○第十二話○パイプへ
「これはこれは、立派な掘立て小屋ですねえ」
ギルは先程リップスを連れてギルドルームに到着した頃だった。ギルドルームというのは、事情(災害など)があって急遽作ったギルドセンターの様なものである。誰だったか、どっかの英雄が呼び出したことで、彼らもそれに倣ってギルドルームと呼び出した。意味は誰も分からない。
急遽作るものだから、皆が金を出し合って作るわけで、昔は金欠で本当に掘建小屋といった具合であったが、最近はそうでなく、しっかり石を組み上げられて作ってある立派なギルドルームが主流となっている。
リップスを中の者に見せると、大急ぎで医者を呼んでいたことから、彼は中々皆から信頼を得ているようだ。ギルドルームでありながらもかかりつけの医者がいるとは、これいかに。
七番通りは、王城に最も近いから、まさかあの名医かと思えば、そうでもなかった。弟子の方であった。
「はい、お陰様で…」
揉み手をしながら答える受付嬢。
完璧な笑顔を浮かべている。リップスなど若かったり生まれによって貴族の認識は大きく異なる。
へりくだるのが普通で、リップスなどが例外なのだろう。
「いいんですよ。もっと親しげに話してください」
自分も貴族崩れのようなものであるのだから、あまり、公的ではない場でへりくだるのはよしてほしい。
ギルがそういうと、石を切り出して作られた応接机のむこうで、褐色の肌の受付嬢が頭を掻きながら頷く。
「はあ、そうですか…………最近どうなん?お前?」
「…え?」
「え?」
「…貴方、貴方きっと大物になりますよ」
「ども」
物凄く自然にため口を聞いてきたために、ギルは一瞬唖然とした。対して、受付の女はその豊満な胸を抱くように手を組みながら、泰然とそこに立っている。
「……お名前は」
「レベルカだけど」
…取引相手やないかい。
とんでもないのがあのギルドに居た。
「いやー。リーダー助けてくれてありがとね。あいつさぁ…あんなにカッコよく任務に向かった末に、白目剥いて帰ってきたわけだから。本当びっくりしたよ。」
「私は貴方にびっくりしますよ」
「え?」
「私も名を名乗っていませんでしたね。ギル=クク=ノーストンです」
「……あっ」
……あっ。ではない。
「誠に申し訳ありませんでしたァ!!」
「いや、大丈夫ですよ」
豪胆な性格と、その生きるのが楽しそうな思考回路の作りは素直に羨ましいが、できれば、時と場合を弁えて使うべきだ。
しかし…なかなか、『アルバトロス』は面白いギルドだった。ギルは彼らの評価をかなり上方に修正した。一つの集団として見て、とても完成度が高い。
リップスを連れて行く道中で何か揉め事が起きたように、恐らくは想像がつくが、道が抉れていたりしていたが、兜を脱いでいたので見分けがついた、橙の短髪の短気そうな男は、
意外にも、上手いこと住人に説明しているようで、揉め事には発展していなかった。
もう1人もそうだ。アレは…まあいい。脅威というほどでもない。
中でも、リップスは見ものだった。あれは、あの時に見せた力は、決意は、そう、もし然るべき時に発せられるとすればーーー。
「化ける、な」
「ええ?何ですって?」
「いえ。それより、何か王国での些事などを教えてください」
「些事?ああ。揉め事ね」
すっかりため口へと逆戻りしてしまった彼女は、『サジね〜』と呟きながら、分厚い本を取り出した。本は、木を色々な加工を経て作ったものであり、表紙には、動物の革が貼られているものが多い。彼女の持つギルドオーダー。これまたどっかの英雄がそう呼んだらしいが、まあ、ギルドに来た案件などを事細かに記した本だ。かなり古そうで、何枚もの革が表紙につぎはぎされている。
「えーと。今日の欄は…。一番が、さっきの魔法騒ぎね。今アルバトロスと他のギルドが対応に当たってるわ。がらんどうだから、ウチが慣れない仕事やってんだけど…あと、隣の六番通りの酒場での喧嘩。大きくはなんなかったようね。あと、ここら辺で骸骨?を見たと…」
「王子ではないですか」
なんということだ。全く姿を隠せていないではないか。まあ、あの方自身人前に出る事が少なそうだから、何をいうわけでもないが…。
「ああそれと、魔導具の盗難騒ぎ」
「王城ですかな?」
ヘクターがそう問いかけると、レベルカは小さく頷きながら、本をペラペラとめくる。少し前に起こった事件のようだ。
「ええ。王城の、『図書館』にて、『サラマンダーの鱗』が盗まれてるの。」
「サラマンダーの鱗…」
サラマンダーという赤い火を吹くトカゲの鱗を加工した魔導具である。
唯一、複製が可能な魔道具として有名なものだ。が、それ故に希少性は皆無。
「ギルド…何これ?どう読むの?」
「見せてみて下さい」
そういってレベルカの寄越した本に書いてある文字は、今までヘクターの見てきたどんな字よりも難しい字が書いてあった。
『饕餮』…?何これ。
「とう…てつでしょうか?」
「へー。ありがと。じゃあギルド『饕餮〈とうてつ〉ブラックハート』が、この事態の収拾に尽力しているのね」
「?…はあ……」
なんだろうか。『饕餮ブラックハート?』
この世に、ここまで本能的に、生理的に訴えかける名前があったろうか。
この言葉を、ここまで強く意識させる名前が。
これまでにあったろうか。
『絶ッッッ対に関わりたくない』
脱帽。絶望。
むしろ、賞賛。
意味は全くわからないのに、ここまで人の嫌がりそうな名前を、生理的に無理そうな名前をよく書けるものだ。
