○第三十八話○サラvsリップス❸
※ ※ ※
鳴ってはならない音が鳴った。
「〜〜〜〜♡」
サラがほぼ絶頂しながら放ったパンチに、リップスは反対側に鯖折れ、一回転。頭から地面に突き刺さり、糸が切れた人形のように慣性に任せて、倒れる。
「直前に勘づいて失速したが、もう遅い。飛んで火に入る夏の虫。いーい角度で入った。良いのが入った……。″悪役″として、良いムーブだった。……ああ、″ヌーブ″っていう方が正しいか(笑)。ちなみに、『雑魚』って意味ね」
達成感と、脱力感。そして、虚無感が心地いい。これで、幕引き。
「ということで、はい、全治六カ月♡」
背を向けて、ヒラヒラと手を振る。どうしたものだろう。このまま約束通り、婆あを殺しても良いが、どうもあれだけ劇的な戦闘をした後は、少し物足りないのだ。そして気付いたように呟く。最後の彼の疑問、答えておいた方がサマになるか、と。
「そういや、どうしてか、きいたよねェ。……そうだなぁ、おれぁ、サッカーが好きだった。でも、この世界にサッカーは無かったのさ。それだけ。人殺しは、おれの、ココ」
そういって、下半身に手をやると、違和感に気付く。振り向いて、仁王立ちしたままの婆あを、いい笑顔で見つめる。恐怖に震えているかと思えば、そうでもないのが癪だが、まあ、痛めつけるので良い。
「あ、婆さん。聞こえてる?ちょっと下着変えてくるね。そのあと殺すから、ちょっと待ってて」
そういって、背を向けようとしたその時ーー。
「あんた、今、『慢心』してるね?」
と、今までずっと、サラの目を見ていた彼女が叱った。サラを、叱った。
「え?喋った?お前」
はあ?なにやってんだお前。萎えることするなよ。あんたはおれに殺される役目だろーが。いや、いいや、今殺そう。
恐らくサラに走った思考はこんなところだったろうが、恐るべきはその実行に移すまでの速さ。口が閉じるかどうかくらいには、そこに到達して、出刃包丁を振り上げている。サラの異常さ。それは決断の速さと、欲望へのひたむきさ。クロウスとはどこか根本から違うものの、あちらに寄せられるように歪んでいる。
「あんた、今、『勝ったと確信している』ね」
だが、鼻先、寸前。ピタリと止まった。これもサラの異常。そして、事態の異常。止まったのは、臆さず、堂々とした婆あの態度でも、その奥の瞳に宿った、あの戦いぶりを見て座ったであろう肚、覚悟の光でもない。
音が、した。
「まだ勝ったわけでもないのに」
振り向いた。目にした。してしまった。それはあり得ないことだった。
リップスが、立っていた。死なぬ眼で此方を睨みつけていた。砕いたはずの顎も、動かないはずの身体も。血すら、出ていない。一滴も。地面はグツグツと煮えたぎり、こちらにも
(嘘だろ?変わり身の術でも使ったか?熱魔法、火の系統に搦め手はないだろ。生命魔法の線はない。魔力感知に引っかからない。それに単独で行使はできない。じゃあ第三者の介入?魔力感知の届かないところから?)
「オイおいオイおいィ!!?卑っ怯な手を使ってんじゃねーょン萎えんだろォ!?出て来いよ、決闘の水しか差せない腰抜けめ、纏めて相手してやらぁ」
「ーー馬鹿が。これは決闘じゃない。私刑で、俺からの天罰だ。よかったよ。あんたが腹を狙ってくれなくて」
理解に苦しむ現状に、サラは言い返す挑発も用意出来ずに頭を回す。「腹を狙ってくれなくて良かった?」魔力機関の丹田か?だとしたらこいつは本当に魔法で癒やした。生命魔法なら、傷は癒えども血は消えない。火魔法での止血も然り。だとしたら、有り得るのはひとつ。
こいつの本質は、熱魔法じゃない。
もっと国内で扱えるものが少ない、概念、例えば、セイレーンの神格存在『シンデレラ』の使う空間魔法のような。
「加速魔法か」
「ヤンじゃねーか。正解だよ」
「いや、有り得ねぇ。だってテメェの魔力はーー」
魔力感知によれば、もうスッカラカンーー。
いや、違うのか?目を凝らせ、いや、心を凝らせ。加速魔法。物体を加速させる魔法。魔力で、筋肉の収縮などを、加速させるーー。しかし、こいつは恐らく六カ月時間を、寿命を早めた。それが、どこから、そんな魔力が?そして、時間などといった概念ともいえるものを、どうやって加速させた?
