○三十話○帰ってこい
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死にたい、という人は沢山いる。仕事柄、ミシェルはそういう人々を沢山みてきている。それがどれくらい本気なのかも、さまざまだ。ただの口癖だったりするものから、一歩間違えれば本当に首を吊ってしまいかねないものまで、さまざま。
しかし、自殺未遂で運ばれてきた人間はそのほとんどが、生命魔法を行使できた。それは、彼らの意思が弱いということでは全くない(安易に彼らが本気で死のうとしていることを過小評価するのは禁忌である)。それは、目的の違いからある。彼らは死んで楽になりたいのであって、傷ついて苦しくなりたいわけではないのだ。今瀕死のひどい状況に置かれたなら、生きて楽になろうというのは当然のことだった。
そして、ミシェルの師はそういう人々を沢山救ってきた。
しかし、一度だけ救えなかったことがある。その人は死にたがってはいなかった。居なくなりたがっていた。この世から。同じ意味に聞こえるかもしれないが、死んで楽になりたいわけでなく、その人は自分という存在を心から嫌がっていた。娘を災害で亡くしてしまったらしい。楽にならなくていい。楽になる自分なんていない方がいい。居なくなりたい。こんな弱い自分なんて。その人は生前そう言っていた。
師はその時首を振った。それは、その人に対して
あなたを救うことができないという合図と共に、あなたは、きっと間違っているのだ。きっと。だから、もう一度生まれ変わったら、よく考えて欲しい、という、精一杯の、生者の矜持からくるものだった。
この子も、そうなのだろうか。
無力感に苛まれ、大切な人を亡くし、自分なんて、いなくなりたいと、本気で。こんないたいけな少女が、本気で。
「嘘つくんじゃねえよ」スケルトンが、ぼそりとつぶやいた。ミシェルは、現実を受け入れられていないのか、と思った。僕が治癒術師なんて、嘘だと。情けなくもあった。苦しかった。
「……救えないのか」
「本当に、申し訳ない」
「謝らなくていい」
スケルトンは何も責めることはなかった。代わりにどいてくれと小さな声で言うと、フーミルの頬に、その手を当てた。慈しむような目だった。本当に、心を打つ目だった。ミシェルは、何もできない己の無力さを呪った。
「ーー俺がやる」
「……え?どうやって」
「俺が、生命魔法を使う」
どうやって?不可能だ、そんなこと。生命魔法は本人が本人にしか使えないと、さっき自分が言っていたではないか。ミシェルは、スケルトンは錯乱しているのだろうか、と思った。無理もないことだ。誰だって、他者に対して生命魔法が使えたら、と思う。誰かが、誰かが現実を教えてやらないといけない。残酷な、現実を。恐らくそれはミシェルの役目だ。それが、彼女を治せなかった責任だ。ミシェルは異様に重たい口を開いた。
「残念ですがスケーー」
その時だった。
「ーーうっ!?」
身体が吹っ飛ぶような、そんな錯覚を覚えた。ミシェルはその理解力の高さゆえにすぐにわかった。それでも、にわかには信じがたかった。きっとこれは天変地異ではなく、魔力に、一個人の魔力が、ただ解放するだけでこれほどの膨張、覇気、圧力が……。五感ではない。第六感ではないそもそもの、自分の存在に対するこれは。癒すだけでない。生命魔法は体そのものでは発動しない。それは魂。言うなればそれはp癒す以外の副作用であり、それなのに、本質。生命魔法とは。
ーー生命の、喝采。
「今、俺にかかっている生命魔法を解除した。今からこの子に発動する」
と、スケルトンはつぶやいた。直後、彼の右腕が吹っ飛んだ。それをみてミシェルは理解する。まさかこのスケルトンーー。″他人の遺体″を生命魔法で無理矢理に動かして生きていたのか、と。そんな馬鹿な。遺体に対してもなお、自由に生命魔法が使えるなんて。師はそれを『禁忌だ』と言った。人の命を如何様にもできる、自分の意思でもてあそぶことができる禁忌。思わずスケルトンに近づこうとするミシェルらを、スケルトンは手で制した。
「今の俺に近づくな。今の俺は渦みたいなものだ。あんたも……あんた″も″死ぬぞ。生命力と魔力を骨の髄まで吸われてな」
「あ、あんたもってーー」
分かりきったことだったが、聞いた。聞かずにはいられなかった。スケルトンは振り向かずに、空元気から出した声のような、それでいて諦観したような、声を上げた。
「ああ、俺は死ぬだろう。今も、自分の身体が崩れていってるのがわかる。ただ、あんたは気に病まなくていい。死にたがってる子を無理矢理救うだなんて、あんたの信念に反するかもしれない。でも構わないでくれ。好きでやることだ」
声はだんだん自嘲気味になっていった。ミシェルは、置かれている状況を理解しているにもかかわらず、スケルトンの背を覆う業のようなものをみた。何も言えなかった。
「こうなった原因は元を正せば俺だ。それに、あんたらにわざわざ届けなくても、俺は生命魔法を使えた。フーミルを救えたのに、先にあんたらを頼った。それは、合理的に判断したとかそういうんじゃなく、単に、『死ぬのが怖かったからだ』。カスみてえな理屈だ。クソみてえな理由だ。これは、せめてもの罪滅ぼしなんだ。邪魔しないでくれ」
そういうとスケルトンは恐らく、解放する魔力を全開にした。もう、いるだけで意識が飛びそうだった。龍の息吹を目の前で喰らっているかのようだった。それでも、かろうじて分かった。スケルトンは、命を捨てて、この少女を救おうとしているのだと、わかった。
ーーだから。
「ーー!?何やってんだあんたっ!?手ェ離せ!死ぬぞっ」
「知らねえよっ」
ほとんどミシェルは抱きつくようにしてスケルトンに魔力を与えていた。スケルトンが生命魔法をフーミルに使って、ミシェルが生命魔法をスケルトンに発動させたのだ。
「死ぬのが怖いなんてクソみたいな理屈でこの子を救えなかったらっ!!僕は、僕は今ここで死んだみたいなもんだっ!!」
人の命をを自在にするとか、もてあそぶとか傲慢だとか、そんなカスみたいな理屈どうだっていい。救ける。今ここで救ける。救けろ。ミシェルはその声に従う。従え。それまでのことだった。
意識が白くなる。それでも、魔力をスケルトンに与え続ける。与え続けなければいけない。もはやそれだけが目的の棒切れと化していた。ミシェルは。もし自分という存在が消えてなくなったとしてもその先にある何かの、その声に従う。
「おいルカッ!もっと魔力の色を薄めろ!無駄があるっ」
「分かってるわよっ」
気付けばミシェルだけではない。レベルカだけではない。ウシタ、ビオラ、ミネルバ、リュイス……、ここにいる全てが、それぞれの魔力を補填し合っている。
もうその魔力は、本当の意味でみえていた。心に、視覚に、捉えていた。恩寵。もはやそれは、一つの輝く生命体。ミシェルは、ほとんど吠えた。
「おいスケルトンッ!いいな!?ぼくらがあんたを死なせない。だから、死んでもあんたはその子を救ってくれっ」
「ーーたりめえだっ」
スケルトンは叫ぶとよりいっそう魔力を流し込む。彼はもうきっと限界を超えている。それでもスケルトンはもっと欲しがる。もっと助けたがる。もっと、もっと……。
この子を助けるために。
ありがとうを、言うために。
戻ってこい。フーミル。
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