第32話それぞれの道
『え? 亮太が学年トップなの?』
話は遡ること2学期の期末試験後。全教科の点数と順位が発表され、クラスは良くも悪くも阿鼻叫喚の状態になった。
その中で自分の名前を見つけたのは、学年の順位の一番上、つまりはトップである。その一個下には華の名前もあった。
『ど、どんな汚い手を使ったのか白状して、亮太』
『汚い手なんて一切使っていないからな!』
『だって、そうでもしないとこんなことが起きるなんて』
『そこまで驚く必要ないだろ......』
思い返すと俺は華と偽装カップルを始めてから、彼女の部活終わりを待つまで必ず勉強を二、三時間していた。しかもそれだけでは留まらず、勉強する癖がついたのか毎日寝る前に勉強をするようになっていたのだ。
勿論華とのデートを優先しつつではあったけど。
『そんなに毎日やっていたの? 勉強』
『最初はそんなつもりもなかったんだけどさ。いつの間にか日常的にやるようになっていたんだよ』
『そっか、そうなんだ。じゃあ大学も行ける幅が広いわね』
『それはどうなんだろ。やりたいことがあれば、大学に行くし特に無ければ就職も考える』
高校2年生も終わりが近い考えとはとても思えないかもしれないが、俺はまだ答えを出せていない。
(華は......俺の背中を押そうとしてくれているのか? 俺は俺で進める道があるって)
華と一緒の大学に行くという選択肢も勿論ある。あるけど、今の俺ならもっと視野を広めてもいいのかもしれない。
(本当は華と同棲をしたかったんだけどなぁ)
本音を言うとそうなる。彼女からそう提案されたときは嬉しかったし、俺も本気になっていた。華もきっと本気だったのだろう。
「俺って結構華の気持ちに気づいてなかったりするのか?」
「今更気づいたんですか? 華先輩は普段はああいう調子ですけど、天野先輩のことになると性格が豹変するんですよ?」
「ひょ、豹変? 随分物騒な言葉を使うんだな」
「大袈裟とかではなく、本当にその通りですからね? 天野先輩はもう少し華先輩のことを考えた方がいいですよ?」
野田さんは何度目かのため息をつきながら言う。多分だけど華は野田さんに唯一心を許しているみたいだから、あんな事やこんな事を聞かされているのだろう。
自分の知らないところで、あらぬ噂を流されるのは不本意だが、華の本当の顔を知っている自分からしてみれば豹変というのもあながち間違いではないのかもしれない。
「確かに野田さんの言うとおり、なのかもしれないな。もっと華とは面と向かって話すべきなのかもしれないな」
「すぐにでもそうするべきです」
二週間前に進路の話をしてから、俺達はその先の話をしていない。俺が意図的に避けていたというのもあるけど、華もどこか躊躇っているように思えた。
(それに甘えてばかりでは駄目って、事だよな)
俺は改めて華とこの話をしようと決意したのだった。
「それにしてもまた助けられちゃったな、野田さんに」
「助けるだなんてそんな、大したことしてないんですよ。私はただ華先輩が幸せそうにしている顔を見ていたくて......あっ」
「え?」
「な、何でも無いので忘れてください!」
俺は何か野田さんの知ってはいけない秘密を知ってしまったようなそんな気がした。
2
気を取り直して、華と二人での帰り道。俺は早速話を切り出そうとしたのだが、
「あのー、華さん?」
「つーん」
「もしかして怒っていますか?」
明らかに華の機嫌が悪いのでどう切り出していいか分からずにいた。
「放課後」
「放課後?」
「榛名と二人きり」
「いや、えっと、それには理由があって」
「私次はないって話したよね?」
そう言う華からはものすごい殺気を感じる。二週間前よ矢田先輩の時以上の、言葉を間違えればやられる殺気。
彼氏であるはずの俺でさえも、命の危険を感じていた。
「ま、まずは落ち着いて話をしようか華。野田さんが勝手に部活を抜け出して、勝手に教室に来たんだ」
「それは本人からじんもん......話をしたから聞いている」
「今尋問って言わなかったか?!」
さっきの野田さんもそうだったけど、俺の周り(二名)は物騒な考えを持つ人間しかいないのだろうか。
「な、なら話は早いよな? 野田さんは、また俺達の架け橋になってくれたんだよ」
「架け橋?」
「二週間前、そのまま放置されていた話だよ。俺と華のこの先の進路について」
俺は歩いていた足を止める。すると同時に風が吹いて、寒さも感じるが俺は少しだけ我慢して言葉を続けた。
「この二週間考えたんだ。俺はこの先華に対してどうしてやればいい?だって」
「それで答えは見つかったの?」
「とても簡単な話だった。華がそうしたいなら俺はそれを応援するべきだって。四年間という別れは確かに寂しいけど、それでも華を送り出さないと駄目なんだって」
残された1年間はその為にある。そういうことを野田さんから教えてもらったし、気づかされた。
「まだ俺自身の進路は決まっていないけど、俺は俺の道を選んでみようかなって思う。そうでないと何のために毎日勉強しているか分からないからな」
俺の言葉に華はしばらく黙っている。彼女は今何を思い何を考えているのだろうか。
「満点、とまでは言わないけど及第点かな」
「何だよそれ」
「うーん? 亮太の鈍感が治るまでの点数よ。ちなみに今マイナス2000点数」
「それって取り戻せる点数なのか?!」
俺のツッコミに華は笑う。やっぱり彼女の笑顔はいつ見ても最高だ。
最高だからこそ、
(亮太も遠距離恋愛を望んでくれた、って考えていいんだよね?)
この頃から始まっていた華の翳りに、もっと早く気づくべきだったと俺は後に後悔することになるのだった。