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○第五話○怖いおじさんが話聞きに来たので逃亡





 不味い。

 とてつもなくヤバい。


 見るからに騎士っぽい物々しい格好の奴らと見るからに貴族っぽい豪華な服を着た奴がこっちに近づいてくる。

 盗み聞きされていたのか?会話を? 

 確かにこの会話を聞かれていたら時世であれば国家転覆罪で死刑だったろうが、


 もうその制度は撤廃されたはずだ。


 良いとこ不敬罪程度だろうし、と高を括っていたが、


 やらかしたかもしれない。


 ハイネックの権力が届かない墓地だから人なんて居ないという先入観が働いてしまったし、七番通りの異様な雰囲気に俺は、知らず知らずのうちに動揺してしまっていたのだ。


 つまるところ、ここに丁度よく会話を盗み聞きする奴がいて、そいつがちょうどよくギルドにツテがあって、

 さらにちょうどよく近くにギルダーがいるなんて思わなかったのだ、俺は。



 というか、盗み聞きしている奴なんていたか?


 墓地に人なんてフーミル以外に見当たらなかったが。目なんてないけども。


 もう騎士団【ギルド】が来ているんだが。


 何故だ?


 早過ぎるだろう、いくらなんでも。


 俺は、来たる理不尽にない胸を悶々とさせた。


 いや、もう仕方ない。


 だってそこまで来ているんだから、現実から目を逸らしても始まらない。



 どうせ数年牢屋暮らしになるだけである。…俺は。



「あんた。いや、お嬢さん。」



「?」


 彼女は訝しげにこちらを見る。


 その様子を見て確信した。


 あー、全く、背後の存在に気づいていない。


 …それもそうだ。大事な人が死んだんだ。


 仕方ねえ、精一杯だろう。


 本当に、神様は空気を読まない。


 しかし、問題は、フーミルをどう逃がすかだ。 


 彼女自体を逃がすのは簡単だ。


 俺は魔力が殆ど無いが、0じゃない。


 だから、魔力が『共鳴』するのだ。


 分かるのである。彼女の粗方の魔力量がどれほどあるかが。


 で俺の少ない魔力で診断した結果、彼女は強い。かなり強い。一人でも逃げること自体は十分可能なレベルだ。


 ダダ漏れはさせていないだろうから、見せて良い魔力量だけでもとんでもない量だ。


 故に、俺が囮になって彼女を逃がせばいい。



「いいかい?

 いまから、タイミングを見て俺が手を叩く。振り向くなよ?で、魔法なり使って逃げてくれないか?」



「え?どういう…?」


 後は、顔をどう見せないか、それだけだが…。


 俺はフーミルを見る。


 すると、だ。


 何故か端正な顔がみるみる驚愕の表情に変わっていく。


 どうしたのだろうか?骸骨でも見てしまったか。


 それにしては、目線が俺に行ってないような…。


 そして、彼女が切羽詰まった声で言う。



「あ、スケルトンさん逃ーー」




「え?」



 その時だった。



「失礼しますよ?」


 とひと言、



 ーーカランカラン。


 肩に軽い感触。



 俺の肩を叩く音がした。


 …今。



 後ろから。



 肩を叩かれた。




「…!?‥っと、初めましてさんか?」


 なんで近づいて来れた?


 音もなく?


 気配すら無く?


 しかも、フーミルさえ気づけずに??


 いや、フーミルはグルだったのか???



「いかにも」


 衝動的に振り向くと、そこには長身の男が立っていた。



 茶髪で痩せ気味の、丸い眼鏡をかけた男だ。眼鏡はここらじゃ高級品だ。


 ってことは、貴族か。そう思うとなかなか良い格好をしている。俺とは正反対…。


 いやしかし、今日俺は墓参りなので、ちゃんと他所行きのぱあかあを着てきた筈だ。


 外見自体は遜色の無い筈である。


 何故俺に気配もなく近付けたのかは置いといて。


 世界は広いってことだ。



「初めまして。俺は配管工やってます。スケルトンと呼んでください」



「初めまして、ワタクシはギル。ギル=クク=ノーストンです。まあ、しがない貴族と思ってもらって構いませんよ。私は次期王子にあらせられる方の手足に、添え木に過ぎないのですから。」


