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○第二十七話○手紙


「ーーそうでしたか」


 今度は、フーミルが深呼吸した。気持ちを落ち着かせるために、だ。


「なんだか、現実味がないっていうか、不思議です。今までずっと疑っていたこと、それが現実になると、なんか、その、おかしい事なんですけど、肩の力が抜けてきちゃって」


「そうか……まあ、いきなり、クロウスを殺せってなる方が難しいかもな。現に、証拠はあいつの自白だけ。フーミルの鱗の目印も、あいつがやった事じゃない。ただ、状況証拠であるだけだ」


「いや、そうじゃなくて……、いや、いいです」


「?」


 フーミルが目を伏せた。俺は不自然に切り上げられた話に、それ以上の追及ができなかった。どうしてだろう。


「多分、あいつはギルに捕まった」


「多分、ですか?魔力感知は?その黒い腕は魔導具なんですよね?」


「これが使えるのは、レベルカの魔力感知。レベルカは魔力感知と展開が、無敵な代わりにたった半径4メートルしかない。まあ、太刀の間合いだな。その中じゃあらゆる魔法は無効化されるがーー索敵は絶望的でな」


 魔力感知や魔力展開は、本人の在り方によって大きく姿や性質が異なる。よって、魔力戦は高度であればあるほど、勝敗が予想しにくい。あとちなみに、魔力感知を索敵に使えるのは神名持ちくらいのものだが、レベルカ程度の間合いの魔力感知なら、魔導士は容易にできるだろう。問題は、魔力展開。これは、誰にでも出来ることではないのだ。


 フーミルの魔力中毒の話あたりは、出来るだけぼかした。病は気からというように、言及してしまったら、みるみる症状が出てくるかもしれない。それは困る。



「クロウスはもう、人を殺したり、しないんですよね」


「絶対とはいえない。でも、かなり難しくなるだろうな。もともと七番通りは人がほとんどいなくなった上に、お尋ね者ときたら、もう続行は不可能に近い」


「そうですか」そういって、フーミルはまた、遠くを見るような目をした。さっきまで何か俺に不満そうな顔を向けていたのに、忙しい子だ。いや、そもそも違和感がある。いいのか、と。フーミルは、これで。


「本当にいいのか?これで、一件落着で」


「別に、まだ一件落着とはいっていないんでしょう?」


「まあ、そうなんだがーー」


「なんだか、本当に不思議なことなんですけど、今まであれだけ憎んでいたのに。なのに、急に現実離れした感じがして。その、言葉にするのが難しいんですけど、幽体離脱みたいな。本当に、クロウスはそんな人だったのかって。会ってみないと」

 

「ああ。信じ難いかもしれないが、あいつは、狂人じみている。いるが、ただ、狂人なわけじゃない」


「ーー?」


「一言で言うと完璧主義者だ。それもとてつもない。だから、ある程度人間じみた行動もできる。ただ、殺しに一家言あるのか知らないが、殺すなら出来るだけ効率良く、そして自分で制約を決めて、それをできる限り守ろうとする。そういう人間だと分析した。躊躇いなく人を殺せるというのは、そりゃ間違いなく狂ってるわけだが、それだけじゃない。工夫。クロウスにとっては、作った制約のなかで効率良く、そして出来るだけ自分が楽しめるように、殺しをやる。あいつはすりるがどうとか興奮がこうとかほざいてたが、畢竟、興奮したいだけなら、直ちに殺人者になり下がればいいのさ。いつでも追われる身はそりゃあ大興奮だろ。でも、そうしない。だから、厄介なんだ」


「そうですかーーでも」


 フーミルは正直で、端的に答えた。まだ感情を整理している途中だろう。そのあと情報を整理して、それからだ。行動を決めるのは。今はそっとしておくべきだろう。それでも、聞かずにはいられない。


「でも?」


「でもーーその」


 フーミルは目を伏せた。長いまつ毛が光に照らされる。


「わーー私、死のうと思ってたんです」


「……」


「すごい勝手な事なんですけど、スケルトンさんに相談してた時は、取り乱していて、いっぱいいっぱいで……。正直、恨んで、辛くて、怒って、今まで、生きてて、これ以上ないくらい。だから、大事なことに気づけていなかったんです。ーーリオネス様が、いない」


「……」


「リオネス様がいなくても、世界は終わりませんでした。というか、いつもより異常なくらい、正常に。少し、静かで。そりゃあ、人はいないんですけど、いつもより。でも、落ちる水の音や、風が私を切る音が、やけに大きく聞こえて、あのヒカリゴケが一層光っている時に、私。


