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○最終話○ただ笑い合うだけの物語




「リオネス」


 また、声がした。どこの声だろうと思った。知っている声だった。心の奥底に、大事なものとして秘めている声だった。


「ーーリオネス?」


 支えられていた。その背中を。振り向くとーー。


「……リオネスッ!?」


「あ、お久しぶりですね、ハウエル」


 無邪気に笑う旧い友人がいた。俺より頭ひとつ分背が高くなった彼女は、少し肌色は悪いが、とても生き生きとして見えた。


 リオネス。神名を拝した近衛騎士団団長。そして、つい先日、クロウスに斬られ亡くなったはずの。


 『起きた』のだ。


「どうして、あんた、来たんだ」


「ーーいやあ、懐かしー声がね、聞こえたんですよ。私を呼んでいる声です、これじゃあ居ても立っても居られないっ、てね」


 クロウスの後ろに手をやった。クロウスが振り返る。


「ーーフーミル」


 フーミルがいた。あの声はフーミルだった。呼ばれていると、思った声は。じゃあ、そうするとーー。


「あんたが、呼んだのか」


 こくり、と彼女が頷いた。彼女は恐らく、自分の親愛なる人が、今ここで或るのを見て、きっと感極まっているのだろうが、気丈に続けた。


「そうです。私が呼びました、クロウス。……貴方を倒すために」


 そう指さされたクロウスが、細く長いため息をついて、やれやれ、どれだけ邪魔が入れば気がすむんだ、と言った感じで頭を掻いた。


「ーー盛り上がっているところ、申し訳ないのですが、俺は今、ハウエルと決闘をーー」


「……ま、まだ名乗って無いじゃないですかッ」フーミルが、吃りながらも答える。


「……は?」本気で意外そうに眉を上げたクロウスに、ニヤニヤと笑いながらリオネスが付け足した。


「ーーそうですよ、王子様。まだ彼は名乗っておられません」


「ああ、そうだな。それに、俺は決闘を『俺がやるとは』一言も言ってないね」と、俺。


 クロウスは、三人を代わる代わる見つめて、吹き出して、笑い始めた。奴の聞いた今までの笑いで一番、気持ちのいいものだった。


「……誰も彼も、兄様に似てきてしまって敵いませんね。いいでしょう、前座だ……」


 そう言って、彼は剣の面をそこらの草木に擦り付けて、血糊を剥がした。そして、剣を鞘にしまい、神妙に、構えについた。


「受けて絶とう」


 と、そういうや否や、リオネスもさっと、空気が変わって剣を構えようとして……。


「あら、私帯刀してないですよ」


「俺の左腕骨をやる。それで斬れ」


「了解」


 俺が外した左腕骨をリオネスが受け取ると、構えた。一見珍妙な光景だが、彼女が持てば違う。剣聖……表面化された恐ろしい殺傷能力が、見える。


「失礼ですが」クロウスが言う。


「私に攻撃は通じませんよ」


「上等」リオネスが答える。


 瞬間、世界が無音になる。俺は空気に殴られたような暴力的な圧力ではなく、ただただ、静謐。


 いっそこのまま何も起こらないんじゃないかって思ったくらいの時。


 一陣の風が吹く。


 過程は見えなかった。風が吹いた、と思っただけだ。見えたのは結果だけだった。


 ふっと、位置が入れ替わった二人がいる。リオネスはピタリとその場に止まって骨を振り上げ、クロウスは血のついた抜き身の刀をーー。


 ーー血?


