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死後終活RTA

作者: 賀来多 以織

成仏前線24時

 喉が渇いた……。

 何か飲もうと起き上がる。座卓の上はエナドリの空缶とタブレット端末。夏イベントの本文原稿をしてて昨夜、いやもう今朝か。脱稿したところまでは憶えて……

 入稿は!?

 慌てて座卓に食いついてタブレットを見れば、送信完了のダイアログが出ている。


 よ、良かった〜〜〜!


 クレカ決済でカード情報は登録済みだし、必要情報は原稿アップロード画面より前に出ていたから入力済み。これで印刷所から連絡がなければ無事に新刊出る!

 脱力して下を向くとそこに人が居た。


 ぎゃ!!!!


 慌ててその場を飛び退く。座卓を見ると女の人がコタツで寝落ちするみたいに、下半身を座卓下につっこんだ状態で横たわっている。

 は?家に誰か入れた憶えはない。修羅場でやや記憶は曖昧だけど、合鍵を渡してるのは実家の家族だけだし、わざわざ鍵を開けに玄関まで行った憶えもない。不審者は寝ているようなので、めちゃくちゃ怖いけどそっと近付いて顔を覗いた。


 は?


 不審者は私だった。私と同じ顔、指のホクロや肘の痣まで丸っと同じ。慌てて自分の指を見る。ホクロがある。肘を見る。痣がある。風呂場に駆け込んで姿見を見る。風呂場の壁が映る。


 鏡の真ん前に立っているのに、私だけ映らない。


 鏡に手を伸ばすと、いつもの自分の腕は視界に入るのにやっぱり鏡に映ってない。そんな事ある?鏡に触ろうとしたら指先が鏡を透過した。

 は???指を抜いても穴なんか空いてない。もう一度試しても、何も無いようにすっと手が鏡を突き抜けた。まるで3Dのホログラムを触ろうとしているようだ。


 まさか。


 部屋に戻って倒れる不審者を見下ろす。胸元を見ても呼吸の上下運動がない。眉間にシワが寄り、お腹痛そうな表情だしイエベなのに青白い。乱れた髪が顔に掛かってるけど微動だにしない。呼吸してない。


 死んでない?これ


 顔の髪の毛を退けようと手を伸ばしてみてもやっぱり触れないけど、もしかして身体に戻れるのでは……?

 今の状態が幽体離脱だとしたら、ワンチャン生き返るのでは……!

 いそいそと体勢を立て直して、寝袋入るみたいに……よし、行けそう!


 いやいやいやいや無理無理無理無理!


 何これ気持ち悪!違和感半端無!!

 空の浴槽に身体を沈めた時みたいに体が重いし、暖かさがない。そのお湯相当の物が体から失われてて、だからこそ実感してしまった。

 ―――この体は死んでいる。戻ることは出来ない。

 言葉通りに致命的な不可逆性に涙出そう。寝て起きたら死んでた。不摂生とか心当たりが有り過ぎる。

 え、救急車呼ぶ?いや死んでるが?ひとまず机に伏せてあるスマホをひっくり返したい。物理的に触れなくても、幽霊ならポルターガイストでしょ!

 手をスマホにかざして念じてみる。こういうのはイメージが大事って漫画とラノベで知っているんだ私は。長辺一辺が持ち上がってそのまま円を描くように回転……少し浮いた、よしそのまま……………………


 無理。念動力めちゃくちゃ疲れる、背中から何か漏れてる気がする。多分これ抜け過ぎたらアウトだ。他の方法にしよう。あ、タッチパネルの操作は出来るな……タブレットで呼ぶか救急車。通話できなくても救急車のサイレン音だかの反響で特定できたって話あったし。

 タブレットを操作して検索。

 オンライン通報システムは事前登録しないと駄目かそうか……生きてたら早く処置しないと大変なことになりそうだし、死んでたとしても放置してたら腐る一方だ腐女子なだけに。

 やるか!登録!

