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○第四十話○要塞攻略戦


     ※ ※ ※



「うおあああ!?」

 

 地面がくしゃみをしたみたいに揺れる。壁が今にも突き破られそうなくらいに震える。揺れる、揺れる、揺れるーー。


「落ち着けおっさん!耐えられる。ギルを信じろ!」


 灯りは全て消え、真っ暗に。スケルトンのみが、


「あの数は対処できねーよ何がなんでも!崩れちまうって!降水のヤバさを知ってんだろ旦那!?建物が豆腐みてえに崩れちまうんだって」


「何のために堅固にしたと思っているんだ、何のためにギルドがいるんだ、いけるはずだ!絶対っ」


「何でわかるんだよ!?」


「……そんなの、賭けに決まってんだろっ」


 確かに、衝撃は一番初めが絶頂で、ゆっくり、ゆっくり、揺れは小さくなっていく。まあ、それがワサツミにとっては何時間より長く感じられた、というのは、流れる汗から見て仕方ないことであった。


 しかし、その時はやってきた。


「ーーとまったか?」


 パラパラと降ってくるほこりはそのまま、しかし軋みはほとんどなくなっている。これは……耐え切ったのか?


 ワサツミは堪えきれず、歓激に任せて叫んだ。


「やった!耐えた!止まっーー」


 しかしその声は中途で切れることとなる。

 


「ーー?」一瞬、視界が明滅。何かがおかしい。いや、何が起きているか分からない。まるで起きて数秒と経たない時のまどろみ。そんな無理解。非常に穏やかで、静か。ーーいや、それそのものが違和感。


「耳が」


 ワサツミが初めに感じた違和感の正体は、『何故か音が聞こえない、ということ』だった。すると、


「ぅうっ」


 キーンと頭を押さえたくなるくらいの耳鳴りが、間をおかずにやってきた。


(何が起きてるんだ?)


 眩しい。視界が明滅する。そして、鼻がやられるかのような、ーーこの匂いは?


「ーー火薬?」


「野郎!なんて事だ、二段構えか、豪華だなっ」


 そしてワサツミは理解する。頬を流れる生暖かい感覚。汗よりも軽く、水より重い……血と知って。ーー鼓膜が、自分の両耳の鼓膜が破れたのだ。火薬を爆発され、その轟音で鼓膜が過剰に震えてしまったのだ。スケルトンはそれらの害が及ばないため、判断が早い。未だ平衡感覚がまともでないワサツミの手を引いて、ほとんどボロ雑巾のようになった玄関を蹴破る。このまま中にいるのでは、周りの木が燃えて酸素を奪う事、煙を吸ってしまう事で、窒息する可能性があったからだ。



「なんて奴だ、魔獣に家を襲わせ、物量で身動きが取れなくなったところを、高所から魔導具なりなんなりを使って、爆撃したんだ」


 魔導具はサラマンダーの鱗やセイレーンの涙のように使い勝手がいいものばかりでない。もともと魔導具、魔に導く毒物である。人に対して害をなすものがほとんどだ。爆弾は専門的な知識と、危険性、そして保存の難しさから、選ばないと思っていたが、魔導具とは。恐らく、保険として持っておいたのだ。ずっと前から。


「確かに、最善策ーー」


 やはりクロウスは臨機応変に、予定の狂った状況があったとしても、ある手札の中で、最も良い選択をしてくる。だから、こちらも最善策では、足りない。その先、最善策の一歩先を行かなければ、クロウスは倒せない。


「王子」


 短く強く、ギルは言う。彼は最低限の魔力で、最低限必要な魔獣を撃退していた。後ろの自警団も然り。なんとか、生存している。


「クロウスは!?」


「真上です」


 真上。電気を纏った黒い点。それは見らずとも、やはりその凶相が伺える。スケルトンは臨戦態勢に入る。胸の戸を開け、極鉱石を。しかし、奴の方が格段に、早い。魔力操作、技術、全てが上。ワサツミを視認したクロウスは、


「雷魔法」

 

 その凶相をさらに歪めて、もはや雷そのものになってーー。




「いいさ。先手はくれてやるーー」


 光は雷より速いんだってな、クロウス。



 恐らく、クロウスがワサツミに到達するまでの、一秒を百個にわってさらに短い秒、しかし、スケルトンは間に合った。

 

「生命魔法」


「ーーッ!?」


 あたりを、眩いほどの光球があたりを包んだ。それらはワサツミ、ギル、自警団などを無差別に抱擁し、瞑ろうとするよりさらに早く、目を眩ませる。


 クロウスも、もしくは、光が到達するより前に、目を閉じることができたかもしれない。いや、実際にやってのけるだろう。クロウスはそういう男だ。しかし、生命魔法は、生命の灯火の具現化。魂の歓激、魂の共鳴。五感とは全く関係のないところにある光。故に、避ける方法も防ぐ方法も、ない。


