲いかかった事だけは理解した。
止めに入ろうと手を伸ばすも、悲惨な悲鳴が響くと共に光は消えてしまった。
何が起きているのか分からないが、ここは危険な場所なのかもしれない。すぐに踵を返して扉を開こうとしたが、先程すんなりと開いたはずの扉はビクともしない。閉じ込められてしまったのだろうか。
昔の嫌な思い出が蘇る。あの、古びた倉庫の中で、助けを乞い叩いた扉のこと。
こつりと後ろから音がした。
こちらに近づいてきている。何者かが、今度はこちらに、狙いを定めている。
悪い夢なら覚めてくれと願うが、残念ながら夢ではないことは自分が一番よくわかっている。しかしこれが現実であるとも思えない。
一歩一歩ゆっくりと近づいてくる足音に、恐怖は絶頂へ達した。キュッとまぶたをきつく閉じて、震える足に力を入れる。
肩に手を置かれ、驚いたそのままの勢いで叫んだ。
「オレを食べても美味しくないですっ!!」
扉にしがみつくようにして振り返ると、眼鏡を掛けた生真面目そうな青年がきょとんとした顔でこちらを見つめている。少々気まずそうだ。
オレも気まずい。多分今まで生きてきた中で一番情けない格好をしている。お願いだから見ないで欲しい。一度その眼鏡を外してくれないかな。
「えっと……主食は米です」
律儀に返さなくていい。羞恥心で頭が爆発しそうだ。
青年は緩んでしまったらしい赤いマフラーを巻き直してからオレを見つめて、それから少しだけ目を丸くさせる。
「あれ? あっ! 人気俳優の日辻詳!」
もろに正体がバレた。こんなに情けない姿を見られるなんて、今度からどんな顔をしてテレビに映ればいいのかわからなくなる。
男の子は驚かせてしまったと謝っているが、こちらこそ人喰い化け物と勘違いして取り乱してしまって申し訳ない。いや、もう、本当に申し訳ない。
「僕は火野真と申します。えっと……どうやってここに?」
「え、えっと……歩いて?」
火野くんは少々不思議そうな顔を見せてからすぐに微笑んだ。もう大丈夫だと言っていたのでもしかすると迷子になっていると察してくれたのかもしれない。
「ここは君の家?」
「いいえ、ここは異世界です」
なんだ。異世界か。
となる訳もなく。混乱した頭で言葉を咀嚼してから結局噛み切れなかった言葉が漏れ出る。
「異世界?」
「『特異』と呼ばれる事象に『異世界の干渉』が含まれます。今回はその調査と危険度の確認。奥に仲間がいるので今から合流するところです」
なるほど。最近流行りの異世界系と言うやつだろうか。 オレがあまりにも怯えた情けない姿を見せてしまったので、軽い冗談のつもりで話を盛り上げようとしているのかもしれない。
年下の子に気を使わせるなんて全くオレは何をしているんだ。情けないにも程があるぞ日辻詳。
せっかく盛り上げようとしてくれる火野くんの気持ちを汲んで、話を繋げられる返答をしよう。
「あはは、なんの漫画?」
「え? ああ、まあ信じられないですよね」
火野くんは恥ずかしそうに笑ってからスマホのライトを付けて廊下の奥を照らす。何故オレは宥められたのだろうか? と疑問が脳内を支配したせいで「へぁ、へへ」という返事しか返せなかった。
照らされた廊下には黒いローブと割れたカンテラ。それから、血溜まりのようにも見える染みが映されている。
そういえば先程明かりを持った人物が廊下を歩いていて、それから何かに襲われていたよな……。
光を失って悲惨な悲鳴が聞こえてきたのだった。
そんなまさか、とは思いつつもまるで何もないかのように廊下を歩く火野くんに恐る恐る話しかける。
「あの、さ……さっきのって、火野くんがやったの?」
「あ、はい。驚かせてしまって申し訳ないです」
あっさりと罪を自白された。こんなに真面目で無害そうな顔をしているのに、微笑みすらサイコパスキラーの笑みに見えてくる。
どう考えても殺人罪である。これから仲間のところに行くと言っていたが、もしかして次の犠牲者は自分になるのだろうか? 集団リンチもお手の物なのか?