 気合を入れるため姿勢を正し顔を上げる。推しグッズの祭壇に手を合わせて気づく。


 ……このオタ部屋に呼ぶの?


 エッチなイラストとかは飾ってないからまだマシだけど、三十三間堂ばりのアクスタよ……でも触れない動かせない。

 え、どうする?

 やれる誰かにやってもらうしかないか。

 うちに来たことがある、掃除できる、オタに理解がある、幽霊にも理解がある…いや、そんなフルコンプ人材いねえわ。仕方ない。まずは大半を抑えてる花菜を呼ぼう。SNS通話機能で発信。


『もしもし?どしたー?』

 助けて部屋がヤバい

『え?めっっちゃくちゃ電波悪いんだけど!ねーちゃんこっちの声きこえる?また締切とかで不摂生してんの?じゃあまたなんか適当に買ってくから!着いたら起こすからそれまでちょっとでも寝ときなね!』


 掃除して欲しい趣旨は伝わらんかったけど、まあ救急車呼んでもらうという目的の半分は達成できそうだ。良しとします。

 反省して同じイベントに出る同人友達にはメッセージにするか。

 リッチーのアイコンに触れてタブレット入力。


>ごめん死んだかも知れん後頼む

『諦めるなまだ割増という手がある』

>いやまじもう駄目だと思う

『うるせぇ描こう!手伝い行くから待ってろ』


 呼んだつもりは無かったがまあいいか。花菜は突発に弱いしリッチーのクソ度胸に期待。それまでに部屋は…物動かせない、まず二人が来たら私見つけるでしょ、したらまず救急車呼ぶよね?もし 生きてたら搬送されると思うけど死んでる。救急隊って死んでても一旦病院連れて行ってくれんのかな。検索。

 死んでたら警察に引渡し……え、どうなんのこれ。

 [孤独死、警察]検索

 現場検証が入る、その間家族も大家も入れない、金品等鍵も押収マジか……


 それまでに私に出来る事って何かあるか?

 何だっけ遺言アプリあったよな起動したら遺言書が表示されるとともに事前に指定しといたファイル消せるやつ。

 いやでも寄稿あるからな〜!何かあったとき用に置いときたい。いやもう何かはあるし仮に何かあっても提出出来ないんだけどガハハ!

 このへんの同人関連、リッチーに一任したいな……実家お泊りとかで親にも花菜にも面識あるけど「じゃあ遺品整理のオタグッズお任せしますね」とはならんやろ……。

 花菜にメッセージを投げとくか。


>オタ関連は前園律ちゃんに任せて


 早く寝ろって返ってきた。通じてるかな。

 ひとまず二人が来るまでの時間が出来た。念動力で疲労困憊になりながら来客用目隠し布を祭壇のカラーボックスに掛ける。

 一息ついたとこでふと横たわってる体を見ると、何となく嫌な感じがした。煤けてるような…黒く見える。黒いモヤ…?軽く払うとすぐ散るけどまた集まってくる。

 何これ!?何度払ってもしつこく体にまとわりついてくる。繰り返すうちに、この黒いモヤが私の体に入ろうとしてることに気付いた。その瞬間強烈な嫌悪感が私を支配した。

 あり得ない、あり得ない!あんた達にくれてやるほど安い体じゃねえんだよ!!とにかく全力で払って回っている時だった。


♪パピリパポンピピリポポン


 携帯の着信が鳴る。素っ気もないデフォルト音に苛立ちは絶頂だ。モヤを払う勢いで、あんなに重かったスマホが机から落ちて画面上向きに着地した。


 着信:赤耀印刷


 嘘でしょ!?

 怒りが瞬時に消し飛んで血の気が引く。ひとしきり鳴った後電話は切れた。そしてすぐに留守電の通知が入る。嘘でしょ……。

 震える手でスマホ操作する。良かったこっちも動く。


『新しいメッセージを一件お預かりしています。「いつもお世話になっております、赤耀印刷です。本文入稿ありがとうございました。印刷作業に入るため原稿拝見しましたところ、R18シーンの修正が弱く、現状印刷に移ることが叶いません。商業誌の修正を参考に、本日15時までに本文修正のうえ再入稿をお願い致します。こちらを過ぎますと直接搬入が間に合いません。何卒宜しくお願いします」メッセージは以上です。』


 待って。ねえマジで言ってる?最後かもしれない本が修正不足で出ないとか……ふざけんな!やったるわ!!


