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出発

「聖女様からお代を頂くなど滅相もございません!」


 お店のご主人はわたしが聖女だと知るやいなや、目を見開き捲し立てた。それはもうすごい剣幕で、思わずたじろいでしまうほどの迫力だった。


「そ、それとこれとは話が別なんです! 今回は下調べのつもりだったので、今日はこれで失礼します!」


 聖女とはこれほど影響力があるものなのだろうか。考えてみれば、まだわたしは聖女が何を成してきたか、そんな歴史を一つも知らない。


 もしかすると、途方もない快挙や人類を救うみたいな歴史が存在するのかもしれないが、あくまでわたしはわたしであって、何かを成し遂げた訳ではない。これから先もこの調子が続くとなると、考えただけで項垂れてしまいそうになる。


「真面目だね。貰えるもんはありがたく貰っとけばいいのに」

「こら、プニちゃん!」

『プニ公は卑しきスライムですね』

「だってご主人のご厚意だし」


 その後もご主人にしつこく引き留められたが、なんとかそれを振り切りると、わたし達は一度宿へと戻ることにした。


「やっぱりもったいないって」

「聖女の使命だって分かってないんだから、焦る必要もないでしょ。仕方がないから旅には出るけど、行く先々でこの調子になるんだったら、わたしはずっとトットから出ないからね」



 こちらの世界で聖女がどれだけ重要な役割を果たしているのかなんて分からない。だけど、それをいいことに人に甘えるのは違うと思う。


『澪様がそう仰るのならそれが正解です。ならば正規の方法で購入すればいいのです』

「もったいないと思うけどなあ」

「……まだ言ってる」


 とはいえトットで労働は困難だろう。プニちゃんが人と顔を合わせる度に「聖女様だよ!」と紹介するから、わたしはちょっとした有名人になってしまっている。


『この街は『青』との関わりも深いですし、聖女に対する考え方も他の街と比べると、いささか大袈裟なところはあるかもしれません』

「僕達の普及活動が実を結んだってわけだ」


『青』の皆は日頃から何をしているのだろう。これじゃあ悪徳宗教の勧誘と変わらない気がするよ。


「だとしてもわたしは何もしてないからね」

「そんなことないよ。『魔の沼』の鎮静化に成功したじゃないか」

「それはグリモワールのおかげでしょ」

『私こそ何もしてません』

「最後に浄化魔法……だっけ? 使ってくれてたじゃん」

『そのような事実は認識しておりません。『魔の沼』に関する功績は澪様によるものであり、私は一才関係ありませんよ』


 よくもまあ、綺麗な顔して嘘をペラペラ言えたものだ。なんにせよ、もうトットからは出た方が良さそうだ。この際、歩きでも全然構わない。次の街で身分を隠して仕事を探すことにしよう。


「本当に頑固だね」

『信念があると言いなさい』

「物は言いようってことね。まあ、それはそれでいいとして、次の行き先を決めようよ」


 次の行き先ねえ。その為に『魔の沼』で泥まみれにならながら、悪戦苦闘の日々を送っていたのだが、いざその日を迎えても、蓋を開けてみればどうしたらよいものか皆目見当もつかない。

 

 結局プニちゃんやグリモワールの指示に従っているのが無難なのではないだろうか。


「他人任せだなあ。積極性が感じられないよ。なんだっていいんだよ。海路を行くも、山を越えるのもよしだよ。この際サイコロでも振ったらいいんじゃないかい?」

『それでしたら南のアルデラはいかがでしょう。今や減少傾向にありますが、一昔前までは冒険者の拠点として栄えていた街です。商人も多く集まりますし、仕事の選択肢も多いでしょう』

「うん、じゃあそのアルデラに決定かな」


 わたしは器用になんでもこなせるタイプではない。どちからと言えば不器用な方だ。仕事の選択肢は多いにこしたことはない。それに……出来れば血生臭いことは避けたいところではある。


「それじゃあ僕は皆を連れてこようかな」

「わたしも行くよ」

「今日は休んだ方がいい。明日の朝トットの外で待ち合わせをしよう。それじゃあまたね」


 ……行っちゃった。なんやかんやでスキルを試してみたかったんだけどな。ちぇっ、明日にお預けか。


『あの、澪様。金策に関して少しお話が』

「……?」

『ふと思い出したのです。以前の聖女様がご自身の国で使用する硬貨や紙幣なる通貨を換金していたと』

「あ、少しなら持ってる!」

『どこでも換金出来るわけではないと思いますが、商人が行き交うアルデラならあるいはと思いまして』

「それだと助かるよね。働きたくないわけじゃないけど、手っ取り早いし、買い物も出来るし」


 その夜、わたしはこの『地上の楽園(アンダーワールド)』で初めて一人の夜を過ごすこととなった。グリモワールが屋根の上で月光浴を行っているからだ。


 明日からの旅路には、ある程度の整備が施されており、危険に遭遇する可能性は極めて低いらしいが、念には念を入れ万全の状態にしておきたいらしい。


「んんっ……なんか寝れないな」


 騒がしいプニちゃんと、少し過保護過ぎるくらいのグリモワールがいないとこんなに静かなんだ。


 窓から少し冷たい風が流れ込んできた。空には大小二つの月が二つ浮かんでおり、片方は不気味なほど赤く染まっている。こういう景色を眺めると、改めて別世界なんだなと感じる。