「あ〜?」
薄い膜が張っている。良く見れば、奴の周りの魔力に、濃い色が、まるでおれの魔法の、『水膜のように』。薄い膜が。あれは……?ーーあれは!
「あんたから発想は貰ったぜ。あんがとよ」
「オイオイ、テメェ、そりゃあ」
「ああ。誰も思い付かねーだろうな。『〇.五センチの魔力展開』なんてよ」
※ ※ ※
魔力感知は努力しなくとも誰にでも出来る。やっても、意味がないだけ。自分の色をつけた魔力をそこらじゅうに飛ばすだけ。そうすると、範囲に入った魔力を保有するものを感知できる。適性も、わかる。しかし、魔力操作技術が未熟だったり、そもそも魔力量がなかったりすると、広く魔力は飛ばせない。素人がやって大体の範囲は、球状五〇センチ。熟練者で、五メートル。達人でやっと二桁。近衛兵などの大魔道士で三桁。神名持ちで四桁。クロウスのみ、五桁。
魔力展開は努力すれば誰にでも出来る。魔力感知の円を限りなく縮めて、他の物質が割り込めないくらいに維持する。すると、手で触るように入ったもの全てが、感知でき、その空間を意のままに操ることができる。しかし、熟練者でも、限界は、レイコンマ、数ミリ。
そもそも魔力感知は探知機のようなもの。展開も、センチ単位いかなければ、やる必要性がない。しかし……。
「俺以外はな」
空間を加速させた。自分から〇.五センチメートルの距離を、こいつは加速した。六カ月、寿命を縮めて、無理矢理戦えるようにした。
「良くそんな魔力が残ってたな」
減速したのは威力を殺す為ではない。魔力展開をして、そのための魔力を回したため。
「いや、もうほとんどない。だから、これで終わりだぜ」
「お前がな。良く見てみろよ。お前の魔力はもう一割未満。対してこっちは九割強。どこにも勝てる目なんざないのよ。わざわざ立ち上がってむざむざ殺されるくらいならよぉーー、死んだふりでもしておいた方が良かったんーー」
刹那。風を束にしてぶつけたような衝撃。風圧がサラに襲いかかった。思わず目を閉じる。肌が焼けるような熱風。リップスが、サラの顔に当たる直前と言ったところで、拳を止めていた。サラは驚愕する。まさか、ここまで速いとは。
「ーーハッ。ヌーブほどよく吠えるってな。ーーあ、雑魚って意味ね」
「……!ーーぉぉおぉほざけぇッッ!!」
一瞬にして冷静な思考が出来なくなったサラは、振りかぶった手を、正直に横一文字、一閃。しかしもちろんのこと、リップスには読まれており、ひらりと空中へ舞い、果物屋の屋根へ。
「空中で避けられンのカァぁ!?」
ジークみたく、水球を宙にいくつも出現させ、着地寸前のリップスの脳天を串刺しにーー。
「ーーッ」
しかし、着地の方が一瞬早かったか。彼の体はすぐさまかききえて、ヨルの静寂が去来する。
(どこに居るーー?)
サラは魔力感知を全力使用。動きを探る。しかし。
(ーーいない?それに、熱気も、風を切る音も、着地音も聞こえない)
リップスはどこへ行った?
(まさか、避けたのは『下』!?加速して避けたのではなく、その熱で、屋根を溶かして、下の階に行くことで回避したのか!?)
ならば、やることは決まっている。絨毯爆撃に、決まっている。そう決心して、果物屋をボロ雑巾にせしめんと、魔力を練り始めたその時。
サラの立つ石畳が、爆ぜた。
「!?」
そして、中から溶かして出たリップスが、サラの土手っ腹を撃ち抜く。
(こいつ!魔力感知の届かない、床から出てきやがった!攻撃を避けるための逃げに見せかけて、攻撃への布石だったーー)
だがしかし。
「軽ィんだよぉ!」
やはり、悲しきかな。もう魔力のないリップス。体力もないリップス。放たれた拳は、憐れみを感じるほど、弱々しいのだ。それに対して自分は!
