○第二十一話○追跡
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ずっと見ていた。時間にするなら、三十秒くらい。
スケルトンさんの出て行った後の扉を、ずっと見つめていた。
彼と交わした言葉が、フーミルには、まるで前世の大事な記憶のように思えた。幽体離脱みたいに自分を俯瞰して、記憶をまどろみの上に浮かべて、その上に乗って、空を見上げれば、そこには全てがあった。
「白兵戦じゃ一度も勝ったことがないーーね」
あの話には続きがある。リオネス様は、どうやらご機嫌ななめだったらしい。「私も不戦敗して嫌なんですよ!私をいっつも魔法で打ち負かす男の子がいて、最後の勝負を、あろうことかすっぽかされたんです!勝ち逃げされたんです!」なんて子供みたいに喚いて、本気で悔しがっていた。もうその時は十五歳だったのに。でも、相性がいいだろうな、と思う。
子供みたいなリオネス様と、妙に大人っぽいスケルトンさん。リオネス様は、わたしが彼のことを聞くときと、彼のことを思い出すときだけ、なにか、ふさわしくないくらい大人っぽい笑みをたたえて、
「まだ、帰ってこないんですか、なんて言わない事です。帰ってきた時を考えた方が、有意義だし楽しいですよ。私は、もちろんおかえりなさいって言った後、取り敢えず殴りますね。十発くらい。大丈夫です。フーミルにも分けてあげますから」
と子供っぽいことを言うのだ。笑ってしまう。
「そうだ」
フーミルは思いついた。彼が帰ってきたら、おかえりなさいと言おう。そして、本当の、名前を呼ぼう。リオネス様が、それで喜ぶ気が、した。
窓の格子に手をかけた。
「あて」
ぱち、と電気が流れて痺れた。
※ ※ ※
「ーー?」
クロウスは振り返った。水の雫が、ただ排水溝に落ちるだけのありふれた音にも、彼は警戒せざるを得なかった。もちろん、魔力展開をしている。クロウスには、今、空から降って来る雨雫の数だって数えられる。それでも、警戒せざるを得なかった。
クロウスは外の世界でなく、排水口へ向かっていた。覚えている道筋は完璧ではない。もっと短くて済むこともあるかもしれないが、彼の足取りに迷いはない。迷ってしまったら、追いつかれてしまうかもしれないからだ。あと少し、あと数分歩くだけで良かった。ただ、その数分が長かった。
ふと、クロウスは足を止めた。自分の領域に、何かが入ってきた。
丸い。四足歩行動物。駆け足くらいの速さ。しかし、どうやら対象は焦っている。……と同時に期待も感じているようだ。どういう成り行きだろうか。
必要な情報を受け取ると、クロウスはすぐさま魔力感知に切り替えた。今度は、魔力面から対象の情報を受け取るために。
「……またか」
火鼠である。魔力量からして、おそらく臣民種。ただ、それにしては、少し大きいような気もする。
しかし、クロウスにとって大事なことは、それが奴でなかったということであった。クロウスはまた歩き出した。このままだと火鼠と合流してしまうが、奴でなければ、どうでもいい。
やがて、小太鼓を打ち鳴らすような音とともに火鼠がやってくる。と思っていたがーー。
(どういうことだ)
火鼠が姿を表した時、クロウスは違和感に形のいい眉をひそめた。火鼠は、何か体を引きずるようにして、這っているようにして、重々しく歩いていた。普通ならありえない事だ。疲労の色が濃い。それに、体の模様、肥え具合からして、これは貴族種だ。
この不可解な事実に、クロウスは一つの仮説を立てた。
「天敵から、逃げ延びて来たのか?」
しかし、その仮説は間違っていると思った。彼が感じる絶対的な違和感だった。それは。
事実や、裏のとれた情報。信用すべきそれらとはまるで反対の、訴えかけてくる本能のような感覚、それはいつぶりだったろうか。あまりにも、危機というものを経験したことがない。経験できないクロウスは、それを信用することができなかった。
その予感は、的中すると言うのに。
「そうだよ」
信じられぬ事が起こった。火鼠が喋った。クロウスは瞠目すると共に、冷静に頭を回す。いや、それはありえない。
火鼠がその大口を開ける。思わずクロウスは身構えるが、火鼠の構えはそれは、攻撃というよりは、えずくような、原始的な開き方で。
ゴロン。と、その口から転がり出てきたものはーー。
「と言っても、天敵ーーは俺の方だけどな。でもやっぱり、役者不足か?」
見慣れた頭蓋骨が、喋っていたのだった。
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