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○第七話○足音



「なんっだアレ…何だよあのバケモン…」


 ギルが消えて数分後、彼は震える声で呟いた。


 何だあの魔力量は?


 到底1人の生身の人間が持てる魔力量では無かった。


 化け物だ。ひょっとすると、総勢10人となった『アルバトロス』全員の最大魔力保有量を上回るかも知れない。


 あれが、『神名』持ちだ。神話の神と同等の力を得た存在。


 そして、噂通りの奇人だ。王国にとってかなり重要な任務と言えるはずの、『王子奪還計画』がまだ成功していないと言うのに、


 奴はこれから、どうするつもりなのだろうか?


 リップスが後ろに目をやると、未だにメンバーは大穴から抜け出すのに四苦八苦している。


「おい!早く抜け出せよ!」


「いや、呆然としてないで手伝ってくれよ!」


「あ、そうか」


 1人より2人の方が穴を抜け出すのに向いていると今更気づいたリップスである。

 嫌がらせとか故意的なものでなく、本気でその発想に至らなかったようだ。彼らは穴に埋まったまま呆れて息をついた。


 ギルド名を、これから一世を風靡するであろう家名、『アルバトロス』にして名の通りを良くするといったやり方には、皆、リーダーのしたたかさに感心したが、いかんせん実戦に向いていない性格をしているのだ。もし、商人などになっていれば、ある程度大成しただろうが。

 今回の任務も、用心していた方がいいと言ってギルドの半分をお留守番させていた妙な用心深さは商人では歓迎されるだろうが、頭のしたたかさより腕っ節の強さがモノを言うギルドには歓迎されないのだ。


 そして、ギルドの5人を穴から引き抜く事に成功したリップスは大きく息をついた。



「で、これからの事だけど…どうすんだよ。」


 と全員に問う。


「もう良いんじゃない?報酬もパアだし」


 そう高い声で言うのはレベルカという名の女性だ。といっても皆甲冑に身を包んでいるため、声でしか見分けが付かない。


「…いいのかよ。もうこの件に関わらなくて。」


「関わりがない訳じゃないけど、ぶっちゃけ、あいつが死んだからってなんかする義理ないし」


 『あいつ』というのはレベルカの父の事だ。いや、父だった男だ。彼女は魔法の才はあったが、仕事のできる年になってから放蕩し、遂には父娘の縁を切られてしまった。もともと仲は悪かったらしい。


 そして、しばらく前に父の訃報が届いた。


 例の殺人事件だった。一突き。


 彼女は大して動揺したような様子もなく、ただその日少し部屋に篭る時間が長かった。


 それだけだ。


「…でもよ。良いのか?オレたち今眼前に札束吊るされてんだぜ?」



 突然、荒々しく言ったのは先程リップスに助けを求めていた男だ。名はギークと言う。


「どう言うイミだよ。」


「考えてみろよ。オレたち国の超重要な任務受けてんだぜ?確かに、依頼主自体はギルの野郎になってはいるが、今から捕まえて差し出したら国は多額の報酬をくれる。」



 話は分かる。だがーー


「ーーあの骨はいいけど、フーミルとか言う子がいるだろ」



「連れ去るだけならオレらはできる。それに同行してるかも分からないんだぜ?」



「でもーー」



 リップスは口籠る。

 ここからギルの援護は得ることができない。もしフーミルと戦うことになれば厄介どころの話ではない。彼女はまだ魔力の扱いに慣れていないようだが、だがしかし魔力量が桁違いだ。



「捕まえるしかないんじゃない?」


「え?」


 そうのほほんとした口調で言ったのはミシェルだ。性別は不明である。



「だって、国の偉い人でも知らない情報でしょ?スケルトンさんが王子ってこと。だとしたら、

 失敗しました〜じゃ済まされないんじゃない?例えば…」


 解雇。最悪の場合反逆罪が成立するかもしれない。と言う文言が、なぜかリップスには鮮烈に浮かび上がってきた。


「いや、流石にそんな無茶な…」


 口ではそう言うが、有り得る。


 リゼなら有り得る。


 逆にその可能性を考えなかった自分を殴りたい気分だ。


 反対を唱えていたレベルカも、これから起こり得ることに息を呑んだ。



「…やるしか、ないのか」



 全員が、頷いた。





「おっ。良さげなゴミ箱があるな。ここに隠れようぜ?」


「……」


「あー。じゃあもう少し先のゴミ箱にするか?でも、果物屋だからちょっと臭いがな…」


「分かりましたよ!入れば良いんでしょう!?」


「お、おお…」


 色々あって、俺とフーミルは石造りの家に備え付けてあるゴミ箱に隠れようとしていた。


 こんないたい気な少女をわざわざゴミ箱なんてところに隠れさせるなんて、年長者として心、いや脊椎が割れる程痛いが、仕方がないのである。

 彼女はこのまま一人で逃げたらどうせ不敬罪で追われることになるし、いちおう王国の重要人物である俺が居れば、あるいは捕まったとしてもなんとかチャラには出来るかもしれない。


