表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/51

○第四十八話○すみませんね、いつもいつも




 薄々、気付いていた。この感覚は。近づいて、妙に時間が過ぎるのが遅いと、思った。見覚えがあった。走馬灯だった。それでも、行動を変えることができなかった。演者だったから。舞台装置でしか在れなかった。ギルは、振り返ってしまった人生の中で、そう思った。


 どれだけギルが頑張っても、神名を拝し、権力を得ても、生まれが違う。ギルはこの世の巨きな大きな舞台で、台本通りに踊っているだけだった。


 その結果が、これだ。台本の書き手の気まぐれで、愚衆の一喜一憂は、易く裏返るのだ。


「ーー冗談だろ」


 ハウエルは言った。思いがあったと言う顔で。クロウスが何故、生き返ってしまったのか。いま、この機会で。あと少し、もう十分の一秒、早ければ。それすらも、台本通りか……?


「ギル……!」


「私を見てはなりません、敵を見るのです、ハウエル」くずおれながらも、健気にギルはいう。しかし、もはや魔力制御どころの話ではない。

 

 骸骨が崩れる。


 白い波が、活動を止める。


 『生者の行進』が、止まった。


 敗北した。

 

「兄様ーーハウエル。僕も、『そっち』側に来ましたよ」


 後光だった。天使のまとう後光の如く、奴は光り輝いていた。魔力そのものだった。絶望的だった。もう、自分たちの手札は総て消費してしまった。それ以上の力も振り絞った。でも、たってきた。それが、筋書きだった。抗えなかった。理由は、信じられないことだ、その通りなのだが、まさか……ハウエルと同じ。スケルトンと同じ。『生命魔法を使って、蘇生し、起き上がる』とは。


「生命魔法の感覚……賭け、でしたけどね。貴方ができたことだ。貴方だけが、とくべつなわけではなかった」


 今まで魔力感知や、展開を怠っていたのは、舐めてかかっていたわけでもない。骸骨相手には必要ないとしていたわけでもない。真摯に、勝ちに来ていたということだ、狙いがあった、ということだ。胸からどくどくと流れる血は、もはや何の意味もなさないのだ。



 彼の頬が上気している。咲う。背筋に恐怖が這い上がってくる。


「どうしてだ」


「ん?」


「どうして蘇生にそれだけ魔力を使っていながらーーまだそんなに魔力に満ち満ちている。あり得ない。その、手札は、使えないはずだ」


 そうですね、と答えながら、クロウスは血の跳ねた上着を脱ぎ捨てた。

「僕は不死身になった。不老になったのです。貴方のような、魔力が他人頼りの欠陥品でない、私の魔力量を持ってすれば、確かなる意思、『生きたい』などという消極的なものでなく、『勝ちたいという願い』。いい気分だ」


「んー、いい感覚だ。まるで服のままプールに浸かっているかのようだ。そうだ……ハウエルよ。話をしましょう」


「何……言ってるんだ」


「いつでも貴方はもう殺せる。いつでもだ。貴方はもはや路傍の小石に等しい。これは貴方とはそんなに関係のない話だが、あまりにも自分の目論みが、うまくいきすぎたってんで、今……そう、今言うなら、僕はハイになっているんだ。気持ちを落ち着かせるのを、手伝ってくれても?」


 嫌だといってもこいつは話を続けるくせに、という気持ちを込めて、ハウエルはふてぶてしく頷いた。


「あとは、パイプに潜んでいるであろうレベルカを殺すだけだ。ヨルもまだ長い。それに、この体になってから、調子もいい。元の筋肉を流用してはいるが、痛覚、呼吸などといった苦痛からは逃れられる。この体になるメリットはそもそも、二つあった」


 クロウスは指を二本立てた。


「一つ。骸骨は力では私を殺せない。骸骨たちが僕を殺すには、武器、もしくは物量による窒息。武器は重くておそらく持てない。窒息は有効。しかし、今の私に窒息などと言う概念は存在しない。」


 クロウスは、ほとんど多重人格である。一人称がさっきからバラバラにあるのが良い証拠だ。しかし、彼は極限状態に自ら身を置いたことで、変化しつつあった。両極であるはずの人格が、いま、一つになりつつあった。


「二つ、貴方が、生命魔法を使っていたこと。貴方の力は、死後魔力の塊となった死者に魔力出力を依存していたこと。故に、僕は非常に『起き上がり』安かった。それに、私の『私という存在を維持するための器官』があらかた存在することで、それに割くはずの魔力も、温存できたということです」


 そうか。だからクロウスはまだ魔力に底が見えないのか。蘇生していて、尚。ハウエルは、これだけはない、と、クロウスを履き違えていた。クロウスの死が、勝利条件であると履き違えていた。今回も、また、これだ。早とちり。勘違い。変わらない、変われない。


「そうか……よ。良かったな。上手くいって」


「ええ。私も種明かしができて気分がいい。最早、見逃してやっても構わない、そんな気分ですよ。しかし、残念だな、楽しい時間は終わりだ。そろそろ、貴方も、そんな顔をしていないで、負けを認めるべきだ」


「ーーそうだな」


 そうハウエルは言った。にやり、と。瞬間、クロウスが身を捩った。そこの、空気を勢いよく薙ぐ、手。骸骨。生命魔法。解除されたはずの。クロウスの頬が薄く切れる。赤い糸を引く。


