第7話すれ違う二人 前編
ー俺には華の隣にいる資格はない
それは二年前のあの日から俺自身が自分を縛りつけている呪いのような言葉だった。
(どんなに格好つけようとしたって、それをしてしまった過去は消せない。たとえ華がどう思っていても)
「ねえ亮太、先輩が言っていたことなんて気にしていては駄目。それだと相手の思う壺よ」
帰宅後。
自然と家まで付いてきてくれた華は、俺に優しい言葉だけを掛け続けてくれた。
でもその優しさは、時に俺の心を苦しめる。
「本当は......この関係を始めたときから思っていたんだ。俺が華の相手で本当にいいのかって」
「最初に言ったでしょう? これは亮太にしかできないことだって」
「それは聞いているし、分かっているよ。でもさ華、この際だから一つだけハッキリさせてくれないか」
俺は一度足を止めて、彼女の顔を見る。
「ハッキリさせたいこと?」
「二年前に俺がしてしまったこと、許せるか?」
二年前ー
俺と華はまだ中学三年生だった。ただその頃はただの幼馴染みという関係にしかすぎなかったが、今のように華は何度も家に遊びに来ていた。
それは俺達にとってはごく当たり前のことだったし、幼い頃からしてきたことだから違和感なんてなかった。
ーでも果たして周囲の人間はどう思うだろう
それが小学生同士の話なら、まだお遊び程度の話だったのかもしれない。けど中学生で、“異性”と言う関係を意識し始める頃の年齢だ。
誰かが面白おかしくからかうことだってあるし、それが嫌がらせの標的にされる事だってある。ましてや中学三年生だなんて、受験シーズンに入って皆がピリピリし出す季節だ。
そのストレスのはけ口が俺達、いや正確には華に向けられたのだ。
「あの時こそ俺は華を助けなければいけなかった。それなのに俺は自分の保身のために距離を置いたんだよ」
「亮太にだってあの頃は色々あったのを知っているよ。だから本当に悪いのは私。私が悪いの」
「何で華が悪いんだよ」
「私はこんな性格だから、周りに敵を作ってばかりだから、そういう標的になってもおかしくなかった。それでも自分を変えなかったのだから、責任は私にあるの」
「違う! 何で華は......そんなことを言えるんだよ」
華の優しさは、俺の胸を強く締めつける。何度も何度も。悪いのは全て俺なのに、それを彼女は赦してくれている、そんな気がして本当に辛い。
「この二年、何とか自分を許せる日が来るのを探っていた。でも無理なんだ、華が俺に......笑ってくれているだけで、胸が時々痛むんだ。どうにもできないんだ」
今まで華にも話せなかった俺の気持ち。気がつけば俺の頬には涙すらも流れていた。
「亮太......」
「ごめん。こんな話急にされても困るよな。俺だけが越えなければいけない問題なのにさ」
「そんなことない。そんなことないよ亮太」
俺は自分の涙を止めることができなくなっている。そんな俺を、八つ当たりに近い言葉をぶつけたはずの俺を、華は優しく包み込んでくれた。
「亮太がなんて言おうとも、亮太は私のヒーローよ。それは何も変わらない」
「こんなに情けないヒーローがいるかよ」
「どんなに情けない姿でも、亮太がどう思っていても、ヒーローは人それぞれの心の中にいるの。だから何を言っても変わらないよ」
俺がどんなに否定の言葉を述べても、華は肯定してくれる。彼女にとって俺がヒーローなら、俺にとって華はどういう存在だろうか。
ヒーローじゃなきゃヒロイン?
いや、違うかな。
俺にとって華は......。
「なあ華、俺はまだ自分のことを赦すことはできない。でも......少しでも華が俺のことを、許してくれるなら」
俺は鼻を啜って、目の涙を拭うと華と向き合う。
「この関係を終わらせないでほしい」
「それは......偽装カップルのこと?」
「違う。俺が言いたいのはその先だよ」
「あっ......」
「まだ気が早いけれど、全部が終わったら俺と本当の関係になってほしい」
2
ー本当の関係になってほしい
亮太の方からされるとは思わなかった告白とも取れる言葉。
(こんな展開になるなんて、思っていなかったんだけどどうしよう)
家に帰った私は、自分の部屋に入るとそのままベッドに飛び込んだ。
「もっと早くに気づいてあげるべきだったのかな。ずっと悩んでいたことに......」
二年前のことは私もよく覚えている。忘れられるわけがない。けど私はその事で亮太を恨んでいるわけがなかった。
(それを亮太に伝えても分かってくれなかったけど、仕方がないことだったって分かっているんだよ亮太)
あの時の亮太は私と距離を置きたくなるような環境の中にいた。それを分かっていたから、私も距離を置くようにしていたし、それが仕方がないって言い聞かせていた。
(だから全て落ち着いた今だからこそ亮太を頼るようにしたんだよ。でもそれが逆効果だったんだね)
あんなに苦しんで泣いていた亮太を見たのは初めてだった。私が側にいたから亮太を苦しめて、あんなに思い詰めさせてしまっていた。
(そんな亮太と私がこの先も一緒にいる、なんて考えられないよ亮太)
亮太の告白に対する答えは自然と私の中で決まっていた。
(それが私の本当の気持ちと反していても、この気持ちを凍らしてしまっても私は)
もうあんな顔をする亮太なんて見たくない。