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○第三話○墓地

 つまりは、ここ、七番通りに殺人集団が現れたという事なのだ。 


 しかも、『ヨル』の間に。


 ヒカリゴケという植物がハイネックの黒い空を明るく照らしているというのは、周知の事実である。


 張り巡らされたパイプの、豊潤な魔力を求めてヒカリゴケは胞子を飛ばす。


 ここで、ヒカリゴケが他の植物とは一線を画す理由となる特技が披露される。


 自家発電だ。ヒカリゴケは魔力を取り込むが、それを養分に還元出来ないので、自身で光魔法を放ち、光合成するのである。


 更に、取り込める魔力量には個体で大きく差がある為、強力な光魔法を使うコケ群はとても明るく輝く。


 ことに、七番通りのヒカリゴケは保有魔力量がずば抜けて高く、パイプの空を美しく彩る。


 七番通りが栄えた理由とも言える。


 …殺人鬼共が来るまでは。


 ヒカリゴケの魔力量が多いと世代交代も早い。他の通りが30日ほどかかるのに対しこちらは20日程だ。


 その間に20人も殺されたということは。



「集団だよな?」




「ああ。その可能性が高い。1日1人、きっちり殺されてやがる。」



 殺人鬼集団がこの通りに現れるなんて、まるで悪夢だ。



「ギルドは何してるんだ?」


「いや、それが全く消息を掴めないのさ。連中、ヒカリゴケが活動を止めた『ヨル』に殺しをやるんだ」


「何だって…」



 ヨルと言うと、自分の手すらも見えないような真っ暗闇の時間のはずだ。


 時間はたった半日の半分しかない。そこに決まって…。



「まだ明るいからよ。出歩いても良いんだろうが…。通りの様子は、見てきたとおりさ」



 閉まっている店。


 しんと静まり返った通り。


 無人の路地。


 やっと合点がいった。ヨルも眠らないくらいに賑やかなのではと思わせるこの通りに、静寂がやってくるなど人死に以外あり得ないと思っていたが、ここまでとは。


 俺は尋ねる。


「おっちゃんは店、閉めねえの?」



「馬鹿言っちゃいけねえ。テマエ。通りの【顔】が休んでどうするかい」



「心配するぜ。あんたの力、モノづくりに全振りしてるってのに」


 呆れたように俺が言うと、おっちゃんは豪快に笑った。


「テマエこそ、大丈夫かい?魔力なんてこれっぽっちも無いくせに」



「コイツはコイツで良いんだよ。魔力がない分、『魔力感知』に全く引っかからないからな」



「ああ。魔力で物を感知するっていう魔法みてーな力か。んなもん、大魔道士とかじゃないと持ってないよ」


 確かにそうだ。魔力感知は意識してやるものだから、無意識に行う『視覚』に取り入れるには途方もない鍛錬と魔法の才が必要だ。



「だけどよ。こっちだって黙って見てるワケじゃねーんだよ!! テマエ!!」



 顔をグッと近づけておっちゃんは言う。

 俺はその勢いに思わずのけぞった。



「お、おう…どうした、なんか策でもーー」



「ーーあったりめぇよ!! 通りの屈強な奴等で何十人単位で自警団をいくつもつくって見廻ることにしたのさ。ギルドも当てになんねぇしよ」



「そ、そいつはよかったな。」



 少し引きながら言う。

 すると、おっちゃんは我に帰ったように咳払いすると、


「ーーあー。もう明るくなって長いから、テマエ、もう帰った方が良くないか?」



「ーーっと、もうそんな時間か」



 俺は席をたつと、出口へ向かった。


 そしてカラリカラリと音を立てながらドアを開けた。



「あ、あと」


 俺が振り返らずに言う。



「シナモンスコッチ、ごちそうさま」


「ーーああ。バタースコッチのつもりで作ったんだけどなアレ。」



「あれ?そうだったのか?とにかく、ありがとよ」



「どう致しまして。元気でな。アイドルさんよ。」



「ーーー元気でな。ワサツミ」


 扉をくぐり抜ける

 最後に俺はおっちゃんの本名を呼んだ。

 その時、おっちゃんがはにかむような顔をしているのが、振り返らずとも、何故か分かった。


 同時に、二度とそれは見られないだろうという事が、何故か、分かった。


「あれ?結局俺、どこに行こうとしてたんだっけ?」


 昼飯は、おっちゃんの鍛冶屋でシナモンスコッチらしきもんを食わして貰ったからいいとして。


 俺は右手に花束を抱えている訳だが。


「ああ。墓地に行くんだった」


 不味いまずい。


 考える頭がなくなってから、物忘れがひどくなったというのは、俺の知られたくない秘密の一つである。


 といっても、知られて困る相手が少ないのだが。


 俺は、鍛冶屋の前の通りを、来た道を戻っていく。


 パイプの空に光るコケは、まるで息をする様にゆっくりと明るさを変えている。


 そこを一人。俺は歩いて行く。


 あ、いや、一人じゃなかった。


 俺が道を間違えた別れ道辺りまで来た時、せっせと箒を持って掃除をするオバハンが目に入った。


 通りによくいる清掃員の人だった。ギルドらしいよ。あれも。


 軽く会釈すると、オバハンは返してくれた。


 気さくな方のオバハンだった。