 いや、最優先事項は俺の拉致なのだから俺が優先的に逃げるべきだとも思ったが、ギルという人間がいる事を考えると、それは悪手だ。


 それに、少女を置いて自分だけ逃げるってのはすこし恰好悪い。


 この姿になって言うのもなんだが、格好つけられる余裕があるなら人を助けて格好つけておきたい。


 まあ、ついさっきは完全に疑ってかかっていたが。


 彼女には話すと面倒なので打ち明けていないが、俺達が、ギルから捕まるかもしれない最も大きな原因は、そのフーミルのダダ漏れの魔力にあると踏んでいる。

 ギルは神名持ちであれば、幅広く展開した魔力で周囲を把握する『魔力感知』を、ほぼ確実に持っている。持っているとさっき俺と、フーミルの場所を見つけた説明が付くし。


 そして、フーミルと、ある一定の距離内にまで近づけば、彼女の魔力とギルの魔力が共鳴して居場所が丸裸、という仕組みだ。


 回避する方法は、魔力を内に抑える事を覚えることだ。

 ギルくらいになると全くの共鳴をさせずにこちらの目と鼻の先まで接近することができる、のかもしれない。フーミルがグルでなければの話だが、もうその線は無さそうだ。

 だが、メリットばかりとは限らない。内に魔力を抑えるということは、心を閉じるということ。だから教えたくない。

 フーミルは子供のままでいてほしいと言う俺の身勝手な願いであった。



「良いですか?俺がゴミ箱から周囲を確認しておくんで、フーミルさんは安心してゴミ箱の中で寛いでいてください」


「もう良いですよタメ口で!今更じゃないですか!」


 心なしか受け答えが投げやりになったフーミルに手本を見せるべく、俺から先にゴミ箱の蓋を開け放った。

 清潔な方のゴミ箱だ。生ゴミも捨てられていない。


 ちなみに、俺は生ゴミの分別はしっかりするが、王国でそれは浸透してはいない。


 俺がゴミ箱の中に身を入れると、フーミルも渋々と言った様子でゴミ箱の中に身を隠した。


 …やはり素晴らしい。


 ゴミ箱は魔力をカムフラージュする為に最適であるといって差し支えない。


 魔力は基本的に下から上空へと上昇していく。これは魔力を構成する要素が空気より軽いと言うわけでもないのだが、説明すると面倒、いや、端的に言ってしまうと、空にうねるパイプが原因だ。魔力は全てパイプに始まり、パイプへと戻っていくのである。