「ーーッ」


 クロウスは正常な感覚を保つことに努めた。頭を打った直後の、何が何だかわけがわからなくなるような感覚、もっとも、クロウスにとっては転ぶなどといった不注意、ありはしないのだがーー、それを味わってなお、正常な感覚を誰よりも早く掴み取る。直前の雷魔法を解除して、全神経をそれに注ぐからこそできた神業。それはほとんど二秒に満たぬ。しかし。


「十分だよ」


 一度は焼かれ、爆砕した大樹は、前回よりはるかに強い生の衝動に吼え、その労苦をものともせぬような力強さで、一瞬のうちにクロウスを丸く包み込み、枝を撚り合わせたゆりかごめいたものが出来る。しかし、万力でもびくともしない牢獄だ。


 クロウスは光も差し込まないまさに暗黒に身を投げられ、触れわかるのは岩肌のような手触りの幹のみ。


 クロウスは歓喜に震える。この状況に置かれてなお、動悸は鳴り止むどころか加速して、その分思考は冴える。クロウスはほとんど吼える。


「おっと!これが僕の牢獄かい!?なかなか上等じゃないか」


「いや、違うね!……墓場だよ」


 ーーそうか、窒息を狙っているな?クロウスは合点がいく。


(このままどんどん樹木を成長させていくと、程なくして、この中の酸素濃度は下がる。良い策だ。


 このままたったニパーセント濃度を下げるだけで、人体は活動をやめる。素晴らしい。状況を把握し、それに見合った最善策の提示。ーーただ、)


「壊されない限りはね」


 そういうや否や、耳が破けそうなくらいの雷轟が樹木越しに聞こえてくるので、ワサツミは咆哮す。外から中の様相は分からないこの土壇場、歯噛みする以外にないのだ、ワサツミに出来ることは。しかし、言葉にせずにはいられなかった。


「おい!このままじゃあ破られんぞ!?あと数分なんて耐えきれんのか!?」


 たしかに樹木はどんどん成長して堅固にはなっていくのだ。しかし、それは植物、生物の範囲内の話。雷、などと言った生命を屠る暴虐にどう抗えと言うのか。

 しかし、スケルトンは不敵に笑う。


「耐える?誰がんなこと言ったってんだ。ここはあいつの墓場だぜ?」

 

「それと同時に、処刑台でも、ありますがねーー樹木魔法」


 そうギルは言うと、数えるのも億劫になるほどの荊を、あろうことか石畳を割って内から出てきた。それほどの硬度を誇る蔦。人体など論ずるにあらず。


 それが、あろうことか束となってーー。


「ーー百舌の早贄ってね」


 ″ゆりかご″を刺した。串刺しである。


 そう、俺の目的は窒息ではないのだ。この、波状攻撃。そもそも、奴は生命魔法によってまともな感覚を阻害されている。ゆりかごを破壊することで精一杯のはず。防げないはず、通るはず、何重にも重なった罠に、蜘蛛の巣に奴は、囚われている、そのはず。なのにーー。


「どうして、ああーークソ」


 震えが、止まらない。


「なあ、ギル」


「は」


「もしだ、もし、クロウスがこの土壇場を凌ぎきるとしたら、どんな手を使ってくると思う」


「そうですね」どうして、そんなことを聞くのか、とは聞いては来なかった。スケルトンの言わんとすることを、理解していた。


「私の魔力展開は少し特殊ですが、中の様子は分かりません。完全に、ゆりかごの中は密室なのです。クロウスがあの攻撃を予測出来ているとは思えませんし、できているとすれば、それはレベルカの魔力展開しかあり得ません。つまり、不可能です」

 

 そう言った瞬間、破砕音が七番通りに鳴る。理解は何より早かった。


「ーーああ、可能みたいですね」


 無傷のクロウスがそこにいるのだ。どうやって、とかは愚問だ。レベルカと同じことを、こいつは不可能なはずなのに、やってのけた。


「んー、やろうと思えば、やれるものですね」


 ギルはすぐさま魔力展開をする。魔法との重ねがけ、無謀ともいえる試み、しかし、ここでやらなければ、詰む。


(電気……!クロウスの周りに電気が)


 まさか、奴は自分自身を『帯電状態』にしたっていうのか。すると、雷魔法を使えば最後、食らうのは自分自身。しかし、現実、そうなっている。であるなら、もっとあり得ない可能性。『魔法を介さずしてこの猛攻を凌ぎ切った』ということだ。どうやって?


