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○第四話○なんか美少女に泣いて縋られた

 冒険者は何でも屋。配管工は何でもやらされ屋というのは有名な話である。しかし……。


「お、お嬢さん落ち着いて…」


「貴方もクロウスを憎んでるんでしょう!?利害は一致するじゃないですか!!」


 つまり、配管工は冒険者〈ギルダー〉の下位互換である。


 俺は、義母に追放された後、面倒な資格もいらないので配管工になることにした。


 天職であった。


 家でずーっとぐーたらして、たまにくる依頼、例えばペットを探して欲しいだの、見せ物小屋で見せ物になれだのといったものを引き受けていればいい。


 だけど、人殺しは受け付けていない。


 いくら俺がスケルトンになった原因だからといって俺は実の、いや、義理の、いやいやもう家族でもないが、


 クロウスを殺す道理はない。


 しかも俺めちゃくちゃ弱いし。


「いやいや、出来ないですってそんなの」



「嘘つかないでください!!水魔法を使いこなす伝説の配管工だって聞きました!」



「ええ…??」



 で、伝説の配管工??


 いつからそんな異名が付けられるようになったんだ?


 たしかにスケルトンだから異質ではあるし、俺の適性魔法は水だけど。


 というか、縁はあるにせよ、愛人が死んだにせよ、


 凄いグイグイ来るなこの子。元々気の強い子なのだろう。


 この感覚、


 喚く子供をあやしているかのようだ。


 リオネスは17か8で、フーミルは見た感じまだ15かそこらだ。


 年齢的にもあり得る。


 と、いうよりだ。


 俺は尋ねる。



「なんでクロウス王子が死ぬハメになるんです?」



 そこである。


 彼は、殺されたリオネスに対し、行方不明になったのだ。


 クロウスが何者かに誘拐されそうになり、リオネスが生命を賭して立ちはだかった所、たと見るのが普通である。


 新聞でも概ね同じようなことを書いていた気がする。




「だって、リオネス様を殺せる人なんて、しかも、たった一撃で…クロウス以外にいませんよ!!スケルトンさんはリオネス様がどれだけ強いか知っているでしょう!?」



 …おいおい。

 一撃だって?

 あの暴力を体現したような剣捌きを見せるあのリオネスを一撃??

 あり得ない。


 というか、どこの情報だよ。新聞に載っていたか?



