○第十一話○取水口
「一旦、兄様の家で、匿ってほしいのです」
……と。
…??
…???
予想していた答えとは全く違うことを理由に挙げられ、俺は戸惑う。
「なんでだよ。アンタ、城に帰ればそれで済む話だろう」
すると、奴はまた予想外なことを言う。
「…なんと言いますか、僕も今、追われる身のようなものなのです」
「……なんだって?」
「詳しいことは道中で話しましょう。さもないと」
クロウスは予告もなく歩き出した。俺はついて行こうと足を向けたが、思い返して、フーミルの袖を引きながら追う事にした。
奴が、クロウス=フォン=ハイネック。
悪夢の、始まりだった。
「…『ヨル』が来ますから」
「……『ヨル』が来ますから」
七番通りの墓地というのは、もともと住民が勝手に名付けたもので、墓地自体は非公式である。というのも、貴族以外の者が勝手に死者を弔うという事は許されないからだ。
死者を鈍色の空でなく、本物の空に預ける為には、本当に沢山の儀式の手順がいるのだと。
そうしなければ、いつの間にか、戻って来てしまうのだと、死者が。
むやみやたらに素人が死者を埋葬しようとすると、戻って、起き上がってしまうのだと。
…馬鹿げている。
人は死んだらそこで終わりだ。だから生にしがみつき、それを『人生』と呼ぶのに。
正しく弔うことができないからといって手間暇かけて希少な金色の花ばたけを拵えたり、十字架、墓石などなどを立ててやるのだ。
俺とフーミルとそしてクロウス。珍妙な組み合わせの三人が、墓地を真っ直ぐに渡る。
横目に墓石が、十字架が流れていく。
「王国内で、反乱が起きようとしているのですよ」
「!?」
「…そうか」
フーミルは明らかに驚いたが、俺は大して想定外だとも思わなかった。
最近の貴族の衰退。リゼ女王の議会を無視した圧政。
苗床はよく出来ていて。そして、なによりも、
「王国ハイネックの魔力に、底が見えて来たのです」
それだ。
人、及びこの世に生きとし生けるものすべて、生命を維持する為に魔力は一切必要ない。魔法は外付けにしか過ぎない。だから、生物は自ら魔力を生み出す事が無い。
ならばどこから魔力が降ってくるのかと言うと、それは空だ。厳密にいうとパイプだ。
パイプから溢れ出す魔力は、一度地上に降り立ったあと、使用されなければ、またパイプへと戻っていく。
故に、人は農業にだって商業にだって魔力を使いたい放題使うことができたのだが、ある大魔導の士が、こう提言した。
このまま、人口増加が進んでいくと、いつか魔力の需要が、供給量を超えると。つまり、足りなくなるのだ。魔力が。
貴族の反応は、笑い飛ばしたのみであったが、ギルダーたちは笑っていられないのである。農業もそうだ。
これまで無計画に農地を作っていたのに、それが無駄になるというのだ。
そう彼らが訴えても、貴族は我が問題ではないから、首を横に振るのみであった。
……これが、何を隠そう3年前の話である。
この問題は、もう現実になってしまった。
「で、もし反乱が起こるとして、何処でそんな情報知ったんだ?」
当然、クロウスが反乱があることをを知らされるはずが無いのだ。
「そこは、秘密でお願いします」
「秘密…ッ?」
「なんだい?フーミル」
いささかの怒気をはらんだ声で、フーミルが言う。
というか、クロウスはフーミルの名を知っているようだ。何故かは知らないが。クロウスは勉学はよく出来ていた気がするが、記憶力が頭とかまでは分からない。
「そもそも、なんでココにあなたがいるのかも聞いてません。行方不明じゃ無かったんですか?」
棘のついた言葉をフーミルが投げかけると、
クロウスはここで、苦笑するような顔から真顔へと変わった。
フーミルに向き合う。もちろん、歩きながらだからクロウスは後ろ歩きだ。
「逃亡、だったんだ、あれは」
「は?」
「よく聞くんだ、今の近衛兵隊長はアルバトロス=トール=バッカスだ。あの時、石碑に祈りを捧げていた時。僕たちは彼らに、近衛兵達に襲われたんだ」
「いや、何言ってーー」
「聞くんだ。ぼくは命からがら逃げ延びたんだけど、リオネスは……殺されてしまった。完全に不意をつかれたんだ」
「……」
「そして、反乱が始まったことを知った僕は、彼らの手の届かないところに逃げなければ行けなかった。いくあてなんて…頼りは、兄様しかいなかったんだ。そして」
「『取水口』に向かっていたら、たまたま俺たちを見つけたって訳かよ」
俺が口を挟む。クロウスはゆっくりと頷いた。だから、反乱のことを知ったのだと。こうやって、俺たちに助けを求めて来た、と。
「……信じられません」
フーミルがそう言う。少し考えこんだ。今のクロウスの発言に穴がないか考えているのだろう。いくら不意打ちとは言え、リオネスがおめおめと死ぬはずがないと。
俺も全くの同意だ。
すると、何か思いついたのか、フーミルは少し顔を明るくして、
「…それに、反乱が起きるんだってわかっているのなら、城に戻って他の貴族に伝えればいいじゃないですか!」
「僕もそのことを初めは考えたよ。でもね。一応国の王子とも言える人を襲撃して、取り逃していて、それですぐに反乱をせずに、アルバッカスは神名の儀式を強行…無理やりしたらしいんだ。リオネスの英霊式も。それだけの余裕があるんだったら、貴族にも応援している人がいるのかも」
クロウスは、まるで小さな子供に言い聞かせるかのようにいった。
「…だからって…」
フーミルがなおも食い下がるが、俺はもう一つ奴に思惑があることに気づいた。フーミルの耳に口を近づける。
「フーミル」
「……なんでですか」
なんで、ですか。か。
「いいか?確かにあいつは怪しいけど、俺たちに反乱の兆しがあるという情報をくれた。不利になるかもしれないのにだ。だから…」
「あの人も切羽詰まってると?」
「ああ……そうだ」
「というか、耳元で囁かないでください。ゾクゾクします」
「……」
それに、これから向かうのは見知った場所である空のパイプ。
俺はパイプの中なら何年も住んでいるので、奴を迷子くらいにはしてやれるはずだ。奴の疑惑が確実なものまでになれば、の話であるが。
「まあとにかく、今の段階でクロウスは人殺しだとか、俺たちに何かしようってのはなさそうだからな」
フーミルは不服そうだが、取り敢えずはクロウスと同行することにしたらしい。あくまで、彼女の中のリオネスはそれほど強かったというのだ。
まあ、俺もある程度はリオネスを見ていたので、強さの程度がどう見ても人外の域にあるという事は知っていたが。
墓地を抜け、金色の花畑が目に映らなくなる。
少し名残惜しい。かわりに頭だけ顔を出した岩がちらほらと見え始める。
この岩を切り出したり、表層の粘土質な土を加工したりして人々は活用する。
そして、ここから、目に見えて人の手が届いていない場所になっていく。
雑草が伸び放題で、いわゆる草原という奴に、大小さまざまな岩が突き出ている。
岩はまるで中心を指し示すかのように先端が傾いている。向きは揃っていて、円を描くように傾いていて。
その真ん中に、ただそこに在る大穴。
人をいっぺんに何十人も飲み込みそうな大穴が、
『取水口』の正体だ。