第2話初めてのデート
映画館は祝日なだけあってお客さんの数も多かった。しかもその大半がカップルが多く、その中に自分達もいるって考えると少し気恥ずかしい。
「それで何を見るんだ?」
「これよ、これ」
と華が指を指したのは、今流行っているアクション映画だった。学校での彼女しか知らない人達はこれを見たら信じないだろうが、華は昔から恋愛映画とかよりもこういうアクション系の映画の方が好きだ。
「この前見に行ったっ話していなかったか? この映画」
「今日で観るのは三回目ね。初日舞台挨拶も当然行っているわ」
「相変わらずアクション映画への熱量だけはすごいな」
この熱量を普段の学校生活に注げば、少しは印象が変わるのにとつくづく思うのだが、この彼女を観られるのは自分だけだという特別感が無くなるのが嫌なので黙っている。
「チケットは私が買ってくるから、亮太はポップコーンと飲み物を買ってきて。私オレンジジュースね」
「了解」
俺と華はそれぞれ買い物に向かうために、一旦別れる。
(はぁ、緊張した。まさか偽物とはいえ付き合うことになるとはな)
売店の列に並びながら、俺はこの僅か数時間の間に起きたことを振り返る。
(ストーカーか。まさか華がそんな目に合っていたなんて、想像できないよな)
もっと早く気づいてあげられれば、良かったって後悔の気持ちも湧き上がってくる。何も起きなかったことが不幸中の幸いとはいえ、この先も絶対に安全とは言えない。
むしろ俺という彼氏が出来たことで、逆上する可能性だって大いにある。高校生同士だから安全だなんて今の世の中では絶対に言い切れないから、何か対策も取らなければいけない。
(俺が絶対に護ってやる。もう二度と悲しませないからな)
遠くでチケットを買っている彼女を眺めながら、俺は心に強く誓った。
3
ーまだ心臓の鼓動が早い
これ以上亮太に気づかれないために、一旦別れたけど身体中が熱かった。自分で取った行動とはいえ、恥ずかしさの方が勝っている。
(亮太はドキドキしてくれたかな)
私の無茶振りに少し戸惑ってはいたけれど、それでも亮太は文句一つ言わずに私に付いてきてくれた。
ストーカーの件は本当のことだけど、本当はそんなの建前で、本当の目的があるって亮太が知ったら怒るかな。
(いつも通りの私でいれば大丈夫。いつも通りの私でいれば)
私は二人分のチケットを買って、亮太と合流する。
「お待たせ亮太」
私はまた彼の腕に抱きつく。こんなことしたらまた緊張することくらい分かっているのに、結局同じ事を繰り返している。
「お前ってそんなに大胆なことするやつだったか?」
けど亮太のこんな反応を見させられたら、何度でもやってみようなんて思っていた私だったけど、
「元から私はこういう女よ」
「そうだったのか。まあ、その、そっちの方が可愛いからいいんだけどさ」
思わぬカウンターが亮太から返ってきて、身体が沸騰しそうになってしまう。
「か、可愛い? 私が? 冗談とかで言っているんじゃなくて?」
「演技とかそう言うのじゃなくて、俺は本心から言っているよ」
「そ、そうなんだ」
思わぬ不意打ちを食らった私は、この後みた映画の事なんて覚えているわけがなかった。
4
映画を見終わった後は、二人で近くの喫茶店に向かい、そこで映画の感想を語りあった。
「最後のシーンもよかったよな。全員集合してさ」
「う、うん。よかったわよね」
しかし何があったか分からないが、華は映画が始まる前からどこか熱に浮かれたようにボーッとしていた。
「どうしたんだ華。顔が赤いけど熱でもあるのか?」
「き、気にしないで。ちょっと、その、頭がボーッとするだけだから」
「それを熱があるって言うんだけどな」
もうすぐ12月ということもあって最近気温の寒暖差も激しい。熱が出てもおかしくない。
「今日のデートはもう終わりにした方が」
「それだけはやめて!」
静な喫茶店に響く華の声。こういうときの彼女は本気で言っているので、俺の方が引き下がるしかないのだが、それでも心配なのは心配だ。
「わ、分かったよ。でも無茶だけはするなよ」
「ごめんなさい......」
そんなつもりはなかったのだが、変な空気が喫茶店に流れてしまったので、俺達は仕方なく喫茶店を出る
(せめて次は人目が気にならない場所を選ぶか)
隣を歩く華を見ながら、俺は次の目的地をどうするか考える。だけど喫茶店を出てすぐのところで、華の足がふと止まった。
「どうした、華」
「やっぱり今日は帰ろう亮太」
「は? どうしたんだよいきなり」
「いいから、帰る」
態度が急変した華に俺は何か言おうとしたが、彼女の顔を見て俺はそれ以上何も言えなかった。
ー華の顔がさっきまでと違って、外の顔に変わっていた
華はそれからずっと黙っており、俺の家の前に到着するまで会話は一度も無かった。
「ねえ亮太」
けど家に到着したところで、華の方から話しかけてきた。
「どうした、華」
「さっきはありがとう。何も言わないで私の言う通りにしてくれて」
「別に礼を言われるようなことはしていないよ。華が帰りたいって言ったから、俺はそれに従っただけだし」
「それでも、お礼を言わせて。ありがとう」
そう言う華の表情は、学校で見せるあの表情と同じもので、だけどどこか無茶をしているようなそんな彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。
(我慢しろ俺。いくら偽物カップルとはいえ、その先の一線を越えるのは駄目だ)
「理由とかは聞かないの?」
「無理矢理聞くような趣味はないよ俺には。華にだって事情はあるだろうし、俺にはそこまで踏み込めるような資格はないよ」
「ごめんなさい、でもありがとう。そうやって言ってくれるのは亮太くらいだから」
少しだけ微笑みながら言う華を見て、俺の胸が少しチクリと痛む。本当の彼女を知っている自分だからこそ出来ることがあるはずなのに、今の俺にはそれができる度胸も資格もない。
(分かっているんだ、自分がした罪はどれだけ時が経っても消えないって)
だから彼女がふと見せるその表情を見ると、俺の胸が苦しくなる。
「じゃあまた明日学校で」
これ以上いても気まずいと思ったのか、華はそう話しを切り上げて、俺に背を向ける。
「なあ華」
「どうしたの?」
「俺達明日からも......偽カップルを続けていくんだよな?」
「うん、そのつもりだけど」
「なら明日から一緒に、登下校するか?」
「......うん。でも私が部活がある日は?」
「勿論終わるまで待っているよ。それの方がらしいだろ?」
「そうね......。そのくらいはしても、いいのかな」
「じゃあ明日から俺が迎えに行くから」
「うん、ありがとう」
華は一度だけ振り返ると、本当の彼女の表情で笑ってくれた。
「今度こそまた明日ね、亮太」
「あ、ああ。また明日」
俺は華の背中が見えなくなるまで、彼女を見送った。
(本当可愛いすぎるって)
ー残された俺は、しばらくその場を動くことができなかった。
こうして偽カップルの初日は終了した。突然の話が多すぎて俺自身追いつけていない部分が多いけれど、最後に彼女が見せてくれた表情は、間違いなく今日一番の笑顔で、俺の一番の報酬となった。