第8話すれ違う二人 後編
翌日も華と一緒に登校する予定だった
(遅いな華)
いくら待っても現れない彼女に、俺は不安になりながらLINEを送る。
『時間になっても来てないけど、何かあったか?』
するとすぐに返事が返ってきた。
『ごめん、寝坊したから先に行っていて』
「寝坊?」
俺は返信を思わず声に出して読んでしまう。今まで彼女が寝坊した事なんて、今日まで一度も見たことはなかった。
(何か......あったのか?)
途端に胸の中に広がる不安。俺は昨日華に告白に近い言葉を華に言ってしまった。それが彼女に影響を......とは考えにくいかもしれないが、華に何か異変が起きたというのは確かだった。
(今は考えていても仕方ないか。俺も遅刻する前に学校に行こう)
こうなってしまった以上、華を待っていても仕方がないので、俺は一人で学校に登校した。
結局華はその日学校に登校することはなかった。
それどころか華は三日間、学校を休んだ。それによって何が生まれるかというと、
「氷室さん、学校休んでばかりだね。何かあったのかな」
「もしかして彼氏と何かあったんじゃないの?」
「あっ、それがもね」
こういう根も葉もない噂が流れてしまう。俺は別に構わないのだが、華に対してそういうイメージを流れてしまうのが俺は許せなかった。
「別にそういうのじゃないから、俺の彼女を悪く言うのはやめてくれないか?」
「ご、ごめんなさい!」
「俺も理由が分かっていないんだよ。何があったのか」
自分が少し強く言ったせいでクラスの空気が悪くなってしまうのは、もはや仕方がないことだ。華が戻ってきたときに同じ空気が流れてしまっていたら、それこそ華だけが浮いてしまう。
(そんなことだけは絶対にさせない。でもどうにかできるのは俺だけ、だよな)
俺は待つことをやめてこちらから行動を移すことにした。
2
放課後。
俺は華の家のチャイムを鳴らして、しばらく外で待ってみることにした。
すると五分くらい経って、LINEが鳴った。
『何しに来たの?』
『三日も学校を休んでいるから、心配になって来た』
『別に何もないから帰って』
『何かあるから学校を休んでいるんだろ?』
そこからしばらく華の返事が返ってこなく、無視されたのかと思い今日のところは帰ろうとすると、家の扉が開いた。
「亮太」
そこから顔を出したのは華の姿。その顔は特に体調が悪そうなわけでもなく、いつものように冷静で無表情の顔をしていた。
「やっぱり元気じゃないか。心配させんなよ」
「分かっていたくせにわざと言っているでしょ?」
「さあな。それよりどうして学校を三日間も休んだんだ?」
俺は話題を逸らされないためにも単刀直入に華に尋ねる。
「......合わせたくなかったから」
それに対して華は何かボソッと呟いた。
「え? 何て?」
華と距離があるため聞こえなかったので、俺は聞き返す。
「だから! 亮太と......顔を合わせたくなかったの」
「顔を合わせたくないって......どうして急にそんな」
「あんなこと言われたら、会いたくなるのは当たり前でしょ?」
“あんなこと”
それは三日前の告白のこと以外考えられない。
「それだからって三日も休む必要なんて」
「だって、会ったら私......亮太と今までと同じようにいられる自信がなかったから。今日だって本当は無視を続けて帰ってもらおうって思っていたくらいだから」
華は淡々と語る。それを聞くだけで、俺は彼女の答えがイエスかノーか分かってしまった。
「私は......亮太の気持ちは答えてあげられないから。せめて自然と忘れてほしかったから」
「忘れるなんてできないだろ。だって偽装カップルも続けているんだから......」
「だからね、もう偽装カップルもやめたいの。これ以上亮太には苦しんでほしくないから」
「俺は苦しんでなんて」
「三日前の亮太の表情、あれが苦しんでいるって言葉以外ないよ」
華のせいじゃないって、叫びたい。なのに俺は言葉が詰まって出てこない。
今俺は、失恋をしたのだ。
ずっと好きだった彼女に。
これ以上諦めが悪かったら、それこそ男らしくない。だから彼女を引き止める言葉が出てこない。
(本当にそれでいいのか、俺。このまま全部なかったことにしていいのか、俺)
俺は全部に負けてしまっていいのか。
「華、俺はっ!」
「半月、私と一緒にいてくれてありがとう。そして」
扉が閉じられていく。俺は手を伸ばそうとするが、それは届かない。
「さようなら」
そして扉は閉じられた。
3
それから更に三日。
あの夜告げられたように、偽装カップルを解消した俺と華は、それぞれがいつも通りの時間を過ごしていた。
半月だけでも一緒に歩いた登下校の道。
デートで行った映画館やショッピングモール。
華と過ごした時間は間違いなく俺にとってかけがえのないものだった。けどそれが今無くなって、俺の心には大きな穴が開いていた。
(本当に夢のような時間、だったんだな)
放課後。華が練習している体育館を眺めながら、俺は中にいる彼女の姿を思う。
(本当にこのまま、何もかも終わりにしていいのか? 俺達)
でもあれから華には一度も声をかけられていない。明らかに彼女の方から避けられていた。
「取り戻せないのか、あの時間を」
ボソッと呟いた言葉は部活の練習の声にかき消され、俺はただ虚しく途方に暮れていた。
「あれ? もしかして天野先輩ですか?」
全てが虚しくなってその場を去ろうとしたとき、誰かから名前を呼ばれ振り返ると一年生のジャージを着た女の子が俺の方を見ていた。
「えっと、君は? というか何で俺の名前を?」
「話は華先輩から聞いていますから」
「華先輩......? あっ、もしかしてバドミントン部の後輩の」
華から可愛がっている後輩がいるって話は聞いたことがある。確か榛名って名前の女の子だったと思う。
「野田榛名です。少し華先輩のことでお話ししたいのですが、今時間ありますか?」