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○第十七話○誘拐

   ※ ※ ※


 俺とクロウスは、夕飯のために下水溝に釣りに来ていた。フーミルは家に置いてきて、だ。フーミルは言葉には出さずとも、顔はふくれていた。素直な性格である。ただ、フーミルとクロウスを二人きりにするとそれこそ危ういので、許してほしい。



 釣りには一家言ある。魚は釣っても釣られるな、という話である。俺の場合、身体が軽すぎて魚に竿ごと持ってかれるんで、重石を持っていく必要があるが、今日はべつに必要ないかもしれない。


「おい、クロウス。今日はお前に生き抜く知恵というやつを教えてやる。いいな?」


「はい」


「釣りは殺るか殺られるかだ」


「はい?」


「ここにいる魚は全部魔獣だ。大体人間には凶暴だから、晩飯は俺たちのほうになるかもしれねーけど、よろしく」


「はあ」


 排水溝、便宜上排水溝と呼ぶが、中身は川と変わらない。魔力が満ち満ちて朧げに光るむしろ清流とさえいえるものが、パイプの排水溝の正体である。流れが速いところには魚はとどまっておけないため、脇道に逸れたところにできる溜まりによくいる。


 まあ知っているのと釣れるのとでは全然違うけれども。


 雷魔法でも打てば簡単に釣れるのだろうか。


雷魔法。光魔法の派生。火に近い。魔法の中では唯一、基本魔法が極大(災害)魔法に分類される、非常に危険な魔法。

 行使すると、ある手順を踏まなければ制御不可能。

 クロウスをはじめ、使えるものはごく少ない。上空で大気中の魔力と魔力を擦り合わせ帯電させ、上と下で固める魔力に差を作って陽と負で分ける(氷魔法で粒を作ることもある。)すると避雷針などがなければランダムに落ちる。威力は生き物を問わずほぼ即死するくらいの暴虐。あらゆる防御は貫通し、爆裂魔法を凌ぐ。極めると、小さな雷も作れるらしい。クロウス曰く。




 さて、そんなところで、俺はクロウスを連れて釣りに来ていた。俺一人で行くとフーミルと二人きりにさせてしまうし、連れてきたって手持ち無沙汰だが、これ以外にいい案を思いつかなかった。

 釣り糸を垂らした。クロウスの方は、そもそも釣り糸が絡まっている。まあ、当たり前だがてぇてぇのシロートがそうそう釣れるものではなく、彼が簡単に釣ることができるのはそれこそ女の子くらいであろう。


 ウキがうんともすんとも言わない中、俺はクロウスをどうやって迷子にさせようかと、考えを巡らせていた。彼と一夜を共にするには少し危険だ。と思ったのは、さっきの茶会の件のこともある。正直信用できない。クロウスは至高の天才だから。こいつなら近衛団なんかその場で返り討ちにできる。リオネスを守れる。なんなら、反乱を単騎で沈められる。なのにそれをしない。反乱が起こった方が都合が良いと思っている。と考えた方が自然だ。こいつの行動は不自然だ。

 しかし、理由が弱い。こいつから醸し出される紳士的で不気味な雰囲気が証拠になったら、今ごろこいつは檻の中なのに。


 今の俺にとってクロウスは、『妙に自らを過小評価した行動を取る小市民ぶったところがあるのに、圧巻の魔法の才をもち、さらに何考えてるかも、どこで嘘ついているかもわからない、そんな弟』である。


「なあ」


「はい」


「お前はこれから何をしたい」


「そうですね、、、反乱が終わるまで身を隠して、他国に逃げ延びましょうか」


 クロウスは俺や国への敬愛の念があるのにそこは妙に現実的だ。そう。妙に平凡な感覚だ。普通のやつがそれ言ったんなら納得だが、人間が人間なんで怪しい。しかしこれも理由に弱いし、クロウスも目ざとく気づいて、二回目からは違和感のないよう修正してくるだろう。全く、こんな衰えた頭で頭脳戦とか勘弁してくれよ。


