○第一話○死にたくなさすぎてスケルトンになっていた
この世界において、冒険者とは『空』を探しに世界の果てまで冒険する職業を指す。
魔王討伐でもなければ、ダンジョン攻略でもない。
なにせこの国の空は、パイプだ。大きな鈍色のパイプが空を覆っていて、いつも夜のような閉塞感が世界に漂っているのだ。しかしヒカリゴケという強い光魔法を行使する植物が、星空みたいに輝くから、たいして光源は苦労していない。
遠い他国には『空』があるらしい。青くて、どこまでも高いのだとか。他国は歩いていくと、それこそ死んでしまうほどに遠いそうだ。
そもそもこのパイプはどこから来ていて、どこに繋がっているのか?この国に空はあるのだろうか?
これは、そんな国が舞台の話。
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「何度でもいいます。貴方のような出来損ない。王家に相応しくないわ」
豪奢な玉座に腰を下ろし、
凍えるような表情を顔に讃えて言うのはリゼ=フリードリヒ女王その人である。
そして俺の義理の母。
ひしひしと伝わってくる圧倒的な魔力量より、かつて、母だった人の蔑んだ目線の方が数倍辛くて。
膝が笑いそうになってしまう。
‥いや、
…上等だ。
俺はねめあげるようにして女王様を見た。
「奇遇だなババア。ちょうど俺も似たような事考えてたぜ?」
玉座から階段を数段跨ぎ、
赤いカーペットをしかれた道の上。
彼女が見下ろす先に突っ立っている人影。
ボロボロのパーカーに似た服を着て、
青い頭巾と赤いマフラーを巻いた俺は。
口汚く女王殿下を罵った。
一瞬の間をおき、
女騎士リオネス及び近衛兵が色めき立つが、
リゼが手で制止した。
それだけで大人しくなるのだからよく躾けられた狂犬だ。
リゼはゆっくり口を開く。
「力も無く、かといえば知恵もなく、」
俺は返す。
「金と権力が一生の伴侶の母を持ちってか?」
しかしリゼは顔をピクリとも変えない。
冗談の効かねえお嬢様だ。
「極め付けに! 魔力は雀の涙ほどしかないとは…!」
ここで初めてリゼが感情を露わにし、その整った顔を歪ませた。
「俺だって、実の息子を殺そうとするような、愛情が雀の涙程しかねぇアンタなんて…。」
片目を閉じ、戯けたように言う。
「絶交だ」
「勘当だ」
「二度とここには戻って来るな」
「来るわけねぇだろこんな肥溜め」
激昂したリゼに対して俺が返すと、言葉に詰まったのか、リゼが白かった肌を赤くして震えていた。
「それに…見た目も可愛げがない!」
「え?そうか?」
俺は目を泳がせながら答えた。といっても俺は泳がせる目が存在しないんだが。
口から火が出そうな女王殿下を前に、寒がりの俺も流石に暑さを覚えた。
それが耐えきれなかったから、
だから、俺は頭巾を取った。
衣擦れの音と、汚らしく埃が舞う。
毛が一本も生えていない俺の頭が露わになって。
思わず近衛兵が息を呑む。
近衛兵士長リオネスがもともと大きな目をさらに見開いて言った。
「本当に、スケルトン…」
白い頭蓋骨。
細い手足。つまり骨。
そしてただ暗い眼窩。
女王殿下は俺の義理の母だ。
母だった人だ。
そして血の繋がった弟がいた。名はクロウス=フォン=ハイネックだ。、
本物の天才だ。最強の魔法属性『雷』に適性があることに加え、膨大な魔力量を持った第二王子だ。
リゼは、夫亡き今、
権力に飲まれ、自らの子供、俺の義理の弟を王に仕立て上げるべく、
底無しの谷に俺をつきおとし、
鎖のように張り巡らされた用水パイプの中に何ヶ月も置き去りにしたり、
もう直接殺しにかかったりした。
何度も。
何度も。
でも、
恨みでもあったのだろう。
それとも、ただ生きたかっただけだったのか。
俺は生き残った。
多大な魔力と引き換えに、皮が剥がれ、肉を失い、
俺はいつしか、そうやって生き残るうちに、
骸骨になっていたのだ。
何度も死ぬような仕打ちを受けて、身体が耐えきれなかったのか、俺はスケルトンになっていたのだ。
「それじゃ、ババア。今までありがとうよ。
頭巾。ここに返しておくぜ。」
近衛兵たちが唖然とする中、
カラカラと骨から音を立てながら、母に背を向け、俺はレッドカーペットの上を引き返して行った。
その背中に、母がふっ、と嘲笑を投げる。スケルトンの周りを、甲冑を着た騎士たちが取り囲む。その筆頭にいるリオネスは心なしか苦々しくしている。損な役回りに着いてしまって。とスケルトンは嘆息する。
「無事に帰れると思っているの?あなたはこれから魔法研究部門に回されて、一生研究対象にされるのよ」
