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○第三十四話○決戦準備❸




「派手にやりますねえ、王子よ」


「ノーストンさん程じゃないでしょ」


「……そうですねえ」


 七番通りにそびえたった大樹を見てつぶやく。隣に雇っているどこかのギルドの団長が言う。他人のことを自分が心地よく座るための座布団としか思っていなさそうな増長した目つきをしている。全く敬語もなっとらん。まあ、演じているとしてもはみ出しもの、無礼者、似た物同士である。


「そうですねえ」


「何がですか?」


「……」

 彼はどうしただろう。道半ばの彼は。アルバトロスと言ったか。不遜な名をつけた彼もまた、似た物同士。彼はどうして、どうなるだろう。自分も老いたものである。老婆心に気になってしまう自分がいる。さて、そんな爺いの最後の正念場。王子の用意してくださった好き舞台。活躍しなくては。


「ああ、よくない癖です」


「え?」


「……いや、なんでも」



 自分で彼に役者不足がなんだと宣っておきながら、なんと軽薄なことか。自分の信条とも違っている。「選ばれる側ではなく選ぶ側に」。自分自身と上手く付き合う為の処世術として、「自分の本音は自分で選ぶ」ということ。そうやって生きてきた。弱い自分をかばって、不安な自分を隠して生きていた。それでも、弱い自分も自分なのだ。自分だって、どうしようもなく……。


「やはり、年の功でございますね」


「だから、何のことだってーー」


「お、鳩が来た」


 王子に寄越していた、ハトヤマの鳩が帰ってきた。呼び名はイチローである。他の鳩と比べてかなり大柄な

ので小さな植木鉢程度なら持たせることのできる鳩である。鳩の足には通常よりだいぶ大きな紙束が括り付けられていた。


「これはーー」


「地図じゃないっすかあ!」


「ちょっと黙ってろ馬鹿者。勝手に覗くな」


 そういってお調子者を一蹴すると、広げた紙にいくつもの赤い印が付いているのを、ギルは見た。やはりというべきか、本当の自分は抑えられそうにない。


 鼓動が高鳴っていくのだ。


 そうか……面白い。


「あの若造も誘いましょうかね。こんな『面白いこと』、やらなきゃ損でしょう」


   



  七番通り噴水前


「あの、お姉さん。あの時の、昨日、掃除してた方ですか?」


「ええ、そうですよ。だって、有給でないし」


「そんなこと伺ってないですよ」



 リップスは一縷の望みに賭けて、といっても過言ではない真剣さで噴水前の掃除のおばさんに会いにいったが、まるでそこにいるのが当たり前みたいにおばさんは青い帽子を被ってそこにいた。噴水は国のものなので掃除も国が雇ってやるらしい。正直拍子抜けだった。


 ただ、せせこましく彼女が動いているというのに、自分だけ立って話すのは何か違和感を感じるが、取り敢えずリップスは、頭を下げることにした。


「すみません。昨日は、あんなことして」


「どんなこと?言ってみなさい」


「貴方を侮り、買収しようとしたことです」


「ええ、迷惑だったわよ、ほんと」


 噴水の水の膜は彼女の輪郭をどうしようもなくぼやけさせる。リップスは目を伏せた。


「ギルドの冒険者なんて、みんな目つきがぎらぎら油ぎってて、傲慢。そう思っていたけど、本当だったわ。あなたが証明したんですものね」


「返す言葉も、ありません……」



「私はそもそも、疑問なのよ。冒険者がギルドなんか、入る必要あるのかってね」


「……」趣旨がずれ始めた気がしたが、自分にはどうしようもないので、黙っていることにして、そのまま耳を傾けた。


「もっと自由でいいのよ。この世界は広いから。そこも見えない谷や、空のパイプより高い山。大きい湖。海ってものが、あるって話。それが御伽噺じゃないなんて、この世界に生まれて幸運だと思いなさい。私だってね、冒険家を目指していた。でも、御生憎。わたしは息をするのが苦手で、すぐにあがっちゃう体質だったから、体力がものをいう冒険者には向かなかったってわけ。でも、憧れは抱き続けた。あなたは、そんなわたしの憧れを打ち砕いた」


「……」


「あなたは傲慢で金に汚い。汚いのは嫌い。でも、私が怒っているのはそこじゃない。貴方は頭が悪い。ノータリンだったってこと」


「……ど、どういうことですか?」


「考えても見なさい。わたしは仮にも国に仕えているのよ。清潔な印象が必須の世界。上はともかく、下はそれなりに。なのに、賄賂なんて貰ってみなさい。場合によってはクビ。それに、わたしは働いているから証拠もある。事件を見た、一部始終を、見たというね。だから言い訳も通らない。そもそも賄賂で切り抜けるという線は実現不可能だった」


「たしかに……」リップスは失礼だと思いながらも、彼女の評価を心の中で上方修正した。せざるを得なかった。彼女の言うことは的を得ていたし、緊急事態だったにせよ、リップスの行動はもともと理にかなっていないものであった。


 