 鎌かけるか。


「そういや、七番通りに、殺人鬼が出ているらしい」


 ここでとぼけたら確黒だ。王子たるもの知らないわけない、と思う。殺人鬼か否かに問わず、失格である。


「ええ。犯行が組織化されていますし、恐らく集団でしょうね」


 かからなかった。さらに自論を展開し情報を教えている。殺人鬼には関わりがないのだろうか。というのは早計か。


「お前がやったんだろ?」とかいって反応を見ても良いが、こいつは顔に出るとは思えない。


「決まった人物を、誰も見られていないところで、か」


 ワサツミによると、犯人は一人もみつかっていないそうだ。いくらヨルとはいえ近衛団も自警団も巡っていれば、主要な道には街灯(魔導具。高価)もあるので、出歩かない人がいないわけではない。なのに二十回もやっているのに見つからない。一人も。ヒルの間に入念な下調べを目立たずやっているのかもしれないが、それにしても手際が良すぎる。沢山の不自然がこの一連の事件にちりばめられている。


「……」


 時間が流れていく。クロウスの横顔をうかがえど、なんとも色が見えない。ウキは、複雑な流れに押されてゆらめいている。俺はウキのように、ひどく複雑な問題に足を入れてしまったのかもしれない。


「……」


 急に、リオネスは良いな、と思った。彼女はもう冷たい土の中だ。たまに水にさらされることはあっても、人に土越しに踏まれることはあっても、全て知りもしないことだ。


「おっ、かかりました」


 先にかかったのはクロウスだった。釣れたのは焼いて美味しい、煮ておいしい鮎(に似た何か。魔獣のため多少見た目が違う)である。こんなところでも才能を発揮されると難儀なものだ。


 俺の立つ瀬がない。掘だけに。


 ツクテーン

 

 その後も追加で何匹か釣った。結局、釣果は俺に軍配が上がった。なんとかメンツを保った形だ。

 まあ、そんなところでいよいよ帰るだけになったわけだが、どうしたものだろう、クロウスはついてくる気満々である。当たり前だけど。


「どうやって逃げたら良いんだ……」


「兄様、何か?」


「いいや」


 と言って俺は適当に誤魔化す。このままクロウスとフーミルを引き合わせたくない。かといって、クロウスは状況を知らない。それどころか、リオネスと密接な関係にあったフーミルだから、いくら警戒していてもいずれ、いろいろリオネスについて説明したがる筈だ。やがてそれは一方的な口論になるだろう。非難でもいい。クロウスはフーミルの心境を知らないだろうから、いつフーミルの琴線に触るかわからない。それはもしかすると、口で語るのではなく拳で語るかもしれない。それは避けなければならない。俺が直接クロウスに伝えるのも考えたが、クロウスに(もしかすると)どう悪用されるか分かったもんじゃない。


「兄様」


 クロウスが言う。その声にはさっきのように気品があるが、緊張に縁取られている。つまりーー


「数がーー多い」


 敬語を忘れて呟くほどの事態らしい。奥から、大きなタンスでも引き摺るような重苦しい音がする。いやーー、恐ろしい数、列になって打ち鳴らされる小太鼓のようだ。

 

「おお、ありゃ火鼠ーーって、俺に向かってきてね?」


 俺は息を呑んだ。どう見たってあの意思を持った黒い壁みたいな群れは俺を狙いすましているからだ。


「ああ!兄様!」



 あっという間に俺は攫われる。腕もげそう。




 ああ、これはーー、運悪く、火鼠の大移動に巻き込まれた。ヒカリゴケが生え変わる前に多いから注意しておくべきだったし、昨日の今日で歯もやったから、三歩どころか半歩歩けば忘れるネズミ頭も、俺のことは覚えていたそうだ。なので、ついでに攫われた。


「あぁぁれぇぇ」


 力なき声が尾を引いて排水溝の壁の向こうへ。もちろんクロウスは追いかける。もちろんクロウスの方が速い。しかしーー。


「おぉわぁぁあ!!」


 加速した。なんと、火鼠の毛一本一本がほと走る烈火となり、馬の駆け足くらいまでの加速を遂げた。間違いない、これはーー魔法だ。


 

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