○第三十六話○サラvsリップス❶
噴水前にて、リップスは頼まれていたゴミ袋を処理していた。
水気があると燃えづらくて悪性の煙が出てしまうそうだから、ヒカリゴケの水気をよく切るように言われている。
「これから、どうすっかなー」
ふと、そう口に出してみる。口に出してみるだけだ。途方もないから、それは考えない。思考放棄とも違う。自分の置かれている状況を俯瞰している。
このまま、日銭を稼いで生きるのは金のために生きるのと同義だ。かと言って、一番になってやると吐いて出てきた見せ物小屋に今更戻ることができるだろうか。
ああ、自分はどうしていきたいのだろう。自分は。どうして生きたいのだろう。最低限の義理はもう尽くした。これからは、自分のしたい事をするべきだ。でも。己は、誰かのために、何かができる人間だろうか。
何をすべきなのか。人に認められたかったレベルカ。強くなりたかったギル。人を救けたかったミシェル。
自分は?
自分は……。
パン。と音が鳴った。青色の煙が立ち上っていた。まるで、開戦の狼煙のようであった。
※ ※ ※
「ああ、人を殺してえ」
あれは『お預け』って奴だった。間違いなく。サラにとって、柔肉を無骨な鋼で割り進み、吹き出した鮮血を浴びる感覚。そうではない。確かに快感だった。しかし、命を奪う事。かけがえのない命を無意味に無作為に無遠慮に無慈悲に奪うことのできる征服感といったらッッ!」
いつのまにか声に出ていた。下半身はもうすでに猛り狂っている。やっと、やっとである。人間の皮をかぶるのも今日まで。さあ、何ポイントとれるかな?」
サラはこの二十年の人生の中で最も興奮しているのだ。心臓はまさに飛び出そうなほどに脈どうして肋骨を圧迫し、息を潜めるのに多大な神経を使った。
七番通りを歩く。石畳は脈うち、家々はざわめき、全てがサラの来訪を歓迎している。この道を進んだ先に、標的はきっといる。前菜である。
「まあ、こいつでいいか」
老いた婆あであるが、まあ肩慣らしにちょうどいい。これから殺人鬼として名を連ねる自分の綺譚としては、少し相応しくないだろうか。そうだろうか、きっとそうだろうやめるべきだろうかいやいやいや。
いや、無理だよ。
いや、も、もう、だって、こんなに。
殺したい。」
「(╹◡╹)♡」
そう言ってサラは出刃包丁を振り上げ、怯えた顔つきの醜い婆あに一閃ーーッ。
甲高い悲鳴。
ーーと思ったら。
「ーーあれ?」
防がれていた。腕を掴まれ、背後を取った男に、
リップスに、思い切り殴られていた。
※ ※ ※
「オイオイオイオイ……誰だぁテメェはぁッ!」
「こっちのセリフだよこの反吐野郎っ。まさかお前が噂の殺人鬼か?」
石畳をもんどり打って転がる男の顔をリップスは知っていた。そして目立たないが、こいつ、しっかり受け身を取っている。慣れている。こういう修羅場に。
「あんたは……ハイヒール……何やってんだよ」
「今は、サラだよォ、リップス」
王宮の宝物庫の警備を任されていた、クロウスが推していたハズのーー。
「馬鹿が……今聞いてんのは俺だよ……何やってんだよ。
何やってるのか分かってんのか?お前は?
お前は、今、婆さんをーー。
……何やってんだよお前っ!冗談じゃ、ねえぞっ!!」
「うるせェなぁ、クールになれよ……あ、冷静って意味ね」
サラの口上には耳を貸さず、リップスは後ろ手におばさんを庇いながら、鋭く観察する。こいつの目的はなんだ。ほとんど、殺戮だろう。わかってる目を見たら分かる。狂人に決まってる。しかし、分が悪い。庇いながらではーー。
「何が悲しくてそんな婆あ一匹守ってんのよォ、リップちゃん。ゴミ掃除だと思って、ネ?」
「……」リップスは言い返さずに怒りを湛えて、今にも飛びかかりそうな目で睨んだ。しかし目つきだけでは運命は変わらぬ。リップスは歯噛みする。相手は手練れ。こうなってしまうと、戦えば、どうやっても守りきれないーー。と。
しかし。
「一丁前に心配してんじゃないわよ、いっくつも下のくせに」おばさんはつかんでいた俺の手を離して、小さくつぶやいた。でも、伝わる。伝わっている。怯えが。震えていた。きっと今も震えている。震えているのに、
「きちんとやっつけなさい」そうおばさんは言って、仁王立ちして静観の構えを取った。
それを見て、敬意をリップスは覚えた。立派な態度を取っているからではない。リップスと同じ。緊張して、怯えて、なお、そう在れる。
リップスは、覚悟を決めて、唇を引き結んだ。
対してサラはコロコロ笑いながら言い、出刃包丁を腰にしまう。
「いやあ、やっぱ俺ってば、持ってるね」
「何が」
「こんなドラマチックな展開に恵まれるなんてサ……あ、物語的ってことね」
「減らねえ口だぜ」
「結構。おれはきちんとしてるからネ。君を殺して、あの婆さんも」
瞬間、怖気がたった。総毛立った。こいつの一挙手一投足に。俺の、俺の体の全てが言う。
「ーーブチ殺してやる」




