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○第八話○ゴミ箱


「隠れるぞ」


「はい」



 甲冑を被った複数人の足音が近づく中、フーミルはゴミ箱の中にさらに身をうずめていた。



 …見た目によらずとも、奇妙な生き物だ。


 そんな風にフーミルはスケルトンに印象を持っていた。


 見た目が骸骨になった経緯はともかく、彼はいい意味でも悪い意味でも強い人間だと思う。死んだ父に似ている。いつだって状況をよく理解できている、ような気がした。上背は私と同じくらいで、声も子供らしく高いので、幼いのだろうかと勘違いしがちであるが、もし、彼が本当に第一王子だとしたら、それでも15くらいの歳にはなっているのではないか。王国では15から成人であると認められるので、一応『大人』だ。


 あと、彼に対して強く抱いた違和感、というのが『人の死に対する認識の違い』であるような気がする。


 フーミルはリオネスを亡くして、胸に大きな穴がぽっかりと開いてしまったような気がする。そのせいでかけられる声も穴から通り抜けていって耳に残らない。


 恐らく殺したのはクロノスだ。今の国の第一王子。だとしないとあり得ない。リオネスの強さはフーミルが最もよく知っている。王国にリオネスを一撃で殺せる人間などもうクロノス以外にはあり得ない。


 しかし、どれだけフーミルが声を上げたって、みな取り合ってくれない。


 それは、フーミルが『子供』だからだ。


 子供は未熟の象徴で、守られるべき存在で、聞く耳を持ってはいけない存在なのだ。


 そして、新聞にあることないことでっち上げられたせいで、リオネスの品位すら落としてしまったことに、フーミルは強く悔いているのだ。


 だとしたら、やるべきことがある。皆が追わないなら、フーミルには、リオネスを殺した犯人を償わせる義務がある。


 しかし、スケルトンは違う。リオネスが死んだからといって、強いショックを受けたのだとは思えない。それより、懐かしがっているといった具合。


 それに、スケルトンはフーミルに墓地以来リオネスの話を振ってこない。


 フーミルがてっきりリオネスへの思いで修復したのだろう十字架にも、彼はあまり答えなかった。


 なんだか、リオネスが死んでしまったことを、『死んでしまった』とだけ受け取っているのかも知れない。


 スケルトンの考えていることは詳しくは、フーミルに知りようがないが、ただ、これが『大人』と『子供』の違いなのではないかと、ぼんやりと思うと、『大人』と言うただの単語でしかなかったものが、何か強く脈打って、輪郭がはっきりしたような気がした。

 カシャン。


 カシャン。


 まだ足音は続いている。


 カタッ。


 緊張をほぐす為に他愛もないことを考えていたが、逆効果だったかも知れない。急に現実に引き戻されたせいで、手足がびくりと震えてしまった。


 ゴミ箱が音を立てて揺れる。


 もしかすると、気付かれたかもーー



 足音が近づいて来る。


 そして、止まる。


 まずい。どうする?どうやったらーー


 フーミルの目に光が灯った。


 一筋の光が上から降っている。


 まさか、もうゴミ箱に手をかけてーーー


 その直後、ガパリと音を立ててゴミ箱の蓋が開いた。



「はー。やんなっちゃうわホントゴミが少なくて」



 光に慣れない目を何度も閉じてから、目に飛び込んできたのは掃除員の服を着た壮年のおばさんである。

 ゴミ箱の中にいるフーミルとは反対方向を向いている。どうやら気づかれていないようだ。



 少し顔を出すと、近くに騎士4人組が通い路の反対側に見える。

 家の中などを覗こうと躍起になっているようだが、どう考えてもドアを打ち付けてある家に逃げ込める訳がない。 

 しかし、不味い状況であることには変わりない。

 少し声を上げれば、すぐに勘付かれるだろう。


 フーミルの近くでガサガサと音がする。

 …嫌な予感がする。


 おばさんが何かを持ち上げた。ゴミ袋だ。


(…!?!? ま、まさかそれを私に?)


 ゴミ袋の口を開けると、中身をフーミルに注ごうとする。


(なんでゴミ袋に入れてあるものをわざわざ中身を出して注ごうとするのよ!?というか私に気づいてよ!!)