 俺より頭一つぶん高い男がそう言って笑う。


 きみの悪い笑みだ。 


 蛇のように嫌らしくはない。紳士的だからだ。


 どこか、木がさんざめいたような笑みだ。心を落ち着かせる雰囲気を纏っているというのに、不信感は波紋のように広がって、警戒を解くことが出来ない。


 まあ、俺がただ臆病なだけだろう。


 ーーさてと、状況を整理しよう。


 たった今、


 俺は、



 …嵌められた。


 気づいたら騎士と眼鏡のおじさんに囲まれ、逃げられない状況になっていた。


 フーミルに気を取られて、


 騎士達を警戒して。


 背後の存在に気づけ無かった。


 恐らく、フーミルはこいつらとグルだろう。どう考えてもギルに気付いてないフリをしていたようにしか見えない。ギルがもし武道の達人だったら話は違うが、彼は貴族だ。


「ハハッ。大成功だったな。フーミルさんよ。」


 そう精一杯の皮肉を言う。


 言い換えるなら負け惜しみだ。


 この眼鏡の胡散臭い男に気付いていないフリは、完璧だったぜ。


 名は、ギル、ギル=クク=ノーストン。


 付いてもいないのに、土埃を払うような仕草をしている、すこし鼻につく男だ。


 潔癖症なのだろうか?


 ノーストン家なら聞いたことがある。多くの魔導士を輩出する名家ーー。


 この細身の男がーー。


 なんて奴だ。


 しかし、


 フーミルは未だに、


「え?なんでギルがここに?神名の儀式は?それに、王子ーー?」


 白々しくも未だにこの碧眼の少女は、事態を把握しきれていないかのように戸惑っていた。


 なんて演技力。2枚どころか8枚は舌を持っているのではないだろうか?



「いいえ。『儀式』が予定より早めに終わりましてね。お嬢様」


 儀式?神名を授ける儀式か?


 それが予定より早く終わったから、ちょうど面倒な話をしていた俺たちの前に参上つかまつった訳か?


 そういう『かばあすとおりい』か?


 そんな話をでっち上げて上手いこと俺を連れ出そうとした訳だ。


 で、王子なき今、仮初でも良い。俺を次期王子に仕立て上げたい訳か。この眼鏡のおじさんは。


 勘弁してくれ。牢屋暮らしはまだ良いが、


 あんな肥溜め、一秒でもいたら体が腐るのだ。あそこに入ることはもう、死と同義である。


 そう言えるほどに。


 俺は大体話が解った。


 まずは、落ち着く事だ。


「次期王子?俺がか?嫌だね。勘弁してくれ。なんたって骸骨だぜ?といっても無駄か?」


 駄目だ。


 落ち着ける訳がねぇって。


 ものの見事に嵌められてしまった衝撃で、タメ口きいてしまった。


「ええ。無駄です。貴方達のしていた会話は、我々がよく知っていますからね。それに、次期王子と言っても、何も政治などを勉強されるわけでは有りません。貴方はただ、王宮の中にいるだけで良いのです」



 ーー最高の衣食住も保証いたしますよ?


 とギルが、骸骨であっても問題ないのだ、とささやくが、そういった問題ではない。そんな次元ではない。


 あの悪趣味な建造物は、視界に入れただけで吐き気を催すと言うのに。


 そう言うと、フーミルは崩れ落ちた。


 ここまであからさまに俺を騙しておいて、


 なんと、顔の皮が厚いのだろうか?


 流石に俺は嫌気がさした。




「おい、フーミルさん。あんた、グルなんだろ?すげえな。12かそこらで、人とは思えねえぜ。二つの意味でよ。」


 と、年端もいかない少女を痛烈に批判してしまった。


 …カッコ悪ぃ。



 元々皮肉屋だったのが災いして、かなり強く言ってしまったのだ。


「え!?違います!!儀式で!来ないと思って…!」


 そうフーミルは必死に取り繕う。


 あまりに、その姿は必死で。


 何だよ。


 まさか本当に、グルじゃないっていうのか?



「いえいえ。何をおっしゃっりますかフーミル嬢。我々の勝利ですのに」



 すると、眼鏡おじさんもといギルが、細身をゆらゆらと揺らし、


 細い手をひらひらと振りながら反論する。


 こいつ…完全にこちらの事を舐めてかかつている。


 何処か突破口は無いのか?


 コイツ、潔癖症なんだよな?


 …だとすれば、ギルからだけなら、逃げられないでもないかもしれない。


 問題は、フーミルの事だ。


 正直、ギルの言うことは胡散臭い、が、その可能性が最も高いのが事実。


 フーミルはグル。普通であれば彼女は牢屋行きだが、助ける必要なんてないのか。


 それとも、ギルが知恵を回してわざと俺の不信感を煽るような真似をしているのか?