「リオネスーーッ」


 俺の喉から出ているのか……?この声はーーそう思うほど悲痛に満ちた叫びに、無常にも、手にした骨は縦に二つに割れた。手の甲に切れ筋が浮かび、血が舞う。


 しかし、クロウスは何故か怪訝な顔で、


「リオネスーー何故、受けた」


 そう言った。わからな分からなかったが、何故かリオネスは故意に攻撃を受けたらしかった。剣を上手く振れなかったらしかった。何故ーー。


「研いで、いなかったのでね」


 瞬間、彼女から魔力が噴き出る。


「魔力展開ーー?」


 そう、それはちょうど太刀筋くらいの大きさの魔力展開、いや、しかし何故だ?納得がいかない。互いにたがいが視界に入っている今、魔力展開をする必要があるのか?魔力展開で反応速度を上げる?でも、クロウスにはそもそも魔力によって攻撃が通らないのにーー。


「ほら、見てーー貴方を殺すための、刃ですよ」


 そういって、目の高さに骨を構える。それは鋭く二つに割られ、断面は鏡面のようで、もはや刃と全く遜色がない。でも、


「ーーそうか」


 彼が見たのは刃でなくて、その刃に映ったものらしかった。

 ふ、とクロウスが息を吐いた。


 そう言うや否や、クロウスの身体が、腰から真っ二つに割られた。


 それだけが見えた。



    ※ ※ ※



「何が起こったんだーー?」


 あっけなかった。


 歓声すら湧かなかった。後ろの七番通りの面々は、未だに緊張を顔に浮かべている。何が起こったのか全く理解できなかったからだ。


 無粋なことは承知で、俺は聞いた。達人同士の決闘はやはり常人には理解さえ及ばない。クロウスの魔力展開をどう突破したというのか、俺には見当もつかない。


「またーーレベルカに……敗けたのかーー」


 答えたのは、意外にもクロウスだった。上半身だけになってしまった彼は、仰向けであることと、生物の構造的に吐いてしまう血反吐に四苦八苦しながらも続ける。


「成ったのか、リオネス……死後にして、う……ふ、レベルカの……」


 ーーそうか。


「レベルカの、魔力展開」


 リオネスは、レベルカと同じ域まで成ったのだ。範囲内の魔法を解除する領域。彼女の領域の効果が、レベルカのように魔力を浄化したのだ、無色にーー。クロウスの領域を解除した。だからーー、攻撃が通ったのか。


 つまり、それはーー。


 成ったのだ、リオネスが死後にして、レベルカと同じ頂に。


「作戦のうちだったのか?リオネス」


「いや、何も考えてなかったですよ」


「ええ?」


「一合目は、私も斬ろうとしてたんですけど、なんでしょう、その……乗ってなかったんですよね、思いが。本気で、斬ろうとしていた、いつも通り。だから、あの時斬れなかったのは、もし斬ってしまっていたら、私は負けていたでしょうね。どうしてレベルカさんのような剣閃になったのか……明らかに違ったのは、ハウエルと、フーミルが、いたからですよ」



「レベルカは、私は、いつも嫌いだった、憎い。そういうところが……正しいんだ」


 何も言えない俺に代わって、クロウスが答えた。


 ゆるり、と風が吹いた。……そうだ。


「ところで、……どうすりゃいいんだ」


 と、奴の上半身を蹴りながら言う。面倒なことにこいつは不死身の肉体だし、


「そうですよね、どう地獄に落としたらいいものか……取り敢えず、後ろで復讐するのを今か今かと待ち構えているあの人たちに明け渡すのは?」


 そういって後ろの人だかりを見やる。確かに、あの中にこいつを放り込んでやりたい、それも一つの手だが……。


「そうだな、そうしたいんだがーー、こいつには多分痛覚がないし、ありきたりな苦しみは通用しないと思う。それに下手に木っ端微塵にして、体の自由を効かせるようにしてやるのも厄介だと思う。前例があるからな」


 確かに、と返す。リオネスは殺された本人だから、当然のことだが、憎むべきだ。こいつのやったことは万死に、いや、それ以上に言葉で言い表せないほど、邪悪だ。でも俺は、俺はもはや憎しみそのものはこいつの顔を見れば再燃するものの、これ以上クロウスを苦しめるのはいい、と思った。もう余計だ、と思う。恐らく、俺はこいつとの戦いが、恩讐の垣根を超えた戦いだったからだ。恩讐を背負い、それより巨きななにかを背負って、戦っていたからだ。かといってこのままにしておくこともできない。もう未来永劫抜け出せないような檻に閉じ込めておかねば。しかし、クロウスを閉じ込めることのできる檻なんて存在するのか?