「別に金に汚いのも傲慢なのもいい。冒険者だから。でも、冒険者であるからには、強く在りなさい。そして、できることなら、わたしの代わりに、自由に」


 そこで会話はぶつ切りになって、五秒、十秒とだった。リップスはさすがに顔を上げた。すると、目の前におばさんが立っていたのだ。


「あ、そうそう。ついでにこのゴミ袋を捨ててきてくれる?それでトントンでもいいわよ」


「ええ……」大きなズダ袋を二、三袋貰った。彼女はどうやら七番通り全域を掃除していたらしかった。まるで自分は不自由だ、みたいにおっしゃっているが、なかなか自由で働き者である。


 どこにそんなゴミ箱があるのだろうか。だいたい他の通りは、ゴミは道端にそっと捨てるが基本である。排泄物だってちゃんと下水道がなってないところは、肥溜めに落としたりそっと道端に寄せてあったりする。リップスは歩きながら、綺麗できらびやかな家々を眺める。店が多い。商業の通りだから、清潔な印象が必要なのか。でも、綺麗すぎる。店頭に立つ人間や、行き交う人間のような汚れとは言わないが、苦りがなければ、この街は、いつまで経っても街でなく、家の集まり、集合体である。


 とか思っていたら、向こうからとっておきの苦りがやってきた。


「やあやあ、リップスくん。よい報せを運んできましたよ?」


 いやにニコニコして上機嫌なギル=クク=ノーストンがなにか地図のようなものを片手に、こちらにやって来た。


「今度は何なんですか?」


「依頼ですね。これを見てください。この地図」


 七番通りの地図である。十数個の赤い印が、その中に点在している。


「三人一組でここの赤い印が付いたところを守る。簡単なお仕事ですよ。王子が寄こしなさった仕事です。どうです?報酬は弾みますよ」


「何おっしゃるんですか。お断りしますよ。僕はギルドに入ってないし」


「……それに?」


 見透かしたような顔をして、本当にいちいち嫌なやつだ。とリップスは彼を評価する。


「自由なんでしょ、自由にやっていいんでしょ、俺は」


「そうですか。それは、よかった」


 カラカラ、と気持ちよくギルが笑う。日は傾き始めていた。



     ※ ※ ※


「面白い。……うん、面白い」


 金髪の美少年はそうしきりにつぶやく。彼の前には七番通りの地図が。そこには印が点在している。そして、彼の横には、両手では数えられないほどの『仲間』がいた。「忠誠班」初の全員集合である。クロウスがお尋ね者となった


「あの人、目的を変えたのか……。『僕を完封して勝利すること』から『僕を利用して勝利すること』にやり方を変えたのか」


 この印は全て、サラマンダーの鱗のマーキングの跡である。魔力を追っていたら、急に十を超える数に信号が増えて、減らない。この時点でクロウスの考えなければならないことは二つになった。「どうして数が増えたのか」と、「この中に本物のワサツミはいるのか」。一度、増える前にワサツミのマーキングは外れている。これはスケルトン側の手落ちではなく、


「俺たちにはマーキングを外せる手札と、マーキングを新たにつける手札があるぞ」


 という警告であり、宣戦布告であると受け取った。となると、もちろん、一度外しておいて付け直す、という搦め手も考えておかなければならない。さんざ、考えることを増やした挙句、それでもって確実にいくには、


「全てしらみつぶしに行くしかないね」


 ということだ。素晴らしい、とクロウスは思う。自分は完璧主義者だ。だから運などの不確定要素に任せるのを嫌う。だから、罠かもしれないと分かっていながら、行かざるを得ない。あのこれ見よがしな大樹も、行かざるを得ない。


「協力者から得られた情報、位置情報もクロウスさん。てんでバラバラでした。こりゃあ、俺たちがサラマンダーの鱗に全て任せて来たツケっスね」


 と筋肉質な男が言う。名前は何だ。サラとか言ったか。話術に長け、協力者たちの取りまとめ役のような立ち位置にいる人物であるが、殺しを実行したのは昨日以外、ない。どうも危険な青年である。しかし強い。凄腕の魔導士であることには確かである。魔力を素人のように垂れ流すカモフラージュを極めている。精緻な魔力操作の達人。しかし、危うい人間だ。なにか人を殺めるということに魅力を見出している人間の顔をしている。


「本気で情報を撹乱させに来ている、てことっスね」


 その通りである。頭はこのように切れるが、彼には重要な役割は任せられない、とクロウスの冷静な部分はそう囁く。しかし。


「わかった。今から動こう。サラくん以外、各自マーキングのところに行ってやりなさい。鍛冶屋には僕が行こう。もしそこ以外で標的がいた場合は信号を出して、後は殺っていい」


 了解。と言葉、雰囲気、仕草でそれぞれが答える。


「ちょっと待ってくださいよ。ヨルじゃなくていんすか?」


 サラが口を挟む。今までヨルのうちに殺しをやって来たのだ。こだわりの強いクロウスがそんなことするだろうか。


「誰だって、長き断食をやめてから、初めての食事は豪勢なものにしたいでしょう?ねえ。派手にやりましょう。君は自由にやって良いですよ」


「ーーりょうかい」


 サラの瞳が暗く沈んでいくのを見た。まあ、彼の制御は忠誠型の中ではなかなか難しいだろうから、泳がせておいて都合の良い時に使うのが吉だ。


「さて、僕は少し用があるのでね、遅れてからいくよ」


 そういって、遠くに望む大樹に目を遣って、クロウスは雷鳴と共にかき消えた。


    ※ ※ ※


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