表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/51

○第四十七話○人生の大根役者


     ※ ※ ※


「ここまできたら、大丈夫か?」俺は呟いた。身体を変えながら、ただひたすら破壊の中心から逃げてきた。どこまでも変わらない景色と、後ろを見れば、


「あれは」


 森が生えていた。どうやら、ギルとクロウスが戦っているようだった。どれぐらい持つだろうか。ギルがいなくなれば、魔力を供給することができない。かといって、俺が行ったところで、瞬殺されるだけ。


 俺がやれることは、ない。いや、できるだけ遠くに、逃げることだけーー。


 そう思った。実際に、そうすべきだったのだと、思う、しかし。


「俺がやれることは、ない。いや、できるだけ遠くに、逃げることだけーー」


 そう言い聞かせた。でも、足が、動いていた。森の方へ。慌てて立ち止まる。


「馬鹿、馬鹿やろう。考えろよ、状況をーー」


 でも、どれをどれだけ考えても、浮かんでくるのはおっさんの、ワサツミの顔。


 リオネスの顔。ギルドテントのみんなの顔。


 ーーフーミルの顔。


 ーー死体の中の、誰かが、俺の背中を押してくれた。


     ※ ※ ※



「そろそろ限界なんじゃあありませんか、ギルさん」


「……」


 骸骨はほとんどいなくなっていた。ほとんど切り倒されていた。木々は根も幹も全て全て焼け焦げ、ギルは肩で息をしていた。対してクロウスは、恐ろしい学習能力のそれ、だろうか。ギルの手癖、隙のようなものをたった数合で見つけ出してしまって、防戦一方のままに、ここまでもつれ込んでしまった。骸骨らもかなり頭を回して、木々の影や頭上から降ってくるもののーー。


「見えてますって」


 まるで蚊でも振り払うかのように塵と化されるのだ。


「魔力展開の前ではね、不意打ちは無力なんですよ。レベルカじゃああるまいし、彼女はここには埋葬されていないし、そもそも骸骨に出来ることなどないし、貴方に勝てる目は無いんですよ」


 その通りだった。骸骨には、骸骨並みの膂力しか引き出せなかった。かといって、武器などを持たせてやれる余裕もなかった。ギルは、


「そうですね……そろそろ限界が、見えてきたのかもしれません。冥府に行くとしましょうかね」


 そういって、そろそろと手を挙げ始める。


「おお、成長しましたね。やっと力の差をーー」


 言い終わらないうちに、ギルは袖口から隠していた銃を取り出し、撃つ。


「ーー貴方と共に」


 クロウスは反応できない。しかし。


「当たったら、強いですけどね……威力も、とてもお粗末だ」


 頬を掠めて、銃弾は後ろの幹に突き刺さった。ささるのみで、貫通もしない。当たっても、これでは骨折がいいところ。しかも、今しかない、ここぞと、ここぞというときに当たらないのか。ギルは歯噛みした。その表情を見て、にんまりしながら、


「貴方の人間性そのものを表しているようだ、ギル殿!貴方は素晴らしい。凄い人だ。しかし、人生のーーここぞというときを、除いてね」


「……あまり図に乗るなよ、小僧め」


 すると、


「ーーッ」


 後ろの幹が、爆ぜた。いや、


「ヤドリギーー」


 新たな芽が、吹き出したのだ。犠牲となった幹を糧として。放ったのは、銃弾ではなく、種……。蔓は、魔力感知を怠り、魔力展開をして完全に不覚を取っていたクロウスに、巻きついた。


「ーー貴様」


「ここからなら当たるだろうっクロウスッ!!」


 額に、銃口を押し当てる。あとは引き金を引くだけーー。


「ーー舐めるなッッ」


 瞬間、間に合わなかった。


 やはり、雷の速さには、勝てなかった。ギルは吹き飛ばされる。倒れる。あとは、分かるだろう。


 ギルがもう一回雷魔法を使って近づいて、トドメでもなんでも、刺すだけ。そのとおりであった。








(終わりか)









 終わりだった。正真正銘、終わりだった。







(できる限りは、やった。よかったーー畜生)







 クロウスはもう、ギルを殺すために足に力を溜めている。


(……敗けたくない)


 ギルは、敗けたくなかった。

 

(こんなやつに、敗けられるわけが無い。ワタシはーー)


 しかし、無情だった。時が過ぎるのが、あまりにも遅くなってしまっていた。ああ。これは、走馬灯ーー。


 畜生ーー。



     ※ ※ ※


 

 声が、した。



 背中に、何かが当たった。


 

「ギルッ!!」


 ーー馬鹿な方だ。


「ーーハウエル」

 

 倒れかかったギルの背中を、スケルトンが支えていた。


 ギルは、魂の赴くままに、吼えるままに、銃を構えて、撃った。


 弾丸はそのまま、その胸へ吸い込まれてーー。



 爆ぜた。


    ※ ※ ※



「お 

    あの  お?」


 実弾なら、まだクロウスは助かったのかも知れなかった。それほどまでに、ギルの特別製の種子弾は、的確に彼の命を抉っていた。


「おーーぐ、かふっ……」


 彼は膝をついた。信じられないといった目をして、ただ、こちらを見つめている。


 口をばくばくと開けて閉じる。言葉の代わりに血が溢れる。


 向こう側の景色が見えるようになった胸を見つめて、


「ーーかな」


 倒れた。


 風が凪いだ。


 金色の花が、はらりと落ちた。燃え尽きた葉っぱの灰かすが、目にかかって、ギルはそれを払った。涙が出ていた。それに気づいた時、膝が笑い始めた。


 安堵していた。心が、理解っていた。異様な雰囲気だった。誰も、何も、一言も喋らなかった。世界から音という音が消え去ったかのようだった。



「いや、まだです」


 

 そう発した、のは、ほとんど自分に言い聞かせるためであった。



「生死を確認しないことには、まだです」



 クロウスの魔力はさらに色濃く強くなっていた。彼の周りは蜃気楼のように、空気そのものが歪んで見えるほど、濃密な魔力であった。死後、さらに強まる魔力。……いや、そう演じているだけなのかも知れないのだ。


「おいーー無理すんなよ」とハウエルが言う。


 ギルも、近づくだけで汗が吹き出している。総て、今までの総てが、この一瞬に集約している。ギルが、常人であることの証だった。精神も、力も、どこまでも、魔力も何もかも、使い果たしてしまったギルには、重圧が過ぎた。恐ろしい圧だ。でも。


「ええ、なんともありませんとも」


 そう強がるのは、ギルがギルで在りたいという思いからだった。力を求めた。ある時は魔力を、ある時は権力を。ギルにとって、恵まれたギルにとって、その域に達するには彼は常人過ぎた。狂わねばならなかった。ギルは、結局リップスと何ら変わりがなかったのだ。


 『ギルはクロウスに近づく。ギルはクロウスの手を取り、脈を探る。』


「脈は」


 『脈はなかった。』


 演じているだけだった。変人だから、彼の周りには人が集まらなかった。


 そうではない。


「ありません。死んでいます」


 何者にも、なれなかっただけだった。何の役者にも、なれなかった。


 『ギルの胸を、血に飢えた剣が刺し貫ぬく。ギルは喀血する。』



    ※ ※ ※


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