 なんでわたしはこんな所にいるのだろう。聖女ってなんなのだろう。旅をしていれば分かるというが、いつものように、ただ流されてるだけではないのだろうか。


 自主性もなく優柔不断。

 お人好しと思われるのはただ気弱なだけ。

 傷つきたくないから傷つけない。

 良い人ぶって自分を守る。

 結局自分が一番大事。


 そんなわたしをわたしは嫌いだ。

 別世界に来ようが、聖女になろうが、どうやらそれは変わることがないらしい。



『……目』

「ん?」

『真っ赤ですよ』

「んー、ちょっと寝れなくて」

『次のスキルは【安眠】がいいかもしれませんね』

「いいね」


 トットの入り口で腰を下ろしていると、遠くから真っ青な塊が押し寄せてきた。見る人によれば壮観だが、不気味と捉えられても……まあ、仕方がないだろう。


『不気味ですね』

「……あははっ! そうだね」

『落とし穴でも掘っておけば良かったです』

「ふふ、そしたら沢山ポイント貯まるかも」

『プニ公如きでは大したこと無さそうですけどね。……澪様、私は——』


 グリモワールが何か言いかけたその時、プニちゃんがうえから落ちてきた。見上げると、大きな猛禽類が上空を旋回している。


「お、おはよう。プニちゃん」

「……やあ」

「朝から大変だったね」

『プニ公。貴方、今の所無能を晒してるだけですよ。澪様にこちらの一般常識も教えないし、挙げ句の果てに猛禽類に捕獲されるなんて』

「ぼ、僕の活躍は今日からだよ」

『せいぜい『青』の名に泥を塗らないことですね』

「なにおう!」

「あははは。まあまあ、喧嘩しないで」


 わたし的にはこうやって笑わせてくれるだけでも大活躍だ。それにしても……グリモワールには気を遣われちゃったな。よし、落ち込むのはもうやめだ。きっとこんな不思議な機会は二度とない。


 どうせだったら——楽しもう!


「よーし! 早速スキル使っちゃおうかな!」

「ちょっと待ってね。昨日『青』の皆の役割を決めてたんだ。おーい、昨日の話し合い通り整列してねー」


 プニちゃんが号令をかけると、スライム達は役割ごとに整列をした。


「若くて体力のある子達はミオを運ぶ役割を担うよ。十匹一組で五部隊。あとは給餌隊に見張り隊に偵察隊。そして精鋭部隊になる」

「えー、本格的じゃん」

「ふふふ。精鋭部隊は遊撃隊、魔法隊に分かれ、さらにミオ直属の護衛隊も含まれる。どうだい? これで小生意気なグリモワールも文句はあるまい」


 な、なんか格好いい。まさかスライム達がそんな風になるとは。正直、イーちゃんとスーちゃんを見た限りあまり期待はしていなかったけど。


「これが名付けの効果だよ。イーちゃん達はあの時まだ覚醒していなかった。今と比べたら雲泥の差だ。腰抜かさないようにね」

「わたしの為に頑張ってくれたんだもんね。皆、ありがとう」

「というわけで次はミオの出番だね」


 あ、そうか。感心してて忘れるところだった。スキルを使って皆を小さくしなきゃいけないんだ——しかし、いざとなると緊張が走る。失敗したら消滅してしまうんじゃと怖い想像までしてしまう始末だ。


『何かも唱える必要もありませんし、決めポーズも要りません。スライムに手を当てて「小さくなれ」と念じるだけでいいですよ』


 だったら上手く出来る……かも。だけど念には念を入れよう。まずはプニちゃんで実験だ。


「あ、やっぱり僕からなんだ」

「あはは。……覚悟は出来てる?」

「ちょっと、不安を煽るのやめてよ」


 わたしは静かにプニちゃんの頭に手をかざした。そして目を瞑り頭の中で静かに繰り返す。小さくなーれ、小さくなーれ、と。するとプニちゃんはみるみる内に小さくなっていった。


「あ、あわわわわわわ」

『澪様ストップ!』

「はい! ストップしました! ……ん? プニちゃんはどこに行っちゃったの?」

『かなり小さくなってしまいましたね』

「まさか失敗!?」

『成功です。おめでとうございます』


 確かに上手くはいったけど……これはある意味失敗してしまったのでは。


「もしかしたら微生物と同サイズまで小さくなってしまったかもしれません。残念ですがスライムはまだまだ沢山います。さあ、切り替えて次はいきましょう」

「き、切り替えられないよ!」

『……そうですか。では、適当に同じ場所に手をかざして「大きくなれ」と念じてみて下さい』


 えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。早くしないと知らない内に踏んづけちゃうよ。


 大きくなーれ、大きくなーれと念じていると、雑草の間から青い球体がひょっこりと顔を出した。どうやら潰していなかったようだ。


 それを見てグリモワールは小さく舌打ちをした——ちょっとこの子どうしたの。もう少し仲良くは出来ないもんかね。


「た、助かった! まるでミオが山のようだったよ!」

「あははは、ごめんね」

「そもそも実験は石ころとかで始めるべきだよね!?」

「あー、そうだね。確かにそうだ」

『私に小生意気といった罰ですよ。これに懲りたら口を慎みなさい』


 どうやらグリモワールは根に持つタイプらしい。冗談も……恐らく通じないのだろう。

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