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○第十三話○地底へようこそ

 ああ……死んだなーーーー。


 フーミルの頭の中に、なんの気もなしに、死の一文字が浮かんだのは、小舟が地面であろうものに向かって垂直になった時であった。


 フーミルの少ない人生経験のなかで、地面と垂直に激突したことなど勿論なかったし、人生経験の無さゆえにあの行為は正に自殺行為のそれであるということが、全くもって気づけなかったのかもしれない。


 ぐんぐんとまるで冗談のように地面はとんでもない速度で近づいて行く。


 いや、違った。わずかに揺れている。これは地面でなく、水面だーー。


 そう思うと同時に、小舟は水面と激突した。


     ※ ※ ※



 …聞こえてくる。


 私の敬愛するあの人の声。


 もう、届かない人の声。




     ※ ※ ※


 「…フーミル」


      ※ ※ ※




 …初めは小さな違和感だった。何故か、喉は渇いていないというのに、起きてすぐの朝から、起きて何か飲まないといけないような気がした。取り敢えずコップに、朝一番に届いた牛乳を注ごうとした。


 手は震えて、瓶を割ってしまった。


 …私はイーストン家に仕える侍女だったから、ある程度の身分はあった。


 個室が用意されていたし、食事も保証されていた。


 だから…すぐに、あの人の死は耳に入った。


「でも…信じられませんよ」



「ふ、フーミル?おーい、聞こえてんのかー」



 あの人が死んだなんて言葉はただのまやかしで、明日から、また、人の目を忍んで顔を合わせに来てくれるのだ。そう、今でも思う。



「だって、そうじゃないですか…いや、きっとそうなんだ…」



「え?何が?」



 葬式すら行ってもらえなくて、文字の上でだけその事実は踊って。あの人の真新しい墓を見るまで、本当に、涙の一滴すら出なくて。それまで、私は何をしていた?それから、私はなにをしていた?


 私は、私は本当にーー。




「あの人が死んでも、何も変わらないなんてーー」





「おい、フーミル!」



「ーー!!」


 ここはーー。


「もしかして、パイプの中?」



「ああ、そうだぜ」



 フーミルは、目の前に広がる光景に、ただただ息を呑むしかなかった。想像以上に、いや、絶するほどに、美しい。

 もっと暗く、ウツウツとした場所じゃないかと思っていたが、パイプなどの割れ目からヒカリゴケが入り出してきたのだろう。鈍色の壁を神秘的に照らしていながらも、不自由のない程度に明るい。

そして、コケ以外にも、葉と茎の揃った植物が道に沿うように群生していて、人の手が入っているのでは無いのかと思えるくらいに綺麗に整っている。


 隣には流される水がザワザワと音を立てながら、その存在を主張していた。


 私はーー。生きて、いたのか。


 何か走馬灯的な物を見た気もするが、きっと気のせいだろうーー。



「いやー。びびったぜ。いきなり独り言言うんだから」



「ええ?なんか言ってたんですか?」



「ああ…。いや、まあ大した事は」


 