まあそれより、だ。
「数日前に、図書館の『掃除』があったのに、ふしぎですねえ」
「ま、大概失くしたってんのがオチだろうけどね。…もう他にはないかな、些事」
「ふむ、どうもありがとうございました」
「どういたしまして」
さて、そろそろお暇するとしようか。そう思って、ヘクターがギルドルームの出口に靴先を向けると、レベルカが、
「あのさ」
「はい」
「多分…というか絶対ウチらのギルドさ、潰されるんだけど」
「……」
「最後に、あんたに…出会えて良かったよ。目を覚まさせてもらえた。仲間の為に立つリーダーを見て、金が全てじゃないって、そう思った」
「……」
「ウチのリーダー、カッコいいだろ?」
「ええ。カッコいいですね」
ヘクターはたった一言、そういうと、ギルドルームからゆっくりと姿を消した。
「これが、『取水口』ですか?」
「そ」
「いやいやいや、嘘でしょ」
空に連ねる鈍色のパイプ。その豊潤に魔力を含んだ水が流れ込む取水口が、何十人もいっぺんにのみこみそうな大穴だったなんて、
「初めは俺も信じなかったさ」
初めてここに行ったのは3年ほど前のこと。
まだその頃は、俺はスケルトンの姿をしていなかった。まあつまり、リゼ女王殿下の命で、ここからつきおとされたわけである。入ったら二度と戻って来られないともっぱら噂だったこの大穴は、空につづいていたわけであるから、まあ、そりゃ誰も戻って来れない訳である。
「えーと、…俺のドラゴニックバースト号は」
「あちらにございますよ」
クロウスが指でさした先には、小さな木でできた加工物が置いてあった。それは、取水口の大穴の周りにある一筋の堀に、杭などで繋いで浮かべてある。七番通りは、この王国ハイネックにおいて最も掘の多い通りであることで有名だが、大穴へと注いでいる堀はこれ一本だけだろう。
「ふ、舟…??ど、どらご…?」
「そ。ドラゴニックバースト号だ。神話から名付けたのさ」
そう。フーミルのいうコイツは舟である。と、同時にフーミルはこれからやることを察したらしく、顔をサッと青ざめた。
「兄様…王国でもここだけではないですか?こんな先が見えないくらいの大穴は」
「すげーだろ。ポツンと一軒家なんてもんじゃ無いぜ」
自慢じゃないが、なんとなく俺は胸を逸らした。クロウスはあまり感慨深げでは無いが、フーミルは手放しでびっくりしている。ここら辺は年相応の幼さである。
ちなみに、さっきのポツンとフレーズはワサツミの文句から引用した。
「…まさか、この穴をその小舟では落ちようっていうんですか?」
「?……よくわかったな」
「!?…私の聞き間違いですか?」
「フーミル嬢。しかたないでしょう。兄様がこの方法が良いのだというのですから」
「…なんでそんなにあなたは飲み込みが早いんですか」
フーミルが湿度の高い目、いわゆる『ジト目』というやつでクロウスをみやった。
「あまり文句を言えたような状況でも無いからね」
「……」
フーミルは黙り込むと、上目遣いで申し訳なさそうにこっちを見た。別に、諌めるつもりでクロウスは言ったわけでは無いだろうが、理解力が13歳のそれだとは思えない。クロウスは別格だけど。
「大丈夫大丈夫。何回も行ったり来たりしてるけど意外と簡単に行けるもんさ。痛いこともない」
「信じますからね」
「ああ」
俺は小舟『ドラゴニックバースト号』に乗り込んだ。といっても、ほとんど先っちょ。『へり』と呼ばれるところに少し尻を乗っけただけ。
「…大丈夫なんですか?それで」
と、フーミルが案じてくれるが、
「いいのいいの、ぎゅうぎゅうだろ、それでも」
元々1人用の小舟は、青年と少女が乗るには少しきつめだったようだ。
「申し訳ありません…図体ばかりがでかくて」
「…大丈夫ですよ」
クロウスが申し訳なさそうにそういうのを、フーミルは少し恨めしそうに返した。まあ、仲良く乗れという方が難しいもんである。
「で、クロウス、最後に聞くけどよ」
「何でしょうか?兄様」
「いつまで隠れとくつもりだ?」
もし、パイプへと落ちたとしたら、もう帰り道を知っている者は俺しかありえない。その前に、奴がいつまでパイプの中にいるつもりかを尋ねたようだ。
「…今日のヨル、正式に近衛団長になるアルバッカスの所信表明に、女王が、徽章を贈られます。恐らく、反乱が起こるのであれば、その時なので終わるまで居候させて頂こうかと」
「い、いいんですか?女王様って、貴方の…」
思わず、今までの関係性も忘れてそうフーミルが尋ねた。まあ、クロウスは今、女王殿下、つまり母が殺されそうになっているのを知ってて見逃そうと考えているというのだ。
「僕1人が変えようとして変わるものでもありませんよ。それに…あの人はもう、母でも何でもありません」
…クロウスもクロウスで色々あったのかもしれない。
彼は、母に厭悪の感情を向けた。
「そうかいクロウス…お前とは気が合いそうだ」
俺はそういうと、小舟を繋いでいた杭を抜いた。キュポンと小気味良い音が鳴る。そして、ここは流れのある堀の中。だんだん舟は流れに押され、取水口へと押しやられる。
そして、舟『ドラゴニックバースト号』は、体を地面と平行に保っていられる臨界点にまでたどり着いた。
大穴の全容と、そこから吹き抜けてくる冷たい風に、フーミルが青ざめる。
「…やっぱり心の準備がっーー」
フーミルの台詞が言い終わらないうちに、俺たちを乗せた舟は大穴へと飲み込まれていった。