 目を見開く。


「ーーこいつは驚いた」


 攻撃に対してではない。未だに反撃の意思が削がれているわけではないことに、驚いた。今、ようやくクロウスは魔力感知を使った。二、三体いる、動く骸骨が。


(魔力がほとんど供給されなくなったことは本当なのだ、ハウエル、奴は瞬時に生命魔法が解けた『フリ』をして、特別自分の近くにいる二、三体を動かすのに余力を使ったのか)



 魔力感知を使うということは、つまり敵を警戒するということだ。クロウスは本当に、本気でこれ以上策を持ち合わせていなかった。事前に考えたのは、蘇生するまでの手筈だけ。これまでもそうだった。パイプで追い詰められた時。ワサツミを襲った時。あくまで、クロウスの台本の上で物事は進んでいた。ハウエルだって、台本の中で、百点満点の動きを見せることはあったものの、総て予想の範囲内だった。クロウスがゲームメーカーだった。しかし、今、ここでクロウスは初めて、ハウエルと『戦う』ことになるのだ。


「貴方はねーーなにか、勘違いしている」


 目を見張った。ギルが、血反吐を吐きながらも、立ち上がっていた。あり得ないことだ。クロウスの台本には、ないことだった。


「ギルーーまさか、起き上がって」


「馬鹿者め。これしきで死ぬる程半端な……鍛え方しとらんわ……は……だからね、貴方は……甘いんです」


「僕が……甘いだと?」


「そう。私とハウエル……たった二人に勝てばいいとでも考えている。……その通りですよ。私とハウエルはあまりに無力だ。貴方にはとうてい太刀打ちが出来なかった。でもね……違うんですよ。貴方が相手にしているものは、目には見えない。だけど、もっと、比べ物にならない、巨きいものだ。きっと、貴方では勝てないものだ」


 呆れた。何をいうかと思えば建設的でも脅威的な何かでもない、ただの脅し。そんな手法に頼らざるを得ないほど進退極まってしまったのだろうか、ギルは。まあ、無理もない……クロウスは彼を冷ややかな目で見つめた。そして、冷たくなったその手で剣を抜く。


「何を言っている……死に際の遺言がそれでいいのか?私は……殺すぞ、お前を、もう……」


「ご覧なさいよ」


 しかし、その手が止まる。


「殺して、ご覧なさいよ」


 ーーああ、また、ギルがその『顔』になった。


 まるで、死に際の人間の迫力ではなかった。もはや、決死の奇襲も失敗してしまったはずなのだ、こいつらは。なぜ、ギル。なぜ、ハウエル。


 運命に抗おうとするものは、決まってこうする、何故、レベルカ。


「なんだ、その顔は……」


 ーー初めての殺しは、レベルカだった。レベルカが魔獣に襲われていた。ゲリマンダーからの連戦で、レベルカは瀕死だった。クロウスは分かっていた。しかし、本気でクエストをクリアしにかかっている彼女が、どうやってもクエストクリアの数で先をいく彼女が、クロウスはーー。クロウスが、今日の魔獣を追い立てたのと全く同じように、レベルカに大量の魔獣を仕向けた。


 レベルカはそれでも凌ぎ切った。クロウスは、彼女に引導を渡してやった。クロウスには、彼女にはを殺す理由があった。目障りだった。


 ーーいや、その時からすでに……『人を殺してみたかったのだ、クロウスは』。思えば、生まれた時から、内面に猛獣を飼っていたのだ、クロウスは。成績や、実績では埋められないものを、クロウスは欲していた。


 程なくして、彼は理由のために殺さず、殺すために理由を持ち、最近になっては、その理由すら、持たなくなった。


 正直、だから、クエストクリアは、都合が良かった。クエストでクロウスは狂ってしまったが、根本は初めから狂っていた。


 サラが気に入っていた。彼とクロウスは本質で同じだった。〇と一の集合体であっても、そこらの無知蒙昧とは違った。


 だから、負けたことがわかったら、落胆した。そして、失望した。


 奴はクロウスにはなれなかった。


 理解して欲しかったのだろうか?クロウスは、自分自身を理解する人間が、欲しかったのだろうか?いや、きっとそうではないのだ。猛獣こそが、真の自分だった。猛獣で、在りたかった。悪で、在りたかった。


 だから、いるのだ。汗ばむ自分が。動悸が、止まなかった。『戦い』に身を置いて、ようやくクロウスは猛獣になれそうだった。


「これは……なんだ」


「なんだろうな。俺も、わからない」


 白い波が、動き出していた。



「何だ……その、魔力は」



 ハウエルから、また。光が。奴にも、後光が。いや、それだけではない。



「どうして、こんなにいる」



 魔力感知は、数百と言わない人間を感じ取っていた。


 生者だ。


 いや、はっきりと肉眼でみえる。先頭は初老の女性だった。右にサラを倒した者がいた。小太りの男、細い女、子供、それらが総て、行進している。彼に、魔力を差し出していたのだ。簡単なことでなかった。もちろん、『起き上がり』なのだから、それができるのだから、団結した、意思のもと……数百の人間が、こちらに向かってきている。


 ーークロウスを、倒すために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