「いやあ、僕も初めてやるんでね、ヒヤヒヤしましたよ」


「電気信号ーーッ」


「電気信号?」


「人の肉体は電気の信号によって動いているといいます。もし奴が、恐ろしい雷魔法の精度で、脳を介さずに、直接反応して、身体を脊髄からの反射速度で反応させ、動かし、攻撃が来るたびに、剣で切って行ったのだとしたらーー」


「満点!その通り!僕は雷魔法で、僕の身体を帯電させた。ちょうど魔力展開みたいにね、そうして、レベルカの力を得たのですよ!さっすが、ギルさんっ賢いっ」  


 舐めた口を聞くクロウスを無視して、スケルトンは思考を続ける。さあ、どうする?最善策を、最善策を。もう極鉱石の魔力は無いぞ。ならばーー。


「仕方ねえ、生前葬だッ」


 使い切るまで。スケルトンは生命魔法を限界まで大樹にかける。年数にして千数百年。漸く、大樹、萎れ、その生をいたずらに終える。いや、死したことが、今から、意味を持つ。


 脆弱になった木の根は、張り巡らされていた地脈、その圧に耐えきれず、家より一回りも二回りも大きく、広範囲にわたって、石畳が陥没した。もちろん、クロウスは抜け出せないだろう。何故なら魔法が使えない。感電状態だからだ。


「おっと」


 なすすべなく滑落したクロウス。その上から粉塵と、大量の瓦礫、そして、魔物が。


「時間がない、おっさん、早く逃げるぞ」


「逃げるって、何処へ」


「何処かへだ!もう作戦はボロボロなんだよ、わかってんだろ!?ーーああ、こう言い合ってる時間も惜しい、早く行くぞ」


 逃げ切れる。この瓦礫に埋もれたままの、クロウスから、俺たちは。クロウスの帯電状態がいつまで続くのかは知らないが、もし任意に解除できたとしても、一度雷に交換してしまった電気、そう簡単には解除できないだろう。確かにワサツミも帯電してはいるが、致死級の大技を放てば、クロウスも同じく喰らうのだ。そんなこと、奴が許容するはずが無い。



 そうして、走り出した。しかしーー。


「おい!?おっさん?」


 おっさんが、立ち止まっていた。スケルトンは激昂しそうになる。しかし、抑える。冷静に頭を回せ。どうして、どうして今の状況が、成り立っている?


「王子!クロウスが、雷魔法を、行使しました」


 切迫した声で、ギルが言う。彼の魔力展開に、雷魔法がかかったのだ。ただ、雷撃が速すぎて対処は困難。報告するしか術がない。それよりも、肝要は。


「馬鹿な!?自傷を問わないっていうのか!?」


「いや、かなり微細な魔力反応でした。これは攻撃用じゃないーー」その先は、言わずとも分かった。


 『クロウスの領域展開と同じ、自分の体を操る雷の力を、他人を対象に行使したのだ』。ワサツミは帯電状態。ワサツミの身体は動かない。不可能じゃない。対して俺は、帯電状態ではあるにしろ、筋肉を介して動いていない。不可能だ。ワサツミだから、可能なことなのだ。


「う、動かねえ。身体が、動かねえよ」


「落ち着け、おっさん!俺たちが運んでいく!ギルッ」


「承知しております」


 樹木魔法の行使。またしても木の枝が生えて、ワサツミへと向かっていく。このまま、運んでみせる。そう意気込んだ時、しかし、スケルトンにはまたしても疑念が過ぎる。


 ーー待てよ。こいつ、自分の体を操るということは、他人の動きの制限だけではなくーー。


「うおおぉお!?」


「おっさんっ!?」


 ワサツミの身体が、糸に引かれるように後ろへと向かっていく。いや。後ろなどない。あれは墓場だ。大穴。あれに落ちて仕舞えば、救出は不可能ーー。


「ギルッ!!早くッッ」


「ーー掴んだっっ」


 しかし、間一髪、あと二、三歩分下がれば穴に落ちるだろうというところで、ギルはワサツミを捕まえた。

 ギルの顔が、安堵に、ほんの少し綻ぶ。


「よし!そのまま、逃げるぞっ」


 それを見て、俺も、緊張が綻んだ。


 綻んで、しまった。



「ハは は  ッ  は


   は  ッ   はッ  はははっ!!!」


 

 石畳を突き破って出た手と剣が、ワサツミの背中を木の枝ごと、刺し貫いていた。



     ※ ※ ※

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