第3話親への報告
翌日。
俺は約束した通り華を迎えに行くために、いつもより早起きした。
「おはよう亮太ぁ。今日は随分と早いわね」
学校へ向かう支度をしていると、寝室から大きなあくびをしながら母親の天野良子が出てきた。
「今日も朝帰りだったのか、母さん。身体を壊さないでくれよ」
「もう何年この生活していると思っているのよ。息子に心配されるほど母さんは落ちぶれていないわ」
「こっちは本気で心配しているんだけどな」
俺の両親はバリバリの仕事人間なので、家にいることはほぼない。帰ってきたとしても俺が学校に行く時間は眠っている事の方が多い。
そんな生活を続けている両親を、俺は本気で心配しているのだが本人がこうなんだから多分この生活が変わることもないのだろう。
「それで何でこんなに早くに起きているのかしら。何か用事でもあるの?」
「用事っていうか、その......彼女が出来たんだよ」
「え?」
「だーかーら、彼女ができたんだって!」
別に隠す必要はないと華との間で決めておいたので、まずは母親にだけは報告する。
「亮太に彼女? 本当に?」
「本当に本当だよ」
「相手は誰なの?」
「華だよ」
「華ちゃん?! 嘘でしょ?!」
俺の報告に母さんは驚きのあまり口をあんぐりとさせている。
「そんなに驚くことかよ」
「当たり前でしょ? 生まれてから昨日までそんな様子を見せなかったのに、いきなり付き合うなんて言い出したら、誰だってビックリするわよ!」
「それは、まあ、その通りだけどさ」
「これは非常事態よ。あとで挨拶しに行かないと駄目ね」
「挨拶って気が早いから! それに俺は今から学校だからな!」
俺の報告のせいで、我が家は朝から大騒ぎの朝になってしまった。
「というわけなんだ」
「私の家と一緒ね」
通学中、華にその報告をすると疲れた顔で彼女はため息をついた。
「そっちもだったか。エイナさん、大騒ぎするようなタイプには見えないんだけどな」
「お母さんじゃなくて、お父さんがね」
「ああ、納得」
エイナさんというのは華の母親で、とても温厚で優しい人だ。それとは正反対の性格をしているのが、華の父親の方が問題で重度のレベルで溺愛している。
その娘と俺が付き合うことになったなんて知ったら、どんな目に合わされるか考えただけでゾッとする。
「俺命を奪われたりしないよな?」
「そ、そこまでしないと思うけど、直接会うのはしばらく避けた方がいいかも」
「そ、そうか」
娘にそこまで言わせる父親もどうかと思うのだが、彼女の言うとおりにはした方が賢明なのかもしれない。
「偽装とはいえ、前途多難だなこれは」
「でもそれが醍醐味みたいなものでしょ?」
「そんな醍醐味嫌なんだけど」
こんな調子で学校生活を送れるかも不安で俺は仕方がなかった。
「そうだ亮太。手を出して」
「え? あ、うん」
俺は言われるがまま手を差し出すと、華がその手を優しく繋いでくれた。
「これくらいはカップルらしいことしないと」
「そ、そうだな。これくらいは、な」
でもそんな前途多難でも、こういう小さな事でも幸せに感じられるのなら、それでいいかもしれないって俺は思った。
学校に到着するまでの間、俺と華は手を繋ぎながら登校した。
「やっぱり目立つよな俺達」
「私は色々な意味で有名だから、皆驚いているんだと思う」
「自分で言って悲しくないか、それ」
氷華って呼ばれていることは彼女にとっては不本意のはずなのだが、そんなので有名って悲しくならないのだろうか。
「このまま教室に入ったら、流石に大騒ぎだろうな」
「騒がれた方が私としては助かるんだけどね。たとえそれが偽物の関係だとしても、その噂が伝わってくれればそれだけでいいから」
「でも逆効果になる可能性だってあるだろ?」
「その時は亮太が護ってくれればいいから大丈夫」
「自分で言うのもなんだけど、そんなに頼れる男じゃないぞ俺」
「そう言っておきながらいざという時は頼れる男って分かってるから、私は」
果たして華は自覚しているだろうか。そういう言葉が俺の心を揺さぶるってことを。
(そんな経験今まで何度もあったけど、彼女になったって意識すると余計にドキドキさせられるなこれ)
「もうすぐ校門か。華、そろそろ手を離さないか?」
そんな話をしている間に、学校の校門近くまで到着する。さっきも言ったようにこのまま教室に行くといきなり大騒ぎになりかねないので、繋いだ手を離してほしいのだが、
「いやっ」
華はその手を離すどころか、指を絡めて離さないと言わんばかりの表情をしている。
「嫌ってお前、いくら偽装カップルと言えどこのまま教室に行くのはハードルが高すぎるって」
「私は構わないって言ったでしょ?」
「俺が構うんだよ!」
どんどん校門が近づいていき、今更逃げても遅いところまで来てしまう。どうやら腹を括らないいけないのは、俺の方のようだ。
「どうなっても知らないからな、俺」
「元より私の方は覚悟が決まってる」
「その気持ちの強さ、俺にも分けてほしいよ」
こうして俺と華は手を繋いだまま、学校の中及び教室へと向かうのだった。