○第四十七話○人生の大根役者
※ ※ ※
「ここまできたら、大丈夫か?」俺は呟いた。身体を変えながら、ただひたすら破壊の中心から逃げてきた。どこまでも変わらない景色と、後ろを見れば、
「あれは」
森が生えていた。どうやら、ギルとクロウスが戦っているようだった。どれぐらい持つだろうか。ギルがいなくなれば、魔力を供給することができない。かといって、俺が行ったところで、瞬殺されるだけ。
俺がやれることは、ない。いや、できるだけ遠くに、逃げることだけーー。
そう思った。実際に、そうすべきだったのだと、思う、しかし。
「俺がやれることは、ない。いや、できるだけ遠くに、逃げることだけーー」
そう言い聞かせた。でも、足が、動いていた。森の方へ。慌てて立ち止まる。
「馬鹿、馬鹿やろう。考えろよ、状況をーー」
でも、どれをどれだけ考えても、浮かんでくるのはおっさんの、ワサツミの顔。
リオネスの顔。ギルドテントのみんなの顔。
ーーフーミルの顔。
ーー死体の中の、誰かが、俺の背中を押してくれた。
※ ※ ※
「そろそろ限界なんじゃあありませんか、ギルさん」
「……」
骸骨はほとんどいなくなっていた。ほとんど切り倒されていた。木々は根も幹も全て全て焼け焦げ、ギルは肩で息をしていた。対してクロウスは、恐ろしい学習能力のそれ、だろうか。ギルの手癖、隙のようなものをたった数合で見つけ出してしまって、防戦一方のままに、ここまでもつれ込んでしまった。骸骨らもかなり頭を回して、木々の影や頭上から降ってくるもののーー。
「見えてますって」
まるで蚊でも振り払うかのように塵と化されるのだ。
「魔力展開の前ではね、不意打ちは無力なんですよ。レベルカじゃああるまいし、彼女はここには埋葬されていないし、そもそも骸骨に出来ることなどないし、貴方に勝てる目は無いんですよ」
その通りだった。骸骨には、骸骨並みの膂力しか引き出せなかった。かといって、武器などを持たせてやれる余裕もなかった。ギルは、
「そうですね……そろそろ限界が、見えてきたのかもしれません。冥府に行くとしましょうかね」
そういって、そろそろと手を挙げ始める。
「おお、成長しましたね。やっと力の差をーー」
言い終わらないうちに、ギルは袖口から隠していた銃を取り出し、撃つ。
「ーー貴方と共に」
クロウスは反応できない。しかし。
「当たったら、強いですけどね……威力も、とてもお粗末だ」
頬を掠めて、銃弾は後ろの幹に突き刺さった。ささるのみで、貫通もしない。当たっても、これでは骨折がいいところ。しかも、今しかない、ここぞと、ここぞというときに当たらないのか。ギルは歯噛みした。その表情を見て、にんまりしながら、
「貴方の人間性そのものを表しているようだ、ギル殿!貴方は素晴らしい。凄い人だ。しかし、人生のーーここぞというときを、除いてね」
「……あまり図に乗るなよ、小僧め」
すると、
「ーーッ」
後ろの幹が、爆ぜた。いや、
「ヤドリギーー」
新たな芽が、吹き出したのだ。犠牲となった幹を糧として。放ったのは、銃弾ではなく、種……。蔓は、魔力感知を怠り、魔力展開をして完全に不覚を取っていたクロウスに、巻きついた。
「ーー貴様」
「ここからなら当たるだろうっクロウスッ!!」
額に、銃口を押し当てる。あとは引き金を引くだけーー。
「ーー舐めるなッッ」
瞬間、間に合わなかった。
やはり、雷の速さには、勝てなかった。ギルは吹き飛ばされる。倒れる。あとは、分かるだろう。
ギルがもう一回雷魔法を使って近づいて、トドメでもなんでも、刺すだけ。そのとおりであった。
(終わりか)
終わりだった。正真正銘、終わりだった。
(できる限りは、やった。よかったーー畜生)
クロウスはもう、ギルを殺すために足に力を溜めている。
(……敗けたくない)
ギルは、敗けたくなかった。
(こんなやつに、敗けられるわけが無い。ワタシはーー)
しかし、無情だった。時が過ぎるのが、あまりにも遅くなってしまっていた。ああ。これは、走馬灯ーー。
畜生ーー。
※ ※ ※
声が、した。
背中に、何かが当たった。
「ギルッ!!」
ーー馬鹿な方だ。
「ーーハウエル」
倒れかかったギルの背中を、スケルトンが支えていた。
ギルは、魂の赴くままに、吼えるままに、銃を構えて、撃った。
弾丸はそのまま、その胸へ吸い込まれてーー。
爆ぜた。
※ ※ ※
「お
あの お?」
実弾なら、まだクロウスは助かったのかも知れなかった。それほどまでに、ギルの特別製の種子弾は、的確に彼の命を抉っていた。
「おーーぐ、かふっ……」
彼は膝をついた。信じられないといった目をして、ただ、こちらを見つめている。
口をばくばくと開けて閉じる。言葉の代わりに血が溢れる。
向こう側の景色が見えるようになった胸を見つめて、
「ーーかな」
倒れた。
風が凪いだ。
金色の花が、はらりと落ちた。燃え尽きた葉っぱの灰かすが、目にかかって、ギルはそれを払った。涙が出ていた。それに気づいた時、膝が笑い始めた。
安堵していた。心が、理解っていた。異様な雰囲気だった。誰も、何も、一言も喋らなかった。世界から音という音が消え去ったかのようだった。
「いや、まだです」
そう発した、のは、ほとんど自分に言い聞かせるためであった。
「生死を確認しないことには、まだです」
クロウスの魔力はさらに色濃く強くなっていた。彼の周りは蜃気楼のように、空気そのものが歪んで見えるほど、濃密な魔力であった。死後、さらに強まる魔力。……いや、そう演じているだけなのかも知れないのだ。
「おいーー無理すんなよ」とハウエルが言う。
ギルも、近づくだけで汗が吹き出している。総て、今までの総てが、この一瞬に集約している。ギルが、常人であることの証だった。精神も、力も、どこまでも、魔力も何もかも、使い果たしてしまったギルには、重圧が過ぎた。恐ろしい圧だ。でも。
「ええ、なんともありませんとも」
そう強がるのは、ギルがギルで在りたいという思いからだった。力を求めた。ある時は魔力を、ある時は権力を。ギルにとって、恵まれたギルにとって、その域に達するには彼は常人過ぎた。狂わねばならなかった。ギルは、結局リップスと何ら変わりがなかったのだ。
『ギルはクロウスに近づく。ギルはクロウスの手を取り、脈を探る。』
「脈は」
『脈はなかった。』
演じているだけだった。変人だから、彼の周りには人が集まらなかった。
そうではない。
「ありません。死んでいます」
何者にも、なれなかっただけだった。何の役者にも、なれなかった。
『ギルの胸を、血に飢えた剣が刺し貫ぬく。ギルは喀血する。』
※ ※ ※