「一撃?一体どこの情報で…」



「英霊式ですよ!私は呼ばれすらしなかったんですけど……聞いたんです、喉をひと突きって!!せめて顔だけでも見たかった…」




 英霊式。例えば国に貢献していたり勲章を多数授与していたり特別偉かったりする人に行われる葬式もどきである。


 葬式ではない。


 彼女は、少女は整った顔をぐしゃぐしゃにして俺に必死に訴えかけるが、俺が答えることは出来ない。


 分かったようなことを言ってしまって、


 後ろめたくはあるが、


 フーミルが求めているのはとどのつまり復讐だ。


 大切な人がいきなり殺されて、自分は何もできず、葬式にも行けず…少女の口ぶりからすると、忍び込んだのかも知れないが。


 そして、気持ちのやり場が無くなって、


 誰かを悪者にしないと気が済まないのだ。


 そんな人としてごく自然なこと。



「お願いします!!きっとクロウスはリオネス様を殺したんです!!」



 そして必要なのが、


 それを抑えること。


 フーミルという年端もいかない少女に強要するのは酷である。


 しかも、彼女の言い分には一応の筋が通っている。


 リオネス程の強者をたった一撃で殺せるのはクロウス以外におらず、


 英霊式には呼ばれず、陰謀の匂いはプンプンする。


 第一、クロウスは『行方不明』なのである。


 そして、恐らく彼女はリオネスの下手人が彼であることを知っているであろうから、



 しかし、陰謀が絡むのなら、この墓地で話すのは少し都合が悪い。


 人がどれだけ居なかろうと、聞き耳というのはどこまででも付いてくるものだ。


 しかし、そのリスクすら顧みず、彼女は泣きに懇願する。



「どうか、依頼を受けて下さい!!」



「だから…勘弁してください」


 やんわりと拒否する。


「お願いします!!」



「ダメだ!」


 俺は思わず声を荒げてしまった。


 年端もない少女にだ。


 …カッコ悪い事しちまった。


 俺は内心反省し、声のトーンを落とした。




「頼む。勘弁してくれ」



 彼女…フーミルの顔が絶望に歪むことくらい分かってる。


 泣き腫らした目から、また新しい涙が溢れ出てくるのだ。


 受け止めきれない絶望感は、溢れて辛い涙と変わる。


 だが、文字通り勘弁してほしい。


「フーミルさん、アンタ…自分で何言ってるか分かってるのか?殺人鬼を追うなんて恐ろしくって俺にはとても出来ない」


 ここは街の外れ。

 ここは草原。

 そして無数の十字架。墓標だ。

 その中の一つに俺は花を手向けている。


 そして、その後ろにくずれ折れる少女1人。



「だから…どうっして…!! 貴方の…大切な人で…!!私にとって…リオネス様はかけがえのない人で…」


 泣きながら息も絶え絶えにいう彼女に、ハンカチを手渡そうとポケットをまさぐるが、汗をかかない俺には不要なので持ってきてなかった。

 今更に後悔した。


「思うところが無い訳じゃないよ。

 それに俺は大して強くない。伝説にはなってるかもしれないが。俺はパイプを歩く骸骨。」


 言いながら俺は戯けたように両手を広げるが、彼女の滲んだ目にどれほど映っただろうか。



「今はスケルトンと呼ばれてる配管工だ」



 彼女は溢れて留まらぬ涙を堰き止めるべく、空を仰いだ。


 黒々とした空だ。よく見ると、パイプに覆われた空。


 そう。王国ハイネックは、空が無い。いや、無いわけではないのだが、無数のパイプに覆われているのだ。


 その更に高く高く、空とか言うのが存在するらしい。


 聖地にはパイプの割れ目が存在するのだが、パイプの隙間から見た空は眩しい光を放っていたそうな。



 俺にはヒカリゴケで充分だが。



「でも、便利屋なんだ。フーミルさん。アンタ。よく聞いてくれ。殺し屋じゃない。俺の稽古の相手になってくれた人。本を読んでくれた人。寝る前にホットミルクを注いでくれた人。そんな大切な人が死んで俺は、今とても辛いけど、それに命を張るのはまたちがうんだよ」



 言葉を慎重に選びながら言う。


 彼女を傷つけないように。


 未だに彼女はうずくまって、嗚咽をこらえているのに。


 自分が邪推するのは憚られるが、気持ちの整理で精一杯なのは明らかだ。


 彼女は嗚咽の中、やっと声を絞り出した。


「殺ッ…されたんですよ…!?首をッ…」



「ああ。知ってるよ。」


 こういう時、なんて言うべきなのか、俺は知らない。


「残念だ。」


 彼女は、近衛団長リオネスの…俺が知る話でしかないが、愛人と言われる人だった。名はフーミル。


 見た目は女性だ。そして、リオネスも女性。


 つまり、同性愛。王国では初の例だったはずだ。


「そんな他人事みたいに…!!」


 言葉遣いが悪かったのか。

 仕草が良くなかったのか。

 彼女は俺を糾弾する。

 憔悴した彼女の姿は、見ていられない。


 すぐさま俺は言葉を変える。


「…! 悪かった。本当に。」


 短く言った。それ以上何も言えなかった。

 俺と彼女の間に一陣の風がさあと吹き渡った。


 こんな日だった。

 こんな日、リオネスはまだ小さい俺を連れて外で遊んでいた。

 俺が物心ついた頃、リオネスは10歳くらいだったから。

 訳もなく走り回って。

 泥まみれになるまで遊んだのだ。

 そして、俺に魔法の才が、リオネスに剣術の才があるのが分かると二人は離れ離れになった。

 それっきり。

 次に見たとき彼女は正義とやらに目覚めていたし、

 俺は義母からのいじめでそれどころではなかった。


 そんな、


 そんな大切な人だ。


 でも。



「アンタの依頼は受けられない。俺は殺人鬼を追えないし、殺せない。アンタの魔法が凄いのも知ってる。

 家柄もそうだからな。

 だが、復讐はだめだ。出来ない。あれはまさしく、人間ができることじゃないんだ」



 20人だ。


 全員が、胸を一突き。


 王国ハイネックに巻き起こった未曾有の連続殺人事件が始まって。

 王国は戦々恐々としていた。らしい。新聞の切れ端なので知らない。

 故に、おっちゃんの所に聞きに行ったのだ。

 王国直属の捜査ギルドの権威は地に落ち、一日一人のハイペースで、20人が失踪もしくは殺害されていた。

 しかし。

 今回は桁が違った。

 王国の次期王候補の失踪と、近衛団長の殺害。

 リオネスは、殺された。

 死因は、何だったか。

 しかし。

 王国はまさに混乱状態だった。


「そんなこと…!!関係ありません。」


 憔悴していて見る影もなかったが、

 フーミルは気が強い人だったのだろう。

 キッと顔を上げると反論する。


「…じゃあ、アンタは」


 一人でもやるつもりなのか?殺せるのか?


 この石の十字架に何を思ったんだ?


 リオネスが死んで悲しいのはわかる。


 だが復讐は別問題だ。


 なんで死んだ人間にそこまでしてやれるんだ?




 そう言おうとした時だった。

 後ろから整えられた足音が複数、耳に飛び込んでくる。



 ここにずけずけと入り込んできた。



 ガシャン。


 カシャン。


 俺の前から、フーミルには後ろ、墓地に続く路地に、豪快な足音が響き渡る。


 それらは、甲冑を着た騎士であった。

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