 描画ソフトを立ち上げて履歴からデータを開く。同時にスマホで成人指定雑誌を電子書籍で購入。何本かパラ見して傾向を把握。オーケー承知した。刻み海苔じゃなくて手巻海苔ね!全ページ確認するにはやはり最初から見るに限る。本文3ページ目からすでに修正箇所があるとかオタクの鑑だけど今回ばっかりはいらんかった……!

 新規レイヤー作成、直線ツール選択、サイズ変更、直線ツール、直線ツール、保存。

 新規レイヤー作成、直線ツール、直線ツール、サイズ変更、直線ツール……

 今はまだ11時、時間は余裕だけど花菜とリッチーが来るまでに書き出し終えてアップロードしないといけない。まさか48ページの大作がここで仇をなすとは。気ばかりが焦る。焦ってもいい、とにかく手を動かす。いや、落ち着け。見落としがあったら繰り返しになる。多分今回がラストチャンスだ。

 確実に一回で処理をしきる!














 っしゃああ!出来た!


 データを印刷所の規格に合わせて変換保存のために一括書き出しを選択、OK押下!作業進捗を表示するポップアップが出て来た。よしよしよしいい子だ頑張れ〜タブレットお前はやれば出来る子だ!

 書き出し出来たら再アップロードしないといけないけど。今出来ることは一旦無くなった。暇になったからか余計なことが脳裏をよぎる。

 見直してる時間なかったけど多分大丈夫なはず!これで駄目なら諦めもつ………つ……つかないよ〜!!!無事であってくれーーー!!!!!!!

 隣接のリッチーには迷惑かけちゃうけど売上全部あげるから頼む最後に推しの最高すけべブック出させてくれ…!お願いします神様……!




 ピン…ポーン




 私の念が神に届いたんかと思った。流石に正解音じゃないか。花菜かリッチーが来てくれたらしい。


 ピン…ポーン


 繰り返されるチャイム。花菜なら合鍵あるから入ってくるはずなので、着いたのはリッチーかもしれない。玄関に向う。ドア重すぎて開けられないから来客確認のレンズを覗く。あーリッチーだ。ありがとうね来てくれて。ちょっと待ってて、そろそろ花菜も着くから。

 つっても声は届かない。それはそう。リッチーはスマホを確認してる。私のスマホが着信を知らせて震え出した。あああごめん出らんないんだわごめん!

 文字入力画面を開いてメッセージを送る。


>ごめん開けられん。妹がそろそろ着くからちょっと待ってて

『は?大丈夫なの?マジで。救急車呼ぶ?』

>いや死んだわ

『生きろ』


 本当の事を書いては居るけど軽口にしかならないのなぁぜなぁぜ?

 それは死の語義が軽くなっているからよ…

 本当にごめん。私が倒れてるの見たらきっとショックを受ける。軽口きいたことにきっと傷つく。


 生きてたら推しカプ描くよ。

 生きてたらチケ取り協力するよ。

 生きてたら売り子するよ。


 原稿!!!


 思い出して慌ててタブレットに戻る。あと12ページ分。頑張れ!

 パソコンに集る黒いモヤを払う。邪魔すんな!


「おじゃましまーす」

「姉ちゃん入るよー?」


 ドアの開閉音と同時に玄関から賑やかな声がした。花菜が着いたんだ。良かったリッチーと面識あって。良かった二人共コミュ力の権化で。


「やだ床で寝てる?」

「っぽいすね。落ちたか……」


 勝手知ったる様子で花菜は台所に向かう。つっても玄関直の廊下だけど。部屋も丸見え。買ってきてくれた差し入れを冷蔵庫にしまってくれてる。あぁ〜ケーキ…食べたかった……野菜も買ってきてくれてたの……重かったでしょありがとね……もう食えんけど……

 その花菜の後ろを通って部屋に来てくれたリッチーは、まずタブレットを確認してくれた。助かる〜!


