○第四十一話○真相❶
しくじった。
しくじった。しくじった。しくじったっ!!
「野郎ーー」
穴から這い出るのではなく、穴の壁に穴を開けて、掘削してきやがった。奴は剣においても達人級。掘って、掘って地面にまで、たどり着いて、間に合ったとぬか喜びしている俺たちの背中を、ブスリと。
「ギルッ!運べッまだ間に合う!!」
駆け出す。何よりも速く。十字路を右に曲がる。魔獣がいる。滑り込む。火花が散る。繰り出す爪をすり抜ける。血の匂いがする。魔獣が蔓に刺し貫かれる。ギル。ああ、何処か、どこか。
こいつを匿える場所。いや、今起こしても、また殺されるだけ。一度、匿わないと。匿って生命魔法を使わないと。でも、何処へ?何処に行けば良い?クロウスには魔力展開がある。生命魔法を使ったら逃げきれない。ギルの魔力を使って、自分もギルも動けなくなる。生命魔法は器用な魔法じゃない。クロウスから逃げながらでは出来ない。かといって立ち止まったところで、全滅だ。あいつは帯電状態でも、魔力展開はできる。雷に魔力を変換しないからだ。範囲は恐らく、魔力感知が十数キロとかだから、魔力展開は恐らく、一キロ弱。ーー不可能だ。逃げきれない。
「ーーなあ、旦那」
「喋るな、死ぬぞ」
「俺に構うない。見たらわかんだろ……テマエらしくねえや」
「うるせえな、黙れよ」
「オレはもう、背中がーーないんだろ?』」
「ーーッ」
その通りだ。ワサツミはあのとき、刺されたとき、電気を流された。もちろんクロウスも感電していたろうが、それでも構わなかった。ワサツミの背中はヒビの入ったように焼け割れていた。俺の目にも、もう。
「ごめんなァーー旦那。世話かけてよォ、クロウスめ、びびって電気の出力を弱くしやがったんだ」
「黙れ」
「ない腕は生えねえ。生命魔法はそんなに都合のいい力じゃねえ」
「人さえいりゃいける。救けてほしいって、そう呼びさえすれば、たくさんーー」
「あの騒ぎで、誰も来ねえ。もうーー分かってるだろ」
誰も、家にこもって、出てきやしねえ、異様な、静けさ。ああ、嗚呼、神様。どうして、ここまでいくともう、もうーー。
「ーーオレが守ってきたものは、なんだったんだろうな」
血を吹いた。それよりも、もっと大事なものが、彼の口からこぼれた。
「言うな。頼む。それ以上」
「なあ、旦那、聞いてくれるか?」
「ーーああ」
「オレが知ってること、全部言う。ぜんぶだ。だから、旦那、頼みがある」
俺は、
「ギル」
「は」
「墓地へ、向かうぞ。奴を、討つ」
ワサツミは、涙がこぼれた。
※ ※ ※
三沢は小さな商社の係長だった。学歴が足を引っ張って、出世街道からは外れてしまった。いつも通りタイムカードを切って、出社して、帰宅して、寝る前にヨガもどきをやって、最近出てきた腹をひっこめようとするだけの日々。そこに三沢は生きていた。
そりゃあ、死ぬ程辛いわけじゃなかった。いつも、ちょっとしんどいくらい。でも、その日々は、三沢にとって途方もなく辛かった。
逃げ出したかった。何処か遠くへ、行きたかった。
ゲームに出会ったのは、それこそ三年前くらい。ファミコンが出た後の、ゲームボーイあたりで手に取って、もちろん、ハマった。ゲームをするために生まれてきたと思えるくらいだった。今では、ゲームも市民権を獲得し始めて、個人単位で作成されたいわゆるインディーゲームも幅広く展開されていた。
『ハイネック』もそのひとつだった。ありふれたRPGの一種だったが、三沢はその世界観に惹かれた。
「空を埋め尽くすパイプ。空を目指して冒険者は地を駆ける。か……」
値段もそこそこだったので、購入した。まあまあ面白かった。時間制限のあるクエスト制は緊迫感があって、クリアした後は、良い小説を読んだ後みたいな心地いい浮遊感がした。三沢は、その後二年くらい『ハイネック』を立ち上げることはなかった。失くしてしまった。その直後に、彼女ができた。齢三十を超えて初めて、彼には彼女ができた。三歳年下の子であった。年上の自分よりしっかりした、いい子であった。八ヶ月くらい交際を続けてプロポーズした。どれぐらい距離を縮めて逢瀬を重ねれば、OKをもらえるのか三沢には分からなかったし、経験もなかったので、我慢できなくなったという意味合いが大きい。身勝手な理由だったが、彼女は、待ってました、と言わんばかりにOKを出してくれた。
それから子供ができた。運のいいことにそれなりに貯金はあった。独身だが、ゲームをやること以外に趣味という趣味もなかったし、彼女はも彼女で倹約家だったからだ。恐らく、無かったとしても産んだと思う。そういうところに関して無計画だったのは、双方とも同じだった。
期待はお腹が大きくなるのに比例しているようで、彼女は手形とか足踏みとか色々の儀式を、細かく計画立てていた。いつ潮がとまった、いつ子供が子宮を蹴った、それらを事細かに書いていて、自分の子供はきっと賢いとか、スポーツ万能だとか、生まれてきてもいないのに、まるで旧知の友人を語るかのように。不思議なことだと分かっていてもなお、三沢もおんなじような気持ちに囚われるのだった。
彼女が死んだ。
今でも信じられないけど、死んだ。子供は、生きた。2358グラムの未熟児で、七日間カプセルに入っていたが、生き延びた。でも、彼女は死んだ。帝王切開でも逆子でもなかったのに、産まれたと聞いたら、聞かされたら、ふと、死んだ。