 というより、だ。


 殺人鬼集団がいる通りで掃除とは、見上げた根性である。



「精が出ますね。休んだりしないんですか?」


 と聞くと、



「だって有給残ってないし」


 と何故かタメ口で返された。初対面なのに。


 というか酷くないか?有給出さないその職場。


 その職場が不満なのかもしれない。


 誰だって殺人鬼がいるところで仕事なんてしたくないだろう。



「人いないからゴミ少なくてやり甲斐感じないし」


 不満を感じるところを間違ってはいないだろうか。


 さらに、今俺はフードをかぶっていない。つまりおれの顔が見える状態で話をしているのだこのオバハン。


 オバハンは真面目に白骨と職務を全うしているのだ。


 普通驚かれるものだが。



「は、ハハ…頑張ってくださいね〜」


 それだけ言うと、俺は足早に分かれ道を進んで行った。


 ゆっくりと景色が、街から町へと姿を変え、寂れていく。


 石畳も割れたものがチラチラと見え始めたところで、俺は墓地に着いた。


 無雑作に草が生えていて、まるで草原のようだ。


 そして、墓らしき十字架や墓石などが建てられている。死者を弔うことは王国が禁止している(色々あって、ね)が、七番通りの人間はどうやら国自体が嫌いだったようだ。


 さて、


「リオネスのは…これか」



 墓に豪華なものがあるのかは知らないが、リオネスの墓は質素だ。と俺は思った。俺の第一印象はそう焼きついた。

 彼女が何の宗教の敬虔な教徒だったのかは知らなかったが、色素の抜け落ちたように、ただ白い十字架が一つ、立っているだけであった。

 そして、その傍らに、申し訳程度に置かれた石碑に、


『リオネス=ヴァル=ヴァニタスここに永遠の眠りにつく』


 とだけ。


 たくさんの十字架、たくさんの墓がある中で、


 一度目を外したら見失いそうな、そんな墓。


 リオネスという女の最期の、その最果てだった。


「あんた。幸せだったかよ」


 しかし、


 積み上げられた花束は違った。


 沢山の花束だった。


 どれもが、彼女の死を悼むもので。


 墓より遥かに広い面積に、それは高く積み上げられていた。

 今思うと馬鹿みたいだ。死者を弔うという行為は、生者のためだけにあるからだ。


 俺はそれを見上げながら、


「そうかい。そいつぁ、良かった…なんてな」


 俺は、残された狭い余白に、花束を置いた。

 花束は置いたが、後はどうすれば良かったかな。


 リオネスの墓に、あとは何をしてやれる?


「ある訳ないだろ。人は死んだらそこで終わりだ」


 英雄の寝床に、一陣の風が吹き渡る。


 花束が揺れ、彼女の墓に顔を向けるが、


 ピクリともせず、墓は鎮座している。


 …やっぱりな。


 もうこれはリオネスじゃない。


 だって、花を見ても顔が綻ばないからだ。


 この石の十字架に、俺がしてやれることはもうない。


「…帰るか」


 そう俺が言うと、身体は一人でに七番どおりの方へ向かうかのように


 カラリカラリと音を立てた。


 この英雄の安らぎに、俺がいてもただ仕方が無かった。


 その時だった。



「すみません。もしかして、あの配管工の方ですか…?」



「え?」



 後ろから声が掛かった。


 俺はフードをしていない。丸見えだ。つまり、スケルトンの俺に本当の意味で用があるやつが、俺の後ろに居るのだ。


 振り返ると、そこには女の姿があった。


 俺に用がある女?まじまじと顔を見つめてしまった。


 子供から大人になる一瞬を切り取ったようなまだあどけなさの残る顔立ちだ。十代じゃないか?


 いや、かなり幼い。


 鼻は小さいが形がいい。目は二重で大きいが、泣き腫らしていてとても見ていられない。


 まだ十代…それで美人で、俺に用がある人間…??


 あいつか!?



「フーミル…さんか!!」



 そう言うと、彼女はコクリと頷いた。


 フーミル。リオネスの愛人?だった筈だ。


 貴族の娘であるリオネスには縁談がかなりあったらしいが、全て蹴ったのだ、受けたのだ、と根も葉もない噂は

 見せ物小屋でよく聞いたが。


 新聞屋に付け狙われた結果、彼女には結局愛人がいたのだ。それも女の。


 当然大々的に報道されるわけだ。


 本名まで明かすのはどうかと思ったが、薄情な俺は何かしらの行動を起こすことはなく、ただ、パイプの中で一人暮らした。


 前例のない同性愛。二人には嫌がらせが殺到するであろうことは目に見えていたが。


 強い人たちだ。


 歯を食いしばって関係を続けていたのに。


 結局は、リオネスは死に、この仕打ち。


 彼女が泣き腫らしたような目になっているのは当たり前のことだった。





「確かに、俺が配管工のスケルトンです。フーミルさん。何か依頼がーー」




「殺して下さい」



「…すみません。何ですって?」



「クロウス=ヴァン=ハイネックを、殺してください!!」


 少女は、涙ながらにそう訴えてきた。

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