「書き出し中!?まだ入稿出来てないの!?本当に死んでんじゃん新刊!」


 リッチーがタブレット操作して、私の開いていた入稿画面を手前に持ってくる。


「赤耀ね……お、終わった。入稿しとくよー」


 リッチーは慣れた操作で書き出しの終わった漫画原稿のファイルをzipにしてアップロードする。

 ありがとう〜!!助かる〜!


 気が抜けた所でリッチーの視線が下がり、私の体に向いた。少し怪訝な顔をして私の肩に触れる。


「ほら入稿したから布団で寝なよ」


 優しく揺すってくれたけど勿論起きられない。机の下から私を引き出そうと脇の下に手を入れてズルリと引き出す。リッチーやばめっちゃ力ある〜。


「……は?え、ちょっと……」


 リッチーが私の頬を叩く。鼻と口に手をかざす。


「ちょっと嘘でしょ、ちょっと!」


 リッチーが私の胸を触る。動いてないのが解ったんだと思う。めちゃくちゃ顔強張ってる。


「カナさん!救急車!救急車呼んで!」

「え、な、どうしたんですか」

「息してない!」

「えっ……?」


 リッチーは指示すると同時に心臓マッサージをし始めた。花菜は台所から部屋に来て、その様子を見て動揺してる。ぼんやりして立ち尽くしてた。それはそう。


「携帯!早く!」

「あっ…はい!」


 花菜は台所に取って返して自分のスマホを取ってきた。でも指が震えてロックが外せないらしい。何とか認証通過しても動揺してて救急車の呼び方が解らない。


「救急車…え、救急車って……えっと」


 いやーメッセージアプリじゃ救急車は呼べないかな!?使い慣れてるけどね!

 花菜の様子を見てリッチーが舌打ちする。


「心臓マッサージ代われる!?こっち来て!」

「ひぇ、はい!」


 のそのそと私の横に来た花菜にリッチーが心マのやり方を教える。胸の中央を手のひら全体で五センチ沈むくらい圧迫、もしもし亀よのリズムで。

 花菜は恐る恐るマッサージを始める。うーん、心もとない!

 やり方を指導しながらリッチーが自分のスマホで119をかけてくれた。私の住所もタブレットの印刷所注文画面見ながら淀み無く伝えてくれる。適応力の化身……


 心マしながらボロボロ泣き出す花菜。ごめんね、ごめん。心配かけて。

 あぁ死にたくないなぁ……いや、死ぬのは良いんだけど、良くないけど、死にたくないっていうか、私に優しい皆を傷つけたくないな…お父さんお母さん、花菜、リッチー、もっちゃん、2時さん、脇おにぎりさん、ドン殺さん…


 神様、どうか皆が悲しみませんように。泣いてくれると思うけど、悲しみすぎませんように。楽しい思い出を楽しいままに思い出してくれますように。


 神様どうかお願いします……!


 肩をトンと叩かれた。肉体の方じゃない、今の私の肩だ。え?と思って振り返ると、大河に出てくるような尼さんが立っていた。誰?


『私は貴方達の先祖よ、花菜の守護霊をしているの』

 あ、どうも…始めまして妹がお世話になっております…

『どういたしまして!貴方も大変だったわね…まあこれからも大変なんだけど頑張りなさいね』

 これからも!?“も”って???

『私は花菜の守護霊だから、貴方を導くのは私じゃないわ』

 え、じゃあ誰?

『それは勿論、貴方の守護霊よ。気付いてあげて』

 気付く……?


 ご先祖様が手のひらで差す方を見ると窓だ。ご先祖様を振り返ると尚も窓を指している。もう一度窓を見る。


 お わ か り い た だ け た だ ろ う か


 ベランダからこちらを覗く武者の