「……それには及びませんよ」


「なに?」


「もう……地獄に逝きますからね」


 などといって、クロウスはまるで存在自体がなくなるかのように、輪郭が滲んでいく。腕のあたりが、ほろほろと、溶け崩れていた。生命魔法が、解除されようとしている。


「おい、まさかお前で勝手に決めようって、先逃げってのじゃないだろうな」


 と、自分たちの掌握していない範囲で事を進められる苛立ちに身を任せて、クロウスの首根っこを掴んだ。上半身だけの体は意外に軽く、新調した鉄の片手で優に持ち上がってしまう。


「違いますよ。私の意思じゃない。どうやら地獄に呼ばれているようだ」


「……なに……?本当に死ぬのか……クロウス?」 


「ええ。これからあの死者たちのところへ、地獄の責苦を受けにね」


 気に入らなかった。憑き物の晴れたような顔をしているのが、一番気に入らない。例え当然の報いであっても、勝手に決められるのは歯痒い。


「この野郎……!もっと、泣き叫んで、『死にたくなーい』って醜くやるのがアンタの役目だろうックロウス」


 とリップスが言う。七番通りの面々も概ね同意のようで、口々に「そうだそうだ」と続ける。しかし、掃除のおばさんは厳しい顔して静観を決め込み、騒ぎはだんだん収束していく。


「すみませんね……最期の最後で、リオネス。あなたに、兄様に、ギルに、フーミルに、そして、七番通りに。正しさ(レベルカ)に斬られてよかったなんて、随分と傲慢なことを考えてしまった」


「何っスか?」


「お先に」


 ーーらしいな、とハウエルは苦笑した。


「……はいはい」


 と答えるリオネス。


 最後に吐くのが、呪いの言葉で助かったよ、クロウス。


 そう言うと、クロウスは本当に、あっとも言えないままに、クロウスの身体は灰のように、黒ずんで……ひび割れて、炭のような匂いがふっとした途端に……、



 ヒカリゴケが瞬き始める。アサが来た。



     ※ ※ ※


 ヒカリゴケがふつふつと明滅する中、俺は、


「終わったのか……これで」


 と呆然と言った。達成感というより、脱力感だった。腰が抜けそうになる、まだ終わっていないことはたくさんあるのに、だ。例えばギルの容体。例えばこれからの世相、例えば、例えば、例えば……。


「そうですねー、もう、終わりますよ……」


 リオネスの事だ。


「……リオネス様」


 フーミルは目を伏せた。リオネスは、フーミルの頭に手を回して、胸に抱きとめた。


「リオネス様……行ってしまわれるんですか」


「そうですね……私の手は冷たいでしょう?私はもう……行かなきゃ」


「あったかいですよ……リオネス様はあったかいです」


「そうですか……でも、クロウスも待っている事ですしね」


 そう言った途端、フーミルはきっ、と頭をあげた。


「地獄になんて行きませんよ!きっと、リオネス様は……」


「そうですか……じゃあ、天国?」


「……」フーミルが、リオネスをじっと見上げる。


「ーーもう、そんな顔しないでくださいよ、分かった、わーりましたから……また、会いましょう」


 フーミルが、こくこくと頷く。顔は真っ赤になり、唇を引き結んで、鼻水すら垂れている。


「ハウエルも」


「ーーああ」


 俺にもし顔の面があったら、きっと同じ顔をしている事だろう。



「ーーまた会おう」


     ※ ※ ※




 ーー決戦より数日後



 後日談はワタクシ、ギルが務めさせていただくことにしましょう。役者不足でしょうか?ーーそこらへんはいやいや、ご勘弁願いたい。確かに最期の最後は見ることができなかったが、ワタクシだって、腹に穴があくまで頑張ったのだから、戦友という事でいいでしょぉう?