 考えろ。



 どっちなんだ?


 フーミルはグルなのか?



「な……!!」



 ギルとこの子、どっちが本気なのか?


 フーミルは絶句し、顔を赤くさえしている。



 対してギルはどうだ?


 ニヤニヤと、気味の悪い笑みを浮かべている。


 芝居がかった仕草で、朗々と言う。



「さあ、参りましょう!!『次期王子』殿」




 あー。分かったよ。


 ギルさん。一度も俺のこと「スケルトン」って呼んでくれねぇな。


 あんたの中で俺はあくまで「次期王子」なのか。


 出会って数秒のギルと、後悔に打ちひしがれる少女。


 姿だけ見て、疑う方が酷だよな。


 気は進まない。


 気は進まないが…やるしかない。


 試すしかない。



 俺は、そっと手を背後に回すと、


 蚊が鳴く程の声で、



「水爆」



 と唱えた、


 そして数瞬後、



 パチン。


 とよく聞かないと分からない位小さな破裂音が鳴った。


 そして、ギルの目前で、水滴が小さく飛び散る。


 本来であれば、避ける事どころか、


 気にもかけないただの水滴。


 しかし、


「おっと」


 ギルは違う。


 水滴が自らにかかりそうなのを見ると、


 大袈裟にも、後ろに飛びずさったのだ。


 しかし、後ろは花束の壁。飛びずさることは現実的でない。


 すぐにギルは花束に足を取られ、


 豪快に花束を蹴散らしながら墓に尻餅をついた。


 十字架は大きく傾き、


 積まれた花束はぐちゃぐちゃにされ、観るも無惨な状態だ。


「あっ…!!」



 フーミルが息を呑む。


 赤かった顔がみるみる青くなっていった。


 やはり、ギルは潔癖症だったようだ。


 服についた花びらを、まるで汚いものであるかのように払う。


「おっとっと…コケの水滴でしょうね。服が汚れてしまいましたよ…」



「『汚れてしまいました』じゃないでしょう!!?」


 フーミルが彼女の墓を滅茶苦茶にされたことに、謝罪どころかまるで汚いものに触ったかのように振る舞うギルに、今までの事を忘れて激昂する。


「リオネス様の墓をめちゃくちゃにして『汚れた』じゃないでしょう!?」


 俺は白々しくフーミルに便乗して非難しようと考えたが、フーミルの剣幕が圧倒的だった。俺も大概なもんだ。




 すると、ギルは汚れを払う手をとめた。


 辺りの空気が一変する。




「大事なのは、身の程を知っておく事でしょう」



 眼鏡で隠れて見ることのできない奥の瞳が、例えようのない怒りに震えたような気がした。



「墓、ですかーー可哀想に、そういえば、今日はリオネス殿の英霊式でしたね」


「?」


 フーミルが訝しげにギルを見る。


 彼女は、自分たちが憐れまれた理由が分からないといった風に眉根を寄せたが、徐々に合点が入った様子で、


 ギルに怒りの表情を向けた。そしてギルを制すように、


「貴方、もしそれ以上言ったらーー」



「『葬式』ではなく、ね」



「ーーーッ!!」


 フーミルは怒りに歯噛みする。


 どういう事だ?


 死者に行う儀式は、あくまで【葬式】であって『鎮魂式』ではない。


 だとしたら、つまりリオネスは、供養すらして貰えなかったってわけか?


 ギルは憎たらしくも、踊るように半身を回し、言った。



「お嬢様!元を正せば貴方の所為なのですよ!?貴方が彼女に恋とも呼べないお飯事なんてするから!冷遇されたのですよ!一族共々、つまらない、つまらない最期でした。

 子供のお飯事程、見ていられないものは無いーー」




「 私とリオネス様との関係を、恋とかお飯事とか、そんな言葉で表さないでください!!」




「いえいえ表しますとも。実際迷惑しているんですよ。ここは我々の決めた七番通りの墓地では有りませんし、

 彼女はこの棒切れの下には眠っていません。

 勝手に墓と称して死者を弔う行為は、 私達貴族の高潔な『生』の精神を著しく害するものなのですよ、お分かり?」



「…それは貴方たちがっーー」



「リオネスは、首を刎ね飛ばされました。



 抵抗すら、せずにです。」


 フーミルの言葉を遮ってギルは彼女の最も大事なところを、的確に抉った。


「死に顔は驚愕と恐怖に塗れ、誉れ高き近衛騎士団長リオネス=ヴァル=とは、とてもとても似つかないものでした。彼女は、最後の最後で、リオネスではなくなったのです。故に、彼女はこれからも、誰の記憶にも残らず、生きず、風化していくのです。」