でも、当時は悲しむ暇もなかった。夜泣きに悩まされた。ご飯を食べさせるのに悩まされた。意思疎通で悩まされた。三沢は、無力だった。これまで、人との関わりを避けてきたツケが、回ってきたのだ、と思った。二年後くらいまで、人生計画を彼女は遺してくれていたのに、たった二ヶ月で、ギリギリだった。
ふと、見つかったのだ。そんな時。『ハイネック』が。
どうしてだろう。導かれたとかでは無い。きっと自分の意思だったのだけど、それは大いなる神の意思だったような感じもする。とにかく、神話的だった。
ホコリを被ったディスクを入れると、見慣れた画面が蘇った。なんとなしにセーブデータを眺めると、見慣れないセーブデータがあるのに気づいた。このゲームは三つまでセーブデータを作ることができた。三沢は二周していて、三周目の序盤だったのだが、四つ目のセーブデータがあった。異質だった。どう、異質とはいえない。視覚的なものでは無いからだ。魔力だった。あのゲームの言葉を借りるなら、魔導具。三沢は、そのセーブデータをセレクトした。
「ーーあ」
真っ暗だった。真っ暗で、声は反響せず、宇宙のような広大さを感じるとともに、ブラックボックスに入れられたみたいな、窒息しそうな圧迫感も同時に感じる、不思議な空間だった。
突然、声が響いた。頭の中に。
「新規プレイヤーのアクセスを確認しました。ゲスト さん。こんにちは。私の名前は『ゆみな』です」
機械がしゃべってるみたいだったけど、きっと違った。その声を薄皮一枚跨いで、沢山の血管が通っているのだと思える、みずみずしさがあった。
(どういうことですか?私の娘は?)
声にはならなかった。
「あなたはハイネック 新規プレイヤーの三沢卓様ですね。了解しましたか?」
「新規プレイヤー ゲスト2 さんは、同様の説明を受けております。あなたはこれから、『ハイネック』の世界に飛び込み、与えられた『立場』を全うしながら、全部で五十個ある『ミッション』をクリアしなければなりません」
「ーーどういうことです」
「あなたはこれから、『ハイネック』のーー」
「いや、それは分かったから、どうして、いや、そもそも、ここは何処です。どうして僕なんです。なんでこんなことをするんです」
「質問1につきましては、ここはセーブデータとストーリーの間の空間です。質問2につきましては、あなたは偶然セーブデータ4をセレクトしてしまったからです。質問3に関しましては、わたしはオーナーより権限を有していないので、答えられません」
「はあ?夢なのですか?ここは」
「いえ」
「じゃ、娘と私を現実に返して」
「不可能です」
「ふざけないでくれ。責任者を出して」
「不可能です」
「ーーふざけるな!こんな馬鹿げたこと、許さないぞ、待ってろ、首根っこ掴んで引きずってでも責任者を出して」「不可能です。ここは異空間です」
「……」
「…………」
「……なあ」
「はい」
「どうやったら、出られるんだ?」
三沢は観念した。どうやら、これは地震や津波と同じような、理不尽の類だった。
「合計五十個あるミッションを、全てクリア出来れば出ることが出来ます」
「どうすればいい」
「あなたはこれから、鍛冶屋として生活してもらいます。周りのNPCには、オーナーが操作して、全く違和感がないように手配いたします。名前は自由です。あなたは鍛冶屋として相応しい技能を初めから身につけ、仕事をこなしながら、ミッションをこなすことで脱出ができるのです」
「知らねえよ、オレは初めから協力者を募って、ゲームもストーリーも知らない。最短でクリアしてやるからな」
「不可能です」
「どうしてだ」
「禁止事項に抵触するからです。禁止事項の一つは、立場を悪用、または逸脱しないことです」
「どういうことだ?」
「例えば、鍛冶屋なのに、魔獣討伐などを能動的にしてしまった場合、権力者の地位を濫用して、他のプレイヤーの進行を阻害した場合、例外を除いては、罰が降ります」
「例外ってなんだ?」
「その質問に応えることは、オーナーより権限を有していないので、解答できません」
「ーー?」
どうして例外はダメなんだ?一つ前のはわかる。分かって仕舞う必要がないことだ。ただ、例外は三沢にとって無関係では無い。なのに、説明しないということは、彼らにとって、オーナーとやらにとって都合が悪いことなのだ。
「なあ、解答ができない理由は?」
「解答は不可能です」
「そうか。罰って、いったいどれぐらい酷いんだ?」
「軽い頭痛から、問答無用の死まで」
「……」
「例えば、このゲームの秘密を故意に他のNPCに触れ回るなどして、混乱を招かせ、著しくゲームの進行に支障をきたすようでしたら、危険因子とみなされ、問答無用の死が対象者を襲います」
「だいたい、主催者側にめざわりなことをするとよくないってことか?」
「基本的には」
「分かった。最後に、だが」
「なんでしょうか」
「娘はどうなる」
「彼女は立場にふさわしい技能と知能レベルを獲得して、このゲームに参加いたします」
「どの立場になるんだ?」
「解答は不可能です」
分かった。心の中でそういって、みつさわは決意を固めた。
ーーオレが、成香を守る。
※ ※ ※