 ーー死のうって思いました。どうしてでしょうね」


「あんたのせいじゃない」


「そうじゃないですよ。聞いて欲しかっただけ。リオネス様がいない世界なんてーー、想像も出来なかったのに。あり得ないと、思っていたのに」


 フーミルは、卓の上に両手を出して、合わせて、切れそうなくらい、強く、握りしめた。


「あんたは、悪くない……」



 いつのまにか、俺はその骨ばった手を、フーミルの手に重ねて、包むようにしていた。どうしてこうしたのか、俺も分からない。分からないが、それはフーミルにとって、悪いことではなさそうだった。俺なりの、人の怪我自体は癒せても、人の痛みを癒すのが苦手な俺なりの、精一杯だったように、思う。


「違いますよ。そんなことじゃない。言いたかったのは。ただーーありがとうってだけ。ハウエル。私をもう一度、生きたいと思わせてくれて、ありがとう」


「……」


 どう返すべきか分からなかった。この胸にはやはり言いしれようのない思いがあるはずなのに、頭では何も分かってはいない。分かったつもりになっているだけ。狂っているのは。俺のほうかもしれない。クロウスより。ずっと。


「……ハウエル?」


「ーー?あなたの名前でしょう?」


「ああ、……そうか」名前で呼ばれたのは、本当に久しぶりであった。そうだった。俺の名前は、ハウエル。ハウエル=フォン=ハイネック。名前を思い出すと同時に、俺も、言いたかったことを思い出した。



「フーミル、俺もーー」


「……?」


「あー、いや、その」


 と言いよどんだ時、コツ、コツ、と窓を叩くような音がした。俺とフーミルが振り返ると、鳩が窓の外で首を

傾げていた。


「アレは……ギルんとこの、伝書鳩」


 この鳩があの時の鳩と同じなら、二往復もしてきていることになるが、伝書鳩が道を覚えている分、おそらく同じ鳩なのだろう。働き者で非常に感心だ。

 中身を開けてみると、ギルの走り書きの手紙がしたためてあった。



『全く、休刊日に働かせるとは、王子も人使いの荒いことです』


「何いってんだか」俺は苦笑した。


「どうしました?」


「いや、なんでも」


『結論から言いますと、ワタクシたちは、クロウス第二王子の確保に”失敗”致しました』


「ーーなにっ!?」


「だから、どうしたんですかっ」


 驚きに固まっている俺の脇から、無理矢理顔をねじ込ませたフーミルは、そこに書いてあった文言を見て、息を呑んだ。かいてもいない汗が、さあっと引いていく感じがした。代わりに、背中を何か恐るべきものが、つたって這っていくような、感覚がした。


「ーーそんな。どうして」


『失敗というのが正しいのかは分かりませんが、事実のみを申し上げますと、クロウスは、アルバッカスの近衛兵団に見つかり、保護されました。そう。反乱は起きませんでした』


「嘘だろ?」どうしてだ。これ以外の機会は、アルバッカスにはないはず。どうして奴は反乱を起こさず呑気に、7番通りの見回りなんかやっていたのだ。


『理由は分かりません。とにかく、反乱は起きませんでした。そして、我々が到着した場に、アルバッカスの近衛兵がいて、もちろん揉め事になりました。何を出歩いているのか、と、命令も出ていないというのに、偉そうな顔をされてね。なんとか解決の目処が経ったぐらいの時に、王子へ手紙を送ったので、予定よりだいぶ遅れることとなり、その由も書きましたが、今一度ここに謝罪いたします』


 となると、反乱を起こしていないという情報をあの時、クロウスは知ったのだ。しかし当然、俺は見れなかった。この時点で、クロウスには二つではなく、三つの選択肢があったのだ。


 ギルより先に、アルバの近衛兵に捕まり、彼らは事情を知らず甘めの監視しかしないであろうから、すぐに魔法無しで脱走する。その作戦をあの時点で立てて、それを実行するつもりだった。一瞬の情報の取捨選択のうちに、最適解を導き出し、そして、フーミルと俺を脅したのは、単に考えるための時間稼ぎか、ねんのための確認をしていたのだろう。信じられない胆力だ……にわかには。


『クロウスが湖に浮いてきて、初めに確保したのは近衛兵でした。クロウスは疲弊しているようでした。


 演技かどうかは、分かりませんが。私たちも、悔い下がりましたが、なんせ立場が弱かったので、クロウスを持っていかれてしまいました。

 あちらには、殺人鬼を捕まえるという目的のほかに、王子を探すという大義名分かがありましてね。どうしようもなかったのです。探し回っている殺人鬼を、自らの手で保護することになるなんて皮肉なことでしょう。

 さて、彼は王宮へ送還されることになります。


 私たちは、もちろん大勢で宮殿に立って、脱走してくるクロウスを待ち構えることは出来ません。

 近づくことすら難しい。故に、私たちは言葉で勝負することにします。ペンは剣より強しってね。夕刊になりますが、号外で王子生存の報を出しましょう。そして、近衛兵の活躍を、誇張したって良い。とにかく前へ出しましょう。これでもし、その次の日にでも彼に脱走されていたら、近衛兵の面目丸潰れですからね。ある程度監視を強める効果はあるでしょう。


