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○第二十二話○ターニングポイント


「あんた、どうして排水口に向かっているんだ?他国に逃げ延びるんじゃなかったのか?」


 こういうとき、犯人を崖っぷちまで追い詰めた時、一番大事なのは、名推理を披露することではなく、会話の主導権を握らせない事だ。こちらが質問し、相手が答える。その優位性を崩さない事だ。


 まあそれもーー。


「……」


 相手が答えなかったら別だが。


 当のクロウスはこちらを見つめたまま、考え事をしているような、していないような顔をしていた。取り敢えず話は聞いてくれるようだ。


「まあ、それはいいとして、あんた、俺の話を聞いてくれるか?どうして、あんたは俺を捕捉できたのか」


 クロウスは答えない。


「俺は距離にして一キロくらい、おそらく魔力展開が届かないであろう場所にまで逃げた。それでも追いつかれたのは、あんたの魔力感知が恐ろしく精度がいいからだと思っていたが……それは違う」


 クロウスは応えない。


「俺はさっき、静電気という現象を体験した。発見自体は古くからしていたが、謎の多い現象だ。空気が乾燥していると起こりやすいらしいが、湿度の高いパイプじゃなかなか起こらない現象だよな?」


 クロウスは答えない。


「あんた、何か細工したよな。あれは、静電気じゃない。いや、静電気なのは確かなんだがーー。自然に起きた静電気じゃない。魔法だ。あんたは、魔法を使って、俺の位置を特定した。そうだろう?俺に、あの時、お茶を淹れた時、俺を帯電させた。俺はあの時、魔導具を使って魔力感知をやっていたが、もちろんなにも感じなかった。魔力を流して、魔力中毒にさせようとすることはなかった。しかし、魔力はすでに電気に還元されていた。あんたは俺を『帯電』させるべくお茶を淹れた。電気には二つの種類があって、正と負だったか?まるで磁石みたいに惹かれ合うらしい。そしてあの時、魔法を発動させて、俺に感電させたんだ」


 クロウスは……笑っている。


「なにがおかしいんだ?あんた、出し抜かれたんだぜ?俺に、だ。それに、どうして排水口へ向かっているのか、その理由を聞いてないぜ」


「……五十点」


「なんだって?」


 さわやかな笑みである。まるで裏表のない、百人見たら百人が好感を抱きそうな笑みで、クロウスは言う。


「半分、正解。たしかに、出し抜かれたようですね。まさか、頭蓋骨の取り外しができるとは、それどころか、火鼠の口内に入る事で、魔力展開の網も抜けた。さらに魔力もカモフラージュできる。素晴らしいですよ。どうやって従えたんですか?」


「魔導具だ」


「……ほう。如何にして」意外そうな声を上げたクロウスは続きを促す。立場が逆転している。このままではまずいと思いながら、それでも俺は説明する。


「昔話をするとな、そもそも、魔導具っていうのは呪物だ。人が活用するためにできたものじゃない。その全ては、魔獣の骨だったり、皮だったり、鱗だったり、屍体の一部さ。魔力を扱えるものは、死ぬときに大量の魔力を吐き出す。それゆえにある屍体の一部は、魔力を保持したまま残り、魔導具と化す。魔に導くと書いて魔導具。それらは使いすぎると、魔力中毒になり死に至る。しかし、元々はそれが正しい使い道だった」


「それと、あなたの身体が魔獣に大人気であることはどう繋がりが?ーーああ、あなた自身が」


「ああ、俺の身体は魔道具だ。魔法はほとんど使えないが、それは魔力がないからじゃない。穴の空いたバケツのように、湧いては消費しているからだ。俺の存在を、保つためにな。だから、俺の体の一部は、俺から離れると魔導具になる。だから、魔力の塊であるそれに魔獣は食いつく。知能の高い貴族種で、取引をした。それだけだ」


 俺は火鼠の方を見やる。髭を忙しなく動かし、震えている。格上の存在と、あまり同じ空間にいたくないようだ。クロウスは小さく拍手をしながら、言う。


「素晴らしい。本当にそう思います。しかし、後は間違い。全て間違いです」


「はあ?」


「はあ?じゃあないんですよ。兄様。こっちが恥ずかしくなるなあ、魔法なんて使ってませんよ。貴方を追うのに。火鼠の件はね、火鼠の大群の、少し後ろについて行って、魔力展開をして、兄様が逸れたあたりでそちらに、気取られないくらいの距離を保ってついて行って、それで機を見計らって出てきただけです。それに、雷魔法はそんなに便利じゃございませんよ。静電気くらいに出力を小さくできるほど、あの魔法は調整が効く訳ではありません。まあ、雷魔法は大して研究の進んでいない新参者の魔法ですから、誤解があっても、仕方のない事なのですが」


「……」


 たしかにそちらの方が辻褄が合う。俺は歯噛みした。南無三、と言うふうに。俺の推理が外れたのが不味いのではなく、いつのまにか会話をクロウスが動かしていると言うことに、俺は危機感を感じていた。


「ーーじゃあ、お前、なんで排水口に向かっているんだ」


「『結果的に』排水口に向かっていただけです。この先、あと少しで他国へ通ずる穴があるのですよ、兄様」


「都合がいいじゃねえか」


「偶然ですね」


 睨み合いが、といっても攻撃的な顔をしているのは俺だけだが、続いて十秒は経った頃に、ピタンと音を立てて水滴が落ちた。長いため息をついたのはクロウスだった。彼は笑みの仮面をやっと外して、不満を表したいのか唇を尖らせる。これも仮面なのかもしれない。


「いいですか、僕には時間がありません。生死がかかっているんです」


「あんたが死ぬ時は、世界が終わる時だろ」


「兄様」クロウスは語気を強める。まるで聞き分けのない子供をあやしているようだ。


「兄様は、状況が読めない人ではありません。どうか先へ行かせてください」


 という言葉とともに、クロウスはもう、先へと歩を進め始めている。決して火鼠の唾液ではない。なにか冷や汗めいたものが、俺の頬をつたう。……さあ、どうする。


 彼はもう俺を跨いで、五歩は進み始めている。俺はーー覚悟を決める。


「おい、待てクロウス」


「……。まだ何か?」


 気怠げに振り返ったクロウス。俺は顎関節を目一杯活用して、振り返ろうとして、ゴロンと横に転がってしまう。しかたなさそうに火鼠が後ろ足で俺を蹴った。かなり乱暴な方法だったが、俺はクロウスの方を向いた。


「状況がわかってるなら、尚更俺はあんたを先に行かせてやれない」


「ーーだから何故」


 俺は大きく息を吸う。



「……あんたみたいな人殺しを、野に放つわけには行かないからだ」


 









「ーー撤回しませんね」



「ああ」



「後悔しますよ」



「ーーああ」



「……」



「………」



「ーークロウス?」


「冗談じゃあ、済まされませんなあ」


「ーーッ。ああ」


 彼は笑っていた。それは、言葉にしていいのか迷うほど、恐ろしく、おぞましく、そしてーー、非人間的な。その肌の内側には、人間とは全く違う生き物が潜んでいるのではないかとすら思える、人間らしくない笑みである。今までの違和感が、ここに収束し、弾け、俺は確信を持った。


 ーーなにが「ただの」クロウスだ。


 ーーお前は、ただの怪物だ。



 こいつが、七番通りの殺人鬼なのだ。




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