○第四十四話○墓地にて
※ ※ ※
俺たちは疾走していた。それは風が吹くよりも速いくらいに。俺の新しい身体はかなり性能が良かった。ある程度鍛えた人間くらいにこの体は動く、でも。
それは全て、おっさんのおかげだった。おっさんはもういない。息絶えたおっさんを、ギルが枝で包んで、そのまま。俺たちは墓地に向かってひた走っていた。ギルはそろそろ息が切れ始めたようだったが、年齢の割に相当動けていた。俺が死んだ後も、身体を鍛え続けていたのだろう。
「王よ……石碑にクロウスが移動しました。一瞬で」
「そうか……クロウス、ついに解きやがったな。感電状態を」
あいつは帯電状態を外して初めにやったことは、石碑に行くことだった。おっさんの話によれば、石碑はとにかく重要なものらしいから、何かしら確認に行ったのだろう。それにどれくらいの時間がかかるか、見当もつかない。居場所はもうバレている。背中がピリピリする。魔力感知だ。間違いなく。できることは、土壌を整えることだけだった。
「ギル」
「は」
「残存している魔力はどれぐらいだ?」
「八割方と言ったところです。極大魔法があと八発ほど打てますね」
「そうか」
やっぱり魔法を持続させることはかなりの魔力を消費する。あの時、クロウスを閉じ込める時使った魔力はせいぜい上級魔法程度だったが、其れをかなり持続させることで魔力を使った。だから、皮肉なことに、勝ちたいなら、俺たちはもっと早く、勝ちたがっているワサツミを置いていくべきだったのだ。でも、そうしなかった。そうするべきじゃなかった。ちゃんと見送った。立ち止まって、いくのを見届けた。俺は間違っていないと思う。大切な何かを、間違っていないと思う。それで良かった。
「墓地で彼を迎え撃つ、ということですか、王子よ」息を切らしてギルはいう。
「ああ、そうだ」
「クロウスは来るのでしょうか」
「俺の予測が正しければな。あいつがどれぐらい時間をかけて、真実にたどり着くかは知らないが、きっとたどり着くと思う。しかし、全く、墓地と鍛冶屋があんな遠いなんてな」
さっき噴水を通ったばかり。前方にギルドテントが見える。あの先。あの先に、墓地がある。
「とにかく、分かっていることは、もう負けられないってことだ。俺はここでクロウスを倒す。何に代えても」
「ええ、王子」
「そうそう、これは俺の個人的な頼みなんだがーー」
「は」
「ハウエル」
「ーーはぁ」
「俺の名前、ハウエルって呼んでくれる?」
「ーーハハッ」
そうギルが、心底楽しそうにはにかんだところで、俺はギルドテントの前を通り過ぎた。そこらへんから、街から町へと姿を変え、寂れていく。
石畳も割れたものがチラチラと見え始めたところで、俺たちは墓地に着いた。
無雑作に草が生えていて、まるで草原のようだ。
草原には数えきれない程の十字架があった。地平線まで。死んだ人間は空に還るというが、きっとここは空だった。
軌跡があった。ちょうど、何か滑車を引いたような跡があった。その轍は、新しかった。
「レベルカーーではないですか」
「……フーミル」
ギルは息を整えながら、言った。どうやら、フーミルも俺も、考えつくことは同じらしい。墓地だ。墓地に向かったのだ。だからこそーー。
しばらくして、墓地に着いた。
「レベルカは墓地に向かったらしい、クロウスにはバレてるのか!?」
「恐らく。私たちに出来ることはーー」
そして、やはり。
「ーー兄様。奇遇ですね。また会えるとは」
遅れて雷鳴がした。
声がした。後ろから。
ばきり、と、板を踏み潰す音がした。
そこにはクロウスがいた。十字架の上に、立っていた。
「ーー待ってたぜ」
そこから先は、必要なかった。
クロウスは、剣を向けた。
ハウエルは、死者を想った。
「ーー雷魔法」
「ーー生命魔法」
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