 それと、その時は王子脱走にかこつけて、私どもも、王子に関する情報には懸賞金をかけましょう。嘘を言う輩が、わんさか出てくるでしょうが、心配有りません。慣れていますからね。さて。王子がこれからどうするか、ということです。今一度、私のもとまで来られることをおすすめしますが、あなたはそうはしないでしょうね。次の舞台があれば、その時は読んでくださいな。いつでも駆けつけましょう』


「クロウスはあの時ーー」俺に手紙を見せなかった。手紙を見せれば、やろうとしていることがバレてしまうため。フーミルは声を一段落として、言った。


「ーーまだ、終わってはいないと、そういうことなんですね」



 俺は、握り拳を固めた。


     ※ ※ ※




 同時刻。宮殿。


 石造りの地下の一室に、むこつな格子の扉。それにそぐわないくらい豪奢な椅子が二脚。こんな時化た部屋に、そぐわないくらいの覇気を纏った人物が、二人。


「こんにちは。ご気分はいかがですか」二重敬語は、王族には正しい文法として用いられる。アルバッカスは巨体を甲冑に包んで、もともと眉間に縦皺の入った顔をさらにくしゃくしゃにした。本人からすれば鎮痛な面持ちをしているわけなのだが、そもそもが強面なので、勘違いされること待った無しである。


「まあ、だいぶ悪くないよ」


「心中お察しします。私どもは、この身を賭して、リオネス殿のような悲劇が二度と起こらぬよう」


「ーーどうも有難う」


 まるでクロウスを憂いているようなことを言うが、本当は警戒に満ちていること、クロウスは知っている。隣の武装兵がいい証拠である。しかしーー。


「ただ、王宮に銃の持ち込みは不味いんじゃないかな。戦争兵器のはずだよ」


「ーー?そんなこと……。滅相もございません。銃など、持ち込んではおりません」


 クロウスは木製の安楽椅子に、深く背中を預けた。


「右の武装兵の、外套の左内ポケットの中。確認してご覧」


 アルバは外套を脱がせて、確認すると、最新式の小型拳銃が出てきた。彼は怒りの形相で、武装兵を睨みつけ、王子の手前それ以上はしなかったが、おそらく席を外せばーー、彼は武装兵を下がらせた。


「私めの責任でございます。どんな処分でもーー」


「そうだね。罰がいるな」


「……」アルバは、今、まさに『沈痛な面持ち』といった感じになった。いつもこの顔をしていれば、他の者から恐れられれ近寄られない事などないのに。クロウスはそんなどうでもいいようなことを考えてしまったことに苦笑した。


「代わりに、そうですね。あなたも出してもらいましょう。拳銃を」


「なんですって?誓ってそんなーー」


「……甲冑の背中側の隠し口の、留め具と留め具の間」


「……私の負けです」

 

 と、彼は腕を後ろ手に回して甲冑の留め具を外し、ゴソゴソと弄り始めた。しかし、彼の顔は不敵な笑みを浮かべている。勝利を確信している眼である。鷹の、眼である。


「……しかし、勝負にはまけても、戦いには勝ちましょう」


「……レベルカの片手剣」


「その通り。慧眼恐れ入ります。ここは魔力が通用しないよう、呪物が呪いをかけております故、貴方の力は通用致しません。おっと、探して抜こうとするのも悪手ですぞ。この剣は抜いて叩き折っても、しばらく効果持続するのでね。故に貴方はーー、……ッ?」


 ーー内ポケットを探れど探れど、どこにも、望みのものがない。

 一瞬怪訝な表情をしたあと、アルバの顔がみるみるうちに青ざめ、歪んでいく。つまらなさそうな顔をしたクロウスは掌くらいの鈍色に光る銃を、取り出す。


「ーーああ、もう僕が預かっているよ。それは。君が持つと、撃たれそうで怖い」


「……。物盗りとは、王子としてあるべき姿とは思えませんな」あくまでアルバッカスは、取り繕う。


「君の言えたことではないでしょう」


「面目ない」


 余裕の剥がれ落ちた顔を虚勢で塗り固めているように、クロウスには見える。これから命乞いに目的がシフトするやつの、顔。だからこいつはもう用済みで、これ以上生かしても面白いことはしてくれそうにない。故に、十分だった。


「面目ないってさ、合わす顔がないって意味なんだって」


「はあ……、ーーッ!?」


「ーー文字通りにしてあげるよ」


 そして、その顔に銃口を、向けた。




     ※ ※ ※

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