 そういえば、スケルトンさんの声で気がついたようなーー。そんな気がする。すると、向こうの方からクロウスの声が聞こえてきた。


「申し訳ありません兄様。少し小舟を止めていただきたくーー」


 クロウスは、水の流れに逆らうように、どこで手に入れたのか、手頃な板のようなものを使って器用に漕いでいた。優雅に。


 …水面に打ち付けられて、びしょ濡れになっていればいいのに。



「ああ、分かった…おいフーミルそんな、猫みたいに睨むなって」


「…そんな顔…してませんよ」


 いつのまにか感情を表情に出してしまっていたらしかった。スケルトンさんはそれをいさめるように私を見るとーー。



「水に落ちる時、咄嗟にかばってやったのは、クロウスなんだぜ」


「ーーえ」


「それと…。どう言えば良いか分かんないが、まあ…あまり気にしない方がいい」


「……?」


 そういうと、クロウスのもとに歩いて行った。


 …。


 ……。


 …確かに、人を殺すような人は、女の子を庇ったりしないのかもしれない。


 でも…スケルトンさんはクロウスが私たちを騙そうと、ただ利用しようとしているだけかもしれないということに、気づいていないのでは無いかと思う。


 大人は汚いってよく聞くもの。クロウスはすごく強いと聞くが、実際どうなのだろうか。


 魔力なんてスケルトンさんと、同じようにほとんど漏れ出していないように見える。


 不意打ちでも、リオネス様を傷つけられるのは、クロウス以外にいないのだ。


 リオネス様と、スケルトンさんのどちらを信じるかと言われれば、やはり…リオネス様だ。


 後ろから…刺すぐらいはできるのでは無いだろうか。



 でも…庇ってくれる人の中で、今まで私は悪い人に出会ったことがない。


 そんな風に私が悶々としている間に、クロウスはスケルトンさんの力を借りて、地面に降り立っていた。


 しかし、



「あ、あれ?重っーー」



 引き上げようとした小舟が意外と重たかったのか、スケルトンさんは小舟を手放してしまった。小舟は水の流れに押されて、私の方へとやって来る。



「あっーー」



 急いで私が手を伸ばすが、すんでの所で届かなかった。小舟の乗る水路は、川幅が大きくなり、誰がどこから手を伸ばしても届かないくらいの場所に行ってしまった。



「す、すみません」


 スケルトンさんに謝るが、当の本人はあまり気にしていないようだった。


「大丈夫、謝るようなことでも無いぜ。ドラゴニックバースト号がなくても、ドラゴニックシェンロン号が家にある。」



 何か、頭痛が痛いような気のする名前であったが、私は深く突っ込まないで、というか、それよりも、だ。



「いえ、腕が取れていますとーー」



「ぇえ゛??」



 そう言ってスケルトンさんが見やると、肘の部分からの骨がすっぽり無くなっていた。舟を引き上げようとしたときに、逆に持っていかれてしまったのである。



「だ、大丈夫……。それより、行くとしようぜ。家に。歓迎するよ」



 スケルトンさんはそう言うと、パイプの中を、私たちを先導する様に歩いて行った。




     ※ ※ ※




 全然大丈夫じゃなかった。


(替えの左腕骨、あったっけなー)


 俺は家を綺麗に掃除しないと気が済まないようなタイプでは無いから、どこにどれが置いてあったかなど、もうあまり覚えてはいないのだ。

 そもそも、記憶力も低下してきていると言うのに。家までの道と、出水口までの道を覚えているので、勘弁してほしい。


 大体、家への別れ道は、ヒカリゴケが多く茂っている方に行くのが正しかった筈だ。別に覚えちゃいなくてもいい。それにしてもーー。



「相変わらずキレーだよな、このコケ」

 


「保有する魔力量が多いほど、綺麗に光ると言いますからね」


 

とクロウスが付け足す。なるほど、ここはパイプの中。魔力の中枢。王国で魔力が最も多い場所だと言ってもいいから、これだけヒカリゴケは綺麗なのか。

 魔力が多すぎて、魔力保有量が常人並みの者を連れてくるとすぐに体調を崩すと言った欠点はあるにせよ、ここは中々の秘境である。


 俺?…いや、俺はそもそも人間ではないから吐き気や錯乱状態にもならない。そうなのだろう。ぶっちゃけると、ワサツミ含め博識そうな人達に聞いても首を傾げるばかりであった。



「まあ、わたしも詳しい事は知り得ないのですがーー」

 

「…そうなのか?昔はあんなに詳しかったのに」


 大して長いこと見てきたわけではないが、彼は…小さい頃のクロウスは、熱心に『図書館』の魔術書などを読み込んでいた記憶がある。

 ゆえに、ヒカリゴケなどの雑学でも、魔術周辺ならば知っている気がしたのだがーー。


 …と言うのがまず一つ目。


 本命はただカマをかけただけ。うろ覚えだったが。なにを探れるでもないが、穴があったら突いておこうと思ったのだ。



「…いえ、最近は恥ずかしながら、本を読むなどの機会に恵まれずーー」



「…大変だな、アンタも」


 ちゃんとした理由が有ったのか。ガッカリだ。

 クロウスは透き通った金髪をすきながら、その端正な顔を苦笑いに歪めて答えた。


「ええ……む、兄様」



「あ?何?」


 クロウスは声色を明らかに変え、後ろを振り向いた。


「後ろから、魔力反応がありました。こっちに向かってきてます」


「魔力…人…か魔物ですか?」


 フーミルが言う。彼女も気づいたらしい。置いてかれてるのは俺だけだ。


 ああ、あれか。クロウスの万能感知だ。魔力があるものの動きが大体分かるって言う。まあとんでもなく便利な機能だって事は、俺にだってわかる。


 まあ、人は訪れる事はないだろうから… 


「いや…魔物だ。クロウス、大きさは?」


「小さいですね。地を這うように移動してます」



 …小さい、火を這うように移動するような魔物?