 頼む。


 やめてくれ。


 声を上げることも出来ないので、フーミルがただ念じていると、


 祈りが通じたのか、おもむろにおばさんは袋を下ろした。


「ああ、燃えるゴミはこっちのゴミ箱だったっけ」


 どうやら、ゴミの分別で助かったらしい。


 そもそもおばさん自体が分別の付いていないように思えるが気のせいだろうか。

 しかし、このままではスケルトンが犠牲になってしまう。

 少し心が痛む。が。


(まあ、みんなを騙したんだし、これくらいなら罰に当たっても仕方ないかな…)


 実は、ギルが水滴を避けようとしてこけた時のこと。

 スケルトンが原因だったことを知っている。


 ギルがこけた後あまりにも、わざとらしい演技をするから、嫌でも気付いたはずだ。


 しかし、スケルトンは必要最低限の事は言って謝りはしたが、ギルが転ぶ原因は喋っていない。

 自分に都合の悪いことは聞かれない限り言わない類の人間だ。


 仮にも年頃の少女であるフーミルに下水溝だのゴミ箱だのに隠れさせようとしておきながら、ゴミは被りたくないと来た。


 確かに、フーミルもスケルトンを見捨てた節はあるのでなんとも言えないが、それはスケルトンにも言えることだ。


 すると、


「コノゴミ箱、イッパイダヨ。アカナイヨ。」


 と裏声でスケルトンが喋った。


「えー。もう入らないのかい。仕方ないねえ」


 おばさんはそう答えたあとフーミルのゴミ箱の蓋を開ける。


(ゴミ箱が喋るわけないじゃない!?気付きなさいよ!!)


 そして、毎度の如くフーミルの方には脇目も降らず、おばさんはゴミ袋の中身を投入した。


「うわぶっ!!」


 不快感にたまらず声を挙げる。



「おいなんか聞いたことある声がしたぞ!!」



 途端に騎士4人組が色めきだった。勘弁してくれ。

 スタスタとフーミルの収容されたらゴミ箱に近づいていく。


「ちょっと、何するんだい!?」


 押しのけられたおばさんが騎士の通ろうとした道を遮るように抗議の声をあげると、


 1人の騎士が、


「ウッセーなババア。今はそれどころじゃーー」


「いや、申し訳ありません。僕達このゴミ箱に大事な用があるんです」


 血気盛んにおばさんを詰ろうとしたが、意外にも紳士的に割って入った騎士がいさめた。彼がリーダーなのだろうか?ギルダーにしては礼儀正しい。少なくともギルよりは紳士だ。


「こんなことなら有給取っときゃ良かった、残ってないけどーー」


 そんな風におばさんはぼやいていたが、やがて道を開ける。

 そうすると、さっきの紳士は一変して、獰猛な鷹であるかのように勢いよくゴミ箱を覗き込んだ。



「見ーつけた」



 兜の奥の目と目が合う。身がすくんで、というか、咄嗟にゴミ箱から出ようとしたが、こんな狭い場所から即時に脱出するのは不可能だった。


「おい!!コイツ、ゴミ箱の中に、しかもゴミまで被ってやがる!まるで『灰かぶりの女』だ!」


「『灰かぶり姫』ね」


 女性の声が小さく訂正するが、おばさんを詰った男は、


「そんなのどうだって良いんだよ」


 と一蹴した。


「おい!?よくも俺らを生き埋めにしてくれたな!?きっちり借りは返させてもらうぜ!?」


「おい、ギーク…何も女の子にーー」


「うるせえリップ!!俺はやられたらやり返さないと気が済まないたちなんだよ!!」


「…」



 あの乱暴な男の騎士の名はギークと言うらしい。短気な、ギルダーの鑑のような男であるように思う。フーミルの中でギルドのイメージはすこぶる悪い。

 が、しかし生き埋めにしてしまったのは事実である。


「あの、生き埋めにしてしまったのはごめんーー」


「ガキは黙ってろ。よし。ギルドルームに運ぶぞ」


 ーーなさい、と続ける前に勝手に遮られてしまった。どうやら、ギークは聞く耳を持つつもりはないらしい。他のギルダーたちも怯えて逆らうことはできなさそうに思える。


「おい、なにグズグズしてる!」



 ーーというか、

 ーーというか、スケルトンの野郎!!



