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○第二十話○いってらっしゃい

クロウスはひどく呆気なく、家を出ていった。意識したのか、戸を閉めた音はわりかし小さく、余韻もすぐに消えてしまった、




     ※ ※ ※




 フーミルが扉をみつめたまま呟いた。

「勝手なひと……。人の気もしれないで」

「俺はほっとしたよ。下手に話題になることもなかったし、あんたも、大人だった」


 クロウスは結局、リオネスに対して何か気に触るようなことも、興味本位で聞くこともしなかった。クロウスらしい、俺から見たクロウスの行動としては違和感のないものだった。


「ところで、あんたはどうするんだ?」

 

 と聞いてすぐ、俺は後悔した。大事な人を亡くしたばかりの彼女に、これからどうするかって?そんな残酷なことを、少女に聞いてしまうとは、大人としては配慮が足りていない。


 フーミルとリオネスが恋仲とかなんとかぶちまけたギルの新聞社も悪い。悪い大人ばかりで申し訳ない。でまかせや誇張表現だって、含まれているかもしれない。というか、そもそも、恋仲である証拠は無いのである。


「そうですね、取り敢えず家に帰ります。元々は、私が取り乱していたのが原因です。すみませんでした」


「謝らなくていい」


 十分過ぎるほどだ、と思った。フーミルは、十分すぎるほど頑張った、と思った。


「リオネスのことは、俺も悲しい。本当だ」


 本当だった。だから、(リオネスは空からみまもっている)とか(リオネスは不滅だ)とか、俺が言っても空々しくなりそうなことは、言わなかった。


「強かった。初めから強かったわけじゃない。意外だろ?武の化身には生まれながらの才能で成ったなんて、嘘っぱちだ。まあつまり、負けん気が強かった。白兵戦じゃ勝ったことがない。魔法戦は、最後は俺の不戦敗だ。あと、時間にうるさくて、物理的にもうるさくてやんちゃでーー」

「悪口になってませんか?」

「ーー厄介だけど、格好良い……姉貴分だった」

 沈黙が降りた。何度か、フーミルが上目遣いでこっちを見やった。綺麗な翠の瞳だ。深く青い緑だ。俺は頷いた。フーミルは話し出した。

「私はリオネス様の父方の祖母の筋の家に生まれました。いつだって、男の子を立てなければならなくて、ご飯を食べるのも、挨拶をするのも男の子が先でした。勉強の内容は全然違いましたし、皆んなから女にはこうこう、こういう役割があるのだ、と嫌というほど聞かされました。逆に男の子は?って聞くと、男はもちろん、自由だと言われました。それが普通だと思っていました。そんなある日に、たまたま、御前試合にお呼ばれして、父様は大喜びで……、大喜びで負けろとおっしゃるので、私は負けました」



「ーーそれで?」ちなみに御前試合に呼ばれるのは「たまたま」じゃ無理だ。魔法の非凡な才能と努力があって初めて立てる舞台。余興みたいなものだから不定期開催ではあるが、フーミルは才能一本でその舞台に立った。



「それで、リオネス様がいらっしゃって、こう仰りました。『敗けるんですか?』って。『勝ちたかったんじゃないですか?そんなふうに負けるなんて、戦わずして負けるみたいな、情けないじゃないですか。勝ち負け問わず、自分に敗けていいんですか?』って、言い淀んでいると、『本気で負けたかったのですか?だとしたら下手ですよ。もっと上手く負けてくださいよ、イライラします』って。私もカチンときて、『もちろん勝ちたかったです。でも、私は女だからーー』って言い終わるか終わらないかのうちに、手を取られて、『やっぱり勝ちたかったんですね!?』って。あの人にとって、男の子がとか、女がとか、本当にどうでも良かったんですよ。その生き方に、私は憧れました」


 フーミルは嗚咽も、鼻を啜ることもしなかった。ただ、遠くを懐かしむように見ていた。顔には微笑みすら浮かべていた。


 そうか、ものを率直に言うところが似ていると前々から思っていたが、そうかーー。


「らしいな」


 よくよく考えてみれば、相手を敬っているのかいないのかよくわからない言葉使いも恐らくリオネス譲りのものであろう。

 クロウスはどうも気づかなかったらしいが。


「……いや」


「どうしました?」


 クロウスはどうして気づかなかった?フーミルのことは知らないはずがなく、しかし、奴の性格からして、リオネスを守れなかった謝罪くらいしそうなものだが、フーミルに対してはしなかった。そもそもーー。


「ーーあ」


「だから、どうしたんですかって」


 どうしてフーミルの二色目の魔力に、クロウスは何も言及しなかった?「フーミルは二属性持ちですね」なんて一言も言わなかったし、気付いた素振りすら見せなかった。魔力感知がなくとも、クロウスは気付くだろうし、気付かないはずがないのだ。