そっと扉へ戻ろうとすれば手首を掴まれてしまう。
「どこにいくんですか?」
めちゃくちゃ鋭い眼光である。逃がさねえぞと言われているようだ。どうしてオレはこうも不幸に見舞われるのだろうか。もはや恐怖で声も出ない。
この先ついて行けばきっと先程の方のように殺されてしまうのだろう。異世界とか特異とかよくわからないことを理由に殺されてしまうなんて最悪すぎる。
まだ死にたくないのだ。生きて両親と再会するまでこの命は守りきらなくてはならない。
意を決して手を振りほどこうとすると、廊下の奥から声が聞こえる。
「真兄ー。こっちはOKだよ」
「情報も記憶しました」
中学生くらいの金髪の少年と、高校生くらいの黒髪の少女が奥から歩いてきていた。
真兄、と親しげに呼んでいた様子から彼の仲間であるとわかるだろう。三対一、絶体絶命ではあるが、屈強な男が来るわけではないのであればまだこちらにも勝算はあるかもしれない。
めぐる直伝の蹴りでなんとか身の安全の確保をしなくては、と覚悟を決めると少女と目が合った。
「はわ! ひ、日辻詳!」
少女は頬を赤く染めあげて目を見開く。この表情はよく見た事がある。多分、彼女はオレのファンなのだろう。
どうか今日見た事は絶対に口外しないので見逃しては貰えないだろうかと考えていると、金髪の少年が無表情のままにこちらへ距離を詰める。
「あの、ファンです。こんな状況で申し訳ないですが、サイン……貰ってもいいですか?」
君もか。というツッコミを飲み込んで笑顔を取り繕った。ようやく火野くんも腕を離してくれる。朗らかな表情でサインを書く様子を見守ってくれているが、こんな状況でファンサービスをするなんて警戒心がないにも程があるだろう。
拒否して機嫌を損ねたら何をされるか分からないので、もちろんと色紙を預かった。
七瀬水翔くんへという文字も要求されたのでそのまま指示通りに書く。少年はその隙にもう1枚色紙を取りだした。準備がよくてびっくりする。
「こっちには僕の名前をお願いします。七瀬海です」
「あ、あの! 私もいいですか!」
自分は今何をしているのだろうかと疑問に思いながら快く承諾する。
海くんへと書いた色紙を手渡すが、彼は無表情のまま暫く見つめている様子だ。もしかして気に入らなかったのかな? これ、気に入らねぇ! って殺されちゃうとかないよね?
「うわぁ、本物だあ」
どうやら喜んでくれているらしい。安心してから少女こと地田紗奈ちゃんにもサインを書いて手渡した。
ここは暗い森の不気味な洋館なはずなのに子どもたちはとても無邪気に笑いあっている。その様子がまた歪に見えて恐怖心を煽られた。
どうにか刺激しないように、できるだけ穏便に道を訪ねよう。その方が賢明なはずだ。
口を開こうとすると天井が崩れる音と共にべちゃりとなにかが落ちてきた。直ぐに三人は警戒して音の方に視線を向ける。
うねうねと蠢くそれは、人の形をアンバランスに組みあわせたようなとても気味の悪い形をしていた。ローブのせいでよく見えないが、顔のようなものもついているみたいだ。
肉同士が積み上がるようにしてオレとさほど変わらない高さになった化け物は、腕のような肉塊をこちらに伸ばそうとしてきている。
ヒュッと喉が鳴ったのと同時に再び上から何かが降ってきた。今度は人間のようで、透き通るような綺麗な銀髪が視界に入る。
すぐにその綺麗な銀髪は暗い液体に汚れてしまう。吹き出す液体がこちらにまで飛び散り、あたりは凄惨な光景と化した。
「やっと仕留めたぁ」
銀髪の青年はため息とともに肩の力を抜いた。ナイフを引き抜いたところでパチリと目が合う。すると、すぐに白い肌を赤く染めあげてから海くんの後ろへ隠れてしまった。
「すみません。うちの兄です。すごい人見知りで……」
無表情に語る海くんだが、声に申し訳なさが孕んでいる。先程色紙に書いた水翔くんなのだろう。
こいつもファンなんです。とフォローを入れてくれているが、全然そこは気になっていないしむしろ別のことを申し訳ないと思って欲しい。
「うわぁ、本物だあ」
水翔くんの呟きに、兄弟そっくりなんだな。と思考が現実逃避をしかけているが、取り戻してから火野くんへ向き直る。
「あの、ごめん。もう一回ちゃんとした説明貰っていいかな」
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