「さっさと起きて下さい」


「グホッ!」


 フーミルは、いつまで経っても出てこない、というか無視を決め込んでいる風のスケルトンに痺れを切らした。危険な行為であることは承知しながらも、砂魔法を行使してゴミ箱を部分的に破り、スケルトンのゴミ箱を蹴り倒した。


 悲鳴を上げて骸骨が転がり出てきた。




「なっ!?す、スケルトン!?」


 ギーク及びギルダーが動揺する。


 スケルトンはその怠惰な性格からは考えられないほどの俊敏さで、フーミルのゴミ箱を攫い、肩に担ぎ上げると、元来た道を戻る、つまり墓地の方向へ駆け出した。


「…て、どっちいってるんですか!?」


 慌ててフーミルが尋ねる。ゴミ箱から頭と片足だけ出ていて奇妙だ。


「このまま逃げても埒が開かない。『パイプ』に行く」


「ぱ、パイプって空の…?」


 まさか、空に張り巡らされるパイプの中に入ろうと言うのか。いや、不可能だ。何故なら、そもそも入口がどこか分からないのだ。


「墓地のもっと先に、『取水口』がある」




 呆然と見送るギルダーにリップスが一喝。


「追うぞ!!」


「う、うん!」


 レベルカは走り出したが、ギークは場に縫い付けられたように動かない。リップスが訝しむように彼を見やった。


「ぎ、ギーク?」


「くそ、くそっくそぉぉ!!舐めやがって……!」


「ギーク!?おい!」


「死ねぇ!!光弾[ライトバレット]!!」


 突然狂ったようにそう叫ぶと、ギークとの周りに光の球が空中から出現する。

 『中級魔法』だ。ギークの使える魔法の中で最も威力の高い攻撃魔法。


「おい待て!!公道での攻撃魔法は禁止されてんだぞ!?」


「るせぇ!!テメェ、テメェェ!!逆らうんじゃねぇ!!」


「なっ……」レベルカは息を呑んだ。ギークの焦点のあっていない顔には、医務室の急患で見覚えがあった。あれは魔力中毒だ。あのゴミ箱を開けた時……。


 リップスが慌てて止めようとするが、半狂乱のギークには届かない。


「ちょっ!どうするんですか魔法が飛んできますよ!?」


 離れている距離はせいぜいが家一軒分。スケルトンはフーミルを担ぐので精一杯であり、とても避けられるようには思えない。


「…フーミル、足畳んでくれ。俺は先にある噴水に『乗る』」


「乗る?」


 スケルトンのいう聞き慣れない表現にフーミルの眉はひそめられたが、彼女は素直にゴミ箱に足を収納した。



「ハハッ!!全員オレをコケにしやがってぇぇ!!!」


 ギークの光球がみるみるうちに増えていく。その数、20。まだ増やそうとする。


 どう考えても…魔力不足だ。


「やめろぉギークゥ!!」


 アルバトロスの皆が叫ぶが、もう手遅れだった。


 ギークは白目を剥き、涎を滝のように垂らしながら言う。


「皆殺しダァぁぁあ!!」


 ドンと空気もろとも太鼓に打たれたように震えたあと、光球が目にも止まらぬ速さで射出された。



「皆殺しダァぁあ!!」


 罵声と共に射出された無数の光球は、目にも留まらぬ速さで2人に襲いかかる。

 それを見た俺は、フーミルに言った。


「歯ぁ食いしばっとけよ!」


「!?」


 そして、ゴミ箱をぶん投げたのである。腕もげるかと思った。


 フーミルはなだらかな下り坂となっているこの通りを転がっていく。


 急に小さくなった対象に光球は付いていけず、石畳を抉り、消滅する。


 …あとは、俺に向かう光球だ。


 時間はない。届くか?噴水に。



 俺は半ば飛び移るようにして噴水に飛び乗る。


 噴水に足がつくのと俺の服が少し焼けるのが同時。


 しかし、俺はスケルトン。骨以外の体重はない。常人の、普通の12歳の数倍軽い。


 異常な水量を誇る噴水は、俺の体を軽々と空中へ打ち上げた。


 なんとか俺は空中で体勢を整える。


 光球が俺の耳元を掠めた。


 そのまま俺は家の屋根に着地し、駆け出した。


 いくつもの光球が俺に追い縋るが、流石に屋根の上は届くことは無い。光球は壁を抉って消滅した。


 …とにかく、最も近い脅威は無くなった。


 フーミルを回収しないと。

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