 故に、蓋があり、さらに蓋との隙間が下向きにあるゴミ箱は魔力が周りに溢れにくい。まさに、魔力を溜め込むために存在するような入れ物だ。


 更に更にである。


 この七番通りに公衆のゴミ箱が身近にあるのも、期間ごとに降ってきたヒカリゴケを回収する必要があるからだ。


 そして、ヒカリゴケは魔力を保有する。つまり、多少ゴミ箱から魔力が漏れ出ていても、魔力量の多いヒカリゴケがあるのだなあ程度で見過ごされるだろうという算段だ。


「…意外とピッタリですね」


 12そこらの少女が入るのならちょうど良いだろう。


 俺もスケルトンになったのはそれくらいの時期なので、ピッタリである。



「だろ?それに中のヒカリゴケが淡く光ってさぞ神秘的に…」



「いえ。ヒカリゴケが回収されたのはもう随分と前なので、有りませんよ」



「…そうですか」


 そうだった。

 人は長く魔力の密度が濃いところにいると魔力中毒になるので、ヒカリゴケは優先的に回収され魔道具などの肥やしとなるのだ。


 俺は人間辞めてるので大丈夫ではある。


 しかし、ヒカリゴケの生え変わった時期も覚えていないとか、ガックリきた。


 主に俺の頭に。まあ、元々スカスカだし期待するだけ無駄なもんだ。


 フーミルがゴミ箱の蓋を閉める。


 少しの沈黙の後、俺は口を開いた。


「ああ、あと…悪かった」


「?」


「ついさっき、墓地の話だよ。てっきり、ギルとアンタはグルだと踏んでた。疑ってかかってたんだ。」


「…仕方ないですよ。…いいえ、許しますよ。ギルもそれを狙ってたでしょうし、それに」


 ここで、フーミルは一拍置いた。


「ちゃんと、リオネス様を守ってくれたじゃありませんか」


「…。」


 なんと声をかけるべきか迷った。俺は、墓を修復した行為がどうして、‘リオネスを守る’という事に繋がるのかわからなかった。


 ただ、俺はフーミルが悲しんでいるから、打算的な事を言えば、あそこで、リスクを侵してでもフーミルの願いを聞けば、俺の言うことも聞いてくれるだろうと思ったからだ。


 ただ。それだけだ。


 しかし、俺より幼いこの少女は、それを理解しているようだ。彼女は少し敬語が拙くても、12歳にしては十分すぎるほど頭の回りも行動もはやい。


 俺が知らない事を知っていてもおかしくは無い。


 果たして、どのような人生を歩んできたのだろうか。




「…少し聞きたいことがあるんだけど、良いか?」


「私も聞きたい事があるんですけど、先に良いですか?」



「えっ…。良いけど?」



「貴方の状態が、亡くなった筈の王子だとか、一瞬ギルから聞いたんですけど嘘ですよね?」



「えっ…知らなかったのか?」



「えっ…嘘…」



「えええ…」


 知らなかったのか?フーミルは。てっきり、ギルのことを呼び捨てにしていたからかなり偉い立場の貴族であると思い込んでいた。


 故に、俺がこんな姿になって事故死に仕立て上げられていることも、当然知っているものだと。


 ギルをなんで呼び捨てにしているんだと聞くと、



「普通ですよ、常識です」



 と返された。ギルェ…。


「私はウェストン家の分家の娘です。ある程度の箔はあるんですけど、あまり目立たない家だったんです。ですが…」


「新聞屋が…」



「はい。と言うか、新聞会社『ノーストン新聞社』もノーストン家の運営する会社ですね」



「もはや諸悪の根源だな、ギル…」


 ギルとは、王子だった頃にあまり面識は無かったが、今王国でもっとも勢いがある一族がノーストン家であることは知っている。

 といっても、今は貴族自体が衰退しているが。


 ああ、それと大事なことを聞き忘れてた。



「あと、俺のこと、配管工スケルトンのことは誰から聞いてたんだ?」


「…言う必要あります?」


「ある」


「…鍛冶屋さんですよ。そこしか空いてなかったんですもん。リオネス様とクロノスに関係を持つ人を聞いてたんです」


「ワサツミめ…」



「そしたら、リオネスさまと関係があってクロノスには大いに関係のある【スケルトン】っていう凄腕の配管工がいるって…笑いながら言ってるんですよ。」



 ワサツミめ…強制的に殺人鬼事件に俺をねじ込もうとしているのか、それともただ冗談のつもりで言ったのかどっちなのだろう。

 近衛団長と次期王子に関係のある実力者など、聞くだけ無駄、どこを探したっていない。


 ワサツミという人間の性格から察するに、フーミルは自分がリオネスと色々関係があるなどとは話していないのだろう。何故だ?何か言えない理由があるのだろうか?考えすぎということはないはずだ。

 というより、少女とはいえ素性の知れない女性に、色々とぶっ飛んでる俺を手放しで紹介するとかワサツミぶっ飛んでるな。知ってたけど。

 それに、骸骨に話しかけるなんて度胸のある子だとも思う。精神的に少し幼さが残るが、頭の良い少女。

 そんな風な印象だ。彼女は。

 そんな子に凄腕、と呼ばれるのは気分の良いものである。


「そうそう。俺が凄腕の配管工、スケルトンだぜ」


「にしては行動が小物っぽいですけど」


「……」


 ……昔は強かったんだよ、クロノスが出てくるまでは英雄オルト=レベルカの再来と呼ばれるほどだったんだ、そう言い訳しようとしたが、思い止まった。惨めでしかないからである。

 この体になって、失ったものは多かった。


 しかし、手に入れた物もある。

 まずは、見た目であろう。自分で言うのもなんだが、12歳と言うまだ可愛げのある年頃で骸骨になってくれたおかげで、まだ愛嬌のある見た目をしている。


 …いや、これはただ運が良かったと言うべきか。


 つぎは体力。体が軽くなったせいか、息が切れない。走っても疲れないのだ。   


 そして、自由。



 こんな姿になって、地べたを這いずることにはなったが、俺は胸を張っていえる。



「生きてるから、生きることができてるから、良いんだよ。弱くても」



「…そうですか。…?…ところで、なんか足音しません?」


「?……ああ、聞こえる」


 突然小さくフーミルが疑問の声を上げたかと思えば、例の足音が聞こえてきた。

 勿論、背後の通りから。


 カシャン。


 カシャン。


 ギルダーだ。

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