満ち満ちている、魔力に!もっと言えば、さっきよりも、確実に。
サラは腰から出刃包丁を抜き、リップスの喉元めがけて、突き出す。
「おいおい、使わねーんじゃなかったのか?ーーまあ、おれも使ったんだけど」
こんな長台詞。言えるわけがない。戦闘中、それも、その包丁を突き出す瞬間に。しかし言えてしまった。とすればおかしいのはサラの方。サラの、包丁が、動かない。もっと言えば、腕が、動かない。
ついに、サラは膝を突く。混乱は頂点に達する。
頭がどんどん冴えていく。しかし身体はいうことを聞かなくなる。この矛盾。これはーー。
「魔力中毒ーー。サラマンダーの鱗ォ」
「正解だよ。クソ野郎」大きな赤色の鱗を持ったリップスが、立っていた。
なるほど、だから丹田をーー。納得している場合では無い。あり得ない。こんな幕引き、あり得ない。こんな土壇場、あってはならない。呆気なさすぎる。
アゴをやられたかのように身体が動かない。しかし魔力中毒なら、それが魔力中毒ならやりようがあるのだ。魔法。魔法さえうてばーー。
「有り得ない。こんな決着、ありえなぃーー」
「だから、言ったろ、これは決闘じゃねえよ。ただの私刑だって」
「おれは、もっと、人をーー」
「ーー馬鹿が」
そもそも、身動きができない敵など恐るるに足らず。リップスは思い切り足を振り上げて、サラの股間を撃ち抜いた。
「死んで、いっぺん頭冷やせ」
サラはカエルが潰れるような音を出して、後ろにくずおれて、ようやく沈黙した。
「あ、おばさん、は大丈夫でーー?うぇ、きったね」歩き出そうとしたが、靴に違和感を感じる。どうやら……。
あとでくつを洗わなければならないな、などとリップスが考えていると、ようやくあたりが暗くなり始めた。何時間も戦っていたみたいに感じる。あたりに埃っぽい風が舞う。
「ーーやっちまったな……」
顔がひきつる。ボロボロの果物屋。溶けた石畳。原型を留めていない噴水。それらが影を差して、まさに哀愁漂う、廃墟……。
(正当防衛っつっても金は払うことになるだろうからな……俺、借金生活に再転落するのか。しかも今回は可愛い額じゃない。家一軒立つくらいの値段になるよなぁ。どうしよう。これはーー、一生かけてももしくはーー)
「なんであんた、人間としていい事したのに、憂き目に遭わなくちゃならないのよ」
「ーーおばさん」
俺の心を見透かしたようにおばさんは言った。腕を解いて、優しげな表情を浮かべていた。
「こんなおばさんががんばっても仕方ないかもしれないけど、少しの足しにはなるでしょ」
何だって?それは願ってもいないことだが……いや、待てよ?
「まっ待って下さいよ。え、だって……気持ちだけ。息子さんがいるんでしょ?お金は、こっちでなんとかしますよ」
「もう亡くなったわ」
「ーーえ」
「アルバッカスよ」
「ーーえ!?」
「私の子供。昨日亡くなったわ。まだ30行ってないのにね。親不孝な子だよ」
ま、待て、処理が追いつかない。このおばさんはアルバッカスの母親なのか。
「そ、そんなこと、だって、葬式はーー」
「アルバとは親子の縁を切られてしまったわ。とっくの昔に。ある日、突然。平民の出の、私はいない方が良いしね」
「じゃ、じゃあなんでここにーー」
「はじめ、来る気は無かったわ。でも、良い仲間を持ったのね。昨日、ジークって子が、謝りに来てくれた。あなたの分もね。だから、少し期待したのよ。貴方はアルバと似ていた。野心家の顔。でもあの子は傲慢。人に謝ることができない、強くあることしかできない弱い人間で、私はあの子を、父親から、そう在ることから変えられなかった、守れなかった、もっと弱い母なの……だから、私はあなたに期待しただけ。戻ってきてくれるんじゃないかってね」
しゃがれていたはずの声は、いつのまにか。
「だから、ありがとうね」
存外、笑った方が若く見えるものだ。と、その朝焼けのような笑顔に思う。