 天上のヒカリゴケが、明滅している気がする。そろそろ替え時かな?……いや違う。俺だ。俺が、軽い目眩になっている。そうさせるほどの緊張が、この背筋を伝っている。背筋どころか、もっと深く、背骨をねぶられるような。今、俺は巨大ななにか暗いものの、紐を解こうとしている。


「フーミル、お前、属性は土だよな?」


「はい。そうですけどーー」


「体調はどうだ?」


「え?いや、まあ、ちょっと頭が痛いというか、そんな気が」


「……火属性に適性は?」


「ーー分かりません」


 十三才だから、まだ適性が決まっているわけではないし、そりゃあ違うかもしれない。でも、俺の考えが、もし合ってたら……。


「悍ましいな」


「え?」


 フーミルが聞き返したが、それには返さず、玄関に向かって、気づいたように立ち止まる。


「ああ、悪いな、これからちょっと出かける。ヒルになったら戻る、もし、戻らなかったらーー」


「ーー?スケルトンさん、何ーー」


「この紙に排水口の場所が記してある。それでーー」


「何言ってるんですかっ」


 フーミルに肩を掴まれた。意外に指先の力が強い。振り向くと、目に涙を溜めたフーミルがいた。さっき、目の腫れがおさまったばかりだったのに。


「もっと、なんかあるでしょ、説明とかっ。スケルトンさんも、リオネス様もそういうとこ、ありますよね。なんでも一人でできるからっ」


「っ、分かった、分かった。悪かったって」


「ーー分かってない絶対なんにも分かってないっ」


「わ、わーってるよフーミルに危害をおよばせないために俺はーー」


「ほおら、分かってないっ!!っう……。一人でなんでもできるからってぇ、なんでも一人でして良いわけじゃ、っく。ないもん……」


 とうとう嗚咽を零し始めたフーミルは、右手の甲で涙を拭いながら、左手で俺をぽかぽか殴り始めた。俺は誰も見ていないのに慌てふためいて、辺りを見回す。


「まっ、待て待て、待ってくれよ」


「っぅう……待ってほじいのはぁ……こっじのほうよぉ……」


 すっかり弱ってしまった俺は、泣きじゃくるフーミルに胸を貸して、頭を撫でるくらいしか、できなかった。


 撫で続けた。




     ※ ※ ※



 しばらくして。


「ーースケさん、何やってるんですか?」


「ん?手紙」


 強い子である。フーミルはもうさっきのことがなかったかのようにけろりとして、部屋の掃除をしている(散らかっていると気分が悪いらしい。俺にはよく分からん感覚である)。


 俺は、クロウスに特攻するのは諦めて、ちゃんと作戦を立てることにした。

 そもそも、俺が勢に任せてクロウスを追ったとしても、魔力感知で感づかれて遠ざかられるだろう。俺はほとんど魔力がないはずだが、彼はそれでも拾ってきた。もっともこれは、推測が正しければ……。

 見せ物やでよくやる劇の中に、名探偵もののシリーズがある。ああいう時は名探偵役はいつだって名推理を椅子に座って披露するだけでよかったし、もしくは、犯人がいつのまにか崖っぷちに追い詰められていて(そんな大掛かりな仕掛けは七番通りの見世物小屋にはないが、演技次第で、不可能ではないようだ)、悠々としゃべりたくるだけでよかった。しかし、今回は、崖っぷちに追い込まれているのは俺たちの方だと言っていい。それに、何もかもは分からない。例えば、奴の目的。例えばーー。



「あ、鳩」


 突然、フーミルが呟いた。驚いて、窓の格子の方に目をやると、いつの間にか体から抜け出ていた鳩が、窓を突いては、首を傾げていた。


「お、時間か。ちょうどよかった」


「?」


 俺は鳩に、便箋を括り付けて、窓を開けた。取水口はすぐ近くだから、すぐ送り主に届くだろう。


 ……さて。


「フーミル、いいか」


「戻りますよね」


「ああ、戻る。約束する」


「戻ってくるまで帰りませんからね。私餓死しますからね」


「……それは勘弁してくれ」


 どうして、男の子はこうみんな阿呆なのかしら、というような顔をして、フーミルはそっぽを向いた。その驚くほど小さい背中に申し訳なさを感じる。俺が、不甲斐なくて悪かったと、思う。俺が以前のままでいれば、なんて、今まで考えもしなかっただろうことが、ボコボコ浮き上がってくる泡のように、出ては弾ける。

 もっと、時間があったら。


「帰ったら、話を聞きますからね」


 どうやら、その後悔は不要だったようである。


「ああ」


 俺は、ドアを開けた。


「いってらっしゃい」


 閉めた。


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