「ーーそうかい。もしかして、俺がなんにも対策していないと、思っているのかい?」
俺がそう言うと、示し合わせたように地響きが、はじめは小さく、だんだん大きく、揺れていく。
「何!?」
「『降水』です!パイプの隙間からーー。魔物も降ってくる可能性が!!」
母はキッと、なんて生やさしい視線ではなく、いまにも射殺しそうな目線でスケルトンを見る。
「おのれーー貴方の仕業ね」
「まあ、どちらかというと今の俺は『魔物』寄りだからな。奴らとの意思疎通くらい、わけないさ」
そういうと、黒い波……大量の水が、さらに大量の魔物を引き連れて、窓をぶち破ってやってくる。スケルトンはその波に飲み込まれていった。
ーーこれが3年前の話。
俺は命からがらあの女王の元から逃げ切ることが出来た。
そしてーー悪夢のような出来事が俺たちを襲うのは、
ちょうど今日。
<リオネス視点>
「鳥は逆立ちしても泳ぐことはできない」
国王フリードリヒ=ヴァン=ハイネックの有名な格言(とされている言葉である。意味は、人間は自分の身の丈にあったことしか出来ない)である。
ハイネックの首都の外れ、七番通りを東に行った所にある、
聖戦の舞台となった聖地ラグナロクの数ある言葉の石碑にも、その言葉を連ねている。
しかし、彼の言葉は雄雄しく、希望をもたらすような格言の多いラグナロクの石碑には相応しく無い、と反対する人々も一定数いた。
恐らく、彼は、クロウス=フォン=ハイネック王子は、苦笑いしながらこう返すだろう。
「綺麗なものだけが格言じゃないよ」と。
そして今まさに、クロウスと私、リオネスはラグナロクの石碑へと足を運んでいた。
石碑は金色の花々に囲まれて、ゆったりと、寛ぐように鎮座していた。
空を覆うパイプから差し込まれた光のカーテンが、祈る彼を映し出していて、腰に携えた宝剣は輝いている。
一陣の風が花々をくすぐる。
クロウスは宗教上でも王家の都合上でも、石碑に祈らなければならない慣習など無い。
ただ、彼がその習慣を、数年前から欠かすことはなかった。
一日、二日と日が空くことはあっても、ヒカリゴケが、生え変わるまでにはまた祈りを再開している。
私は、その後ろ姿を見守るだけで。
その距離感が心地良かった。
クロウスは、かなりの美男子と城内でも評判で、愛人がいる私ですら気を抜けないような整った容姿をしている。
立居振る舞いも王家として申し分無かった。
極め付けはその魔法の圧倒的な才能に依る。
齢13で神名『断罪サンダルフォン』を授かり、
手を振るだけで落雷を起こし、一人で極大魔法を操る。
個としての戦闘力だけでいえば、一個師団に勝るだろう。
もしかすると、かつての兄でさえも…。
…とにかく、剣を振るしか能のなかった私には、嫉妬すら思い浮かばない天才であった。
それが、クロウス=フォン=ハイネックであった。
そのような事を思い浮かべていると、クロウスは光の中、ゆっくりと立ち上がった。
「…御十分でしたか?」
「ああ。」
尋ねた私に笑いかけながら返すと、クロウスは馬車に向かって歩き出した。
私はその数歩後ろを付いていく。
すると、クロウスの豪奢な服のそでに、何かに毟られたようなほつれがあるのが目に入った。
「どう致しました?その服のほつれ」
「ほつれ?そんなのどこにもないじゃないか」
クロウスは腕を上げて確認するが、逆である。
「私に預けておいて下さい。縫い合わせておきますから」
「遠慮しておくよ」
彼にしては珍しく、硬い声で申し出を断った。何故だろうか?
なにか、都合が良くないのか?
「そんな。時間はとりませーー」
「ーーどうしてもダメ?」
私の声を遮って、彼は問うた。
いつもの、優しげな声で、だ。
さあと一陣の風が吹き抜けた。
先刻の心地良い風と全く変わらないはずなのに、何故だろう。
ーー冷や汗がどっと吹き出した。
私は違和感を感じながら、声を絞り出す。
「え、ええ。だってーーー」
「ーーミスったな」
一瞬だった。
天と地が逆転し、二転し、三転し。
目まぐるしく変わる視界に、私は置いていかれる。
ーーなにが起こった?
そして、なにか鈍い音をたてて私に衝撃が伝わる。
視界が回転を止め、代わりに何故か金の花が鼻の先にあって。
そこからゆっくり遠くに視線を遣って。
そこに、血を吹きながら倒れるくびのないじぶんをみてーーー
ーー
…。
……。
………。
血霧はゆっくりとパイプの隙間から差し込む光に吸い込まれ、
空へと昇っていった。
お読みいただき、ありがとうございました!