 俺はそいつに心当たりがあった。




「ああ、『火鼠』だろう。ちょっと火を吹いたりするけど、かわいいし安全だぜ」



「火が出る生き物は安全じゃないですよ…私の魔法じゃ、この床割れなさそうですし……砂魔法は使えません」



「まあ、極鉱石で出来てるしな」



「……」


 フーミルが、言葉を失ったように固まった。この構造物全部が、今の人間の技術では破壊が極端に難しいのだ。と言っても、だ。

 フーミルの奥の暗がりから、チュンチュンと鳴き声が聞こえてくる。火鼠だ。

 クロウスが身構える。


「おいおい、クロウス。…魔物は、恐え強えと、よく言われてるらしいが、大してそうでもないぜ?」


 俺は、口の中に手を入れると、『歯茎ごと』歯を取り出した。


「!?…入れ歯だったんですか」


「ひいからみへろっへ(いいから見てろって)」


 そういって、俺は鳴き声の方向に歯を投げ込んだ。



軽い音を立てて、入れ歯が転がって行く。すると、体毛が赤いネズミのような小動物が二、三匹、入れ歯に群がった。まるで俺の入れ歯が餌であるかのように、かじったり、小鼻を動かして匂いを嗅いだりしていた。フーミルはそれをじっと見ている。普通にネズミとか大丈夫な子なのだろう。


 むしろ、ちょっと癒されてるっぽい。



「…兄様の入れ歯に興味津々のようですね」


「ほうはな(そうだな)」


 なぜかは知らないが、ああいった魔物は、あらかた俺の歯をやってれば大体懐く。

 

 火ネズミは、入れ歯が一つしかないのに、取り合いにはならないようだった。何か、意思疎通を図る特別な手段でもあるのだろう。大方、魔力によるものだろうが。


 火ネズミは、まるで戦利品であるかのようにお互いの背に入れ歯を乗せると、上機嫌でパイプの奥へと帰って行った。


 フーミルが、心配そうに言った。 


「…持って行っちゃいました」



「ひひほひひほ。ほれより、ほうふくほ(いいのいいの。それより、もう着くぞ)」



 別に、代わりなんていくらでもあるのだから、入れ歯一個くらいに気にかける必要は無い。それに、ここにいる大抵の魔物であればフーミルだって簡単に撃破できるやつだ。

 魔物は、飯を食わないだけでぶっちゃけ動物の延長線上の生き物でしかないのである。

 それより、そろそろ俺の家が近い。


 この曲がり角を曲がった所だ。もう、みえてくる。


 水の流れが途切れ、少し開けた場所が出てくる。


 その先、みどりに囲まれ、光で照らされた先。


 そこにーー。




「ほうほほ、ほれのふひへ(ようこそ、俺の家へ)」





 振り返って、クロウスとフーミルに向かって言う。


 …まあ、彼らの仰天顔が見れただけでも、良しとするか。

それは、降り注ぐ光の中にあった。


 周りは植物が競い合うように、しかし均整が取れているように植っている。


 特筆すべきは、家自体にある。


 たくさんのレンガだ。


 さまざまな色のレンガが、積み重なってできているのだ。


 蔦が這っていたり、泥に晒され黒ずんでしまった物ですら、素晴らしい壁の模様に終着していた。


 一件の、レンガ作りの立派な家。


 とてもではないが、手がかかるので、私の住む七番通りの商店などには凝った趣味の人でないとレンガを組み上げたりなどしない、がーー。



「これ、もしかして一人でーー?」



「ふん。(うん)」



「……大変な労を要したでしょうに」

 


 クロウスでさえも、驚きといった顔をしている。

 下の世界から、せっせと運んできて、作ったと言うのか。

 想像を絶するまでの時間が掛かったはずだ。



「ま、ひいからははへはひほーへ(ま、いいから中へ入ろうぜ)」



 言われるがままに、とびらへ近づく。本当に、一軒家と変わらないくらいの大きさである。


 パイプの割れ目から、本物の光が降っている。これがーー。


 そして、よくみると、植物に囲まれた小さな池らしきものもあった。庭すらつくっていると言うのか。


そして、木製のとびらが重い音を立てて開いた。


 これほど外観が良いと言うのなら、中もさぞ素晴らしい装飾が施されている事だろう。


 気持ちがはやって中に足を踏み入れようとした私に、


「ひょっほはへ(ちょっと待て)」


 スケルトンさんがちょいちょいと手で制した。が、右手の方は、小舟に持っていかれてるので気づきにくい。中は覗くことしか出来ないが、暗い。当たり前だろう。火などは消さねばならない。

 右手は私達を制しながら、左手がまさぐるように家の中の壁あたりを……。

 初めは上から。


 だんだん下へと降りて行って。


 そして、止まる。


「はは、あっは(ああ、あった)」


 そう言うと、左手を戻し、口へとやって。


 嵌め込むように手を動かして。


 そしてやっと振り返る。


「さてと」



 まず彼は、前置いた。

 


 そして、


 重い音を立てながら、全開になるまでドアを開けた。



「遅くなったな。…ようこそ、地底へ」


 地底?


 ここはパイプの中なのでは?


 そんな出て当然の疑問が吹き飛ぶほど、


 家の中は汚かった。


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