第9話後輩の思い
この後特別用事もなかったので、俺は野田さんを連れて校内にあるベンチに座った。
「華がよく話していたよ。野田さんはすごくいい後輩だって」
「えへへ、華先輩にそう言われると照れちゃいます。私も華先輩のことが好きなので、嬉しいです。あ、勿論深い意味はないですからね?」
「それは分かっているよ」
華から話は聞いていた通り、野田さんは小動物のように人懐っこくて、すごく可愛らしい。俺にもこんな後輩がいたなって憧れつつも、本題に入る。
「それで話って?」
「華先輩のことで、天野先輩に少し相談したいんです」
「相談?」
「華先輩、ここ一週間ずっと元気がないんですよ。バドミントンの練習をしていても、どこか上の空で」
「華は今体育館で練習しているんだろ?」
「練習は必ず参加しているんです。でもずっと考え事をしているみたいで、試合をやってもミスばかりしているんです」
華の部活については俺は干渉していないのでそこまで詳しくは知らないが、部活の中でもエースの実力はあるらしい。その彼女が不調となれば、それは次の大会への影響とかも出てきてしまうということだ。
(原因は......考えるまでもないか)
「それで最近、天野先輩と一緒に帰っているところを見てないのを思い出したんです」
「なるほど、な。まあ、それが原因じゃないかって普通は考えるよな」
「はい。失礼なのは承知で聞きたいのですが、華先輩と何かあったんですか? 何かあったのなら私にだけにも話してくれませんか?」
俺は彼女の問いに一瞬黙ってしまう。きっとここで誤魔化してしまったら余計に話が拗れるだろうし、俺達だけの問題ならともかく部活にまで影響が出てしまう。
(彼女にだけにでも話しておくか)
「分かった。華やバドミントン部の為にも野田さんにだけは話すよ」
俺は彼女に偽装カップルの件だけ隠して、この半月の間に起きたことを全て話した。
「華先輩にストーカー? もしかして矢田先輩のことですか?」
「名前は聞いていなかったんだけど、多分その人で合っていると思う。やっぱり野田さんも知っていたの?」
「はい。その話は部活の中だけですが有名ですから。やっぱり諦めていなかったんですね」
「ああ。一週間前に接触してきたんだ」
「でも......それと華先輩が元気がないのと何が関係あるんですか?」
「それは、その事で俺と華は別れることになったんだよ」
「別れたんですか?!」
野田さんはかなり驚いた反応を見せる。華の様子を見て察してくれていたのかと思っていたが、そういうわけではなかったらしく、彼女は目を見開いていた。
「す、すいません。少し驚きすぎました」
「いや、大丈夫だよ。とにかく華の不調の原因は、直接のものかは分からないけど、それが一つだと思う」
「どうして天野先輩は引き止めなかったんですか? この話がどこからか矢田先輩に伝わったら、今度こそ危険かもしめないんですよ?」
「そんなこと分かっている。分かっているけど......駄目なんだよ」
俺達のスタートラインは偽物、マイナスから始まっている。それをゼロにしようとして失敗したのだから、もう望みはないと思っている。
「先輩はそれで本当にいいんですか?」
「いいと思っている。それを華が望んだんだし、未練がましいことをしたらそれこそ格好悪いよ」
「なら聞きますけど、それが華先輩の望みというなら、どうして華先輩は元気がないんですか?」
「それは分からない。俺はあくまで原因の一つかもしれないって言っただけだから」
「全くの他人の私が言うのも失礼ですけど、そう言って自分の気持ちを誤魔化す先輩、すごく格好悪いですよ?」
「知ったような口を言うなよ。いくら後輩でも俺だって怒るからな?」
「だからそういうのが格好悪いんです先輩。本心を隠して強がって、それのどこがいいんですか?」
俺は膝の上に置いている拳を強く握りしめる。それが図星なのも、自分の本当の気持ちだってよく分かっている。
ーよく分かっているから、俺は潔く身を引きたい
これ以上華と一緒にいて、彼女が苦しむ姿なんて見たくないから。
そんな俺の心を読み取ったかのように、野田さんは言葉を続けた。
「もう一度華先輩と話し合ってみてください。そしてちゃんと確認してみてください、お互いの本当の気持ちを。今私が願っているのはそれだけです」
その言葉を聞いて、俺は何となく華が彼女を可愛がる本当の理由がなんとなく分かった気がした。
(こういうところで俺みたいな先輩相手でも、どんどん言えるタイプなんだな)
でもそんな真っ直ぐな言葉に俺はほんの少しだけど救われたような気がした。
「......怒って悪かった。少しだけ冷静になれたよ」
「分かってくれたならよかったです、先輩。陰ながら応援していますよ、二人の行く先を」
「ありがとう」
俺は野田さんに一つ礼を言うと、スマホを手に取り華にメッセージを送った。
『今日部活終わってからでいい。もう一度話をしたい。これで最後にするから、校門前で待っている』
それがちゃんと華に届いてくれるのを願って。
2
『今日部活終わってからでいい。もう一度話をしたい。これで最後にするから、校門前で待っている』
部活が終わってスマホを開くと、そんなメッセージが届いていた。相手は亮太だ。
(私あんなこと言ったのに、どうして)
「どうして断るんですか? 先輩」
すぐに断りのメッセージを送ろうとしたとき、私の手が止まる。
「何の話?」
「そのメッセージ天野先輩からですよね? どうして断るんですか?」
「どうして内容を......もしかしてさっき、居なくなったのって」
「体育館の外に天野先輩らしき姿を見かけたので、少し話してきました」
榛名はいつものようにニコニコしながら語る。でも今日はその笑顔の裏に、何か強い意志を感じた。
「余所者の私が意見するのはおこがましいかもしれませんが、ちゃんと話さないと駄目だと思いますよ」
「そんなの私の勝手よ。榛名にはなにも関係ない」
「確かに関係ないですが、これ以上見ていられないんですよ先輩のその表情」
「私の......表情?」
私はいつでもどこでも余計な感情を外に出していないはず。こうしていれば今の自分の気持ちも隠せるはず、そう思ったから。
「先輩はそのつもりかもしれませんが、私には分かるんです。先輩が今どんな気持ちでそのメッセージを呼んでいるか。だから、その気持ちに正直になってほしいんです。天野先輩ともう一度一緒にいたいって本当の気持ちに」
「違う、これは私の本心だから。もう、亮太とは終わりにしたの何もかも全部」
だからこんな余分な気持ちは全部捨てたい。捨てたいのに、
「先輩」
「亮太は......私のこと何て話していたの?」
「最初は先輩と同じような反応をしていました。でも天野先輩は最終的にこう言っていました」
スマホの画面に雫が一つ、二つと落ちる。
「ちゃんと話し合って、やり直せるならやり直したいって」
私はその雫を拭うことなく、走り出していた。