 さて、ワタクシは今ギルドテントの……パイプの中にできた即席のね、布団にくるまって寝ていますとも。脇腹を刺され、あわや死に際となったワタクシですが、どうやら生命魔法で傷口は塞がったようで。


「ギルさーん、僕どうしましょうかね、アルバトロスにどう顔向けしたらいいと思います?」


「ーーさあ、そもそも顔向けできるような様子でないからですねえ」


 リップス、その隣に寝ている男です、そいつが私を治すべく魔力を提供してくださって、今こうして隣に寝っ転がっているわけですが、どうですかね、こやつ口が回る回る。もううんざりですよ、何時間も若者の話を聞くのはね、そもそも価値観が合わないってのに、話題に乗り切れないんですよ全くねえ。


「サラはどうしてるでしょうね」


「さあ?今は司法が機能していないですしね、ギルドに拘束されようと、うまく逃げ出してるのでは?」


「……」


 女王が崩御あらせられた。ついに反乱が起きましてね、アルバトロス派の近衛兵の一人が、ブスリと。まあ王位争いもなにも跡継ぎがおられないわけですから、程なくしてギルド主導の革命が起きるでしょうねえ、七番通りは前よりはマシな状態ですが、まだ問題は山積みな訳です。


 ワタクシのところも財産どうこうで面倒ですからね、帰ってきたら、自分は死んだことになってるかもしれませんねえ、目をぎらぎらさせてますからね、奴らはこういうことに備えて。まあ、財がなくなったところで執着はないし、他国に行くもよし、パイプで暮らすもよしでしょう……これから、問題はフーミルのお嬢さんですよねえ、彼女は平生なら仕事を見つけるのは容易いでしょうが、まだ、子供に過ぎないですからね、七番通りで独立国家でも築かれれば楽なのですがね、全く。


 まあとにかく、あと十年は身の回りに気をつけて過ごすことになりそうです。


 ……景気の悪い話はここで辞めにしましょう。


「なにがともあれ、七番通りは活気が付いてきたという話ですよ」


「よかったっすね」


「貴方は?」


「……まあ、動けるようになれば」


「心配することはございませんとも。あなたの帰りをみなさん、待っているのでは?」


「そうだといいですね」


 などと、力なさげに答えるのに、私がため息をついたとき、奥の方から何人もの人影が。


「お、元気してたか?リーダー」と、その人影が答えるのを聞くや否や、


「ーーギーク……?皆ーー」リップスは涙をながすのであった。


「ほらね」


 ーーそら、やっぱり来ると言ったでしょう。


「おおい、ギル。魚釣りに行くから釣竿作ってくれよ」


「ええ?ハウエルよ、ワタシの腹には穴が開いているんですよ」


「ハウエルさん、怪我人は労ってください」とフーミルが半眼で呟く。


「ーーああ、それもそうか」


 と、あの時の少年は、頭を掻く。


 もう少し動けるようになるのが、もう少し先になってくれてもいいのに、とギルは笑った。


 これは、第二の人生を歩むことになった第一王子、ハウエルが、孤独な魔物の生活をエンジョイしながらも、前世の謀略、陰謀渦巻く貴族の世界から離れ、


 たくさんの人と触れ合い、その温かみを再確認し、そして守るために。


 突然現れた七番通りの‘最強の殺人鬼’に、立ち向かい、


 敗北して、初めて、自分がたくさんの人からも守られていたことを知り、


 守りながら、守られながら。


 限られた日常の中で、ただ笑い合うだけの、物語。



 

ーーー完

最後まで読んでくださりありがとうございました!

労うつもりで、感想などくださると嬉しいです。

★★★★★など、評価も忌憚なくお寄せください。

お読みいただき、本当にありがとうございました。

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