「まあ、そんな話をしても平行線でしょう。」


 強制的に話を切ったギルは、凶気を孕んだ笑みを浮かべた。


 そろそろ手持ち無沙汰になり始めたギルダー達に、


「身の程を知る事。それだけで、十分でしょう」


 ふらりと手を挙げる。すると、ギルダーは満を持したと言った風に、


 墓を荒らし始めたのだ。


 数々の十字架を真っ二つに折り、引き抜く。


 フーミルは、その様子を見てただただ茫然自失としていた。



「まあ、いつかやる予定でしたし、少し予定が早まっただけのことですよ。」



 俺が、ギルを怒らせた事でその予定を早まらせてしまったわけか。なんてこった。


 それに、彼女は、フーミルはどうしていた?


 本気でリオネスの死への冒涜を許さなかった。

 となると、

 本当に、グルじゃなかったのか。俺と会う人間ではごく珍しい、素直な人間だ。


 しかし、


 驚いていても仕方ない。


 疑った原因は俺にあるのだから、


「おいおい、ギルさん。」


 流石に何もしないで見てるってわけには行かない。


 義理、なんて格好のいいことは言わない。いたいけな少女を騙してしまったからだ。



「何ですか?次期王子殿」


「あんた、高潔な生がどうとか言っていたな?」


 ギルが、茶色い眉をピクリと動かす。


 タメ口とか、もう関係のない話だ。


 ただ、今はひたすらに、


「ええ」


「骸骨の俺が言うのも、なんだが、葬式なんてくだらねぇと思うのさ。」


「ほう?」


 眉根を寄せ、侮ったように笑みを漏らす、


 こいつを、否定する。



「大事なのは魂、生きてる時の証だっていうじゃねえか?  


 死者の?ん?高潔な死に様がどうこう?馬鹿らしくてたまらねーな」


「それはそれはご教授ありがとう。お礼と言っては何ですが、この、鉛玉はいかが?」


 重い金属音が鳴ったかと思えば、ギルの手には俺の顔程の大きさが有りそうな銃が握られていた。


 なんなんだ?この貴族。いろいろとイレギュラー過ぎる。


 俺は思わず言葉を失った。


「……」


「特に指定はないのですよ。『五体満足』で持ってこいなんて受け付けておりませんし、生きている証左さえあれば良いのですから」



「…あんたってもしかしてキレやすいタイプ?」



「…信じるものを踏み躙られると憤りを感じるのは当然でしょう」



「だったら、アンタが踏み躙ったものも、気がついてるよな?」



「そういうものでしょう。何かを『信じる』と言うことは」



 そう言ってギルは銃の持ち手の上の部分ーー奇妙に曲がった部分、「撃鉄」と呼ばれるそこを起こした。


 自己矛盾を是としているわけではなかったのか。

 結構な事だ。やりにくくてたまらない。

 が、やれることはもう全てやった後だ。


 あんなデカい銃口から鉛玉をぶち込まれたら、ヒカリゴケが二、三回生え変わるくらいは意識が戻らないだろう。



「何か最後に言いたいことでも?」


 ギルが尋ねる。


「んーー。敗因としちゃ、そうだなーー」


 言い訳がわりに、敗因を並べ立てる事にしようと思う。


 まあ、ちなみに、


「どちらも、キレやすいタイプだったって事だな」


 アンタらの、敗因ってわけだが。


 はい、時間稼ぎは終了だ。


 やっちまえ。



「朽ちなさい!!」


 とフーミルが大きく声を上げると、今まで何ともなかった大地が、魔力が一瞬で大波のようにうねった。


「ほう…!!」


 大波がギル達に届いた途端、大地はまるで意思を持ったかのように彼らを肩まで取り込んだ。


 今まで散々荒らした大地の怒りかとおもえば、それも多少はあるだろうが、これはフーミルの魔法だ。

 落とし穴、なんて可愛いものではないが、それに似た系統の砂魔法。やはりとんでもない。


「ありがとうな。逃げるぜ」


 俺はギルが大地に飲み込まれたのを見るや、さっさとフーミルの白い手を取って七番通りに、墓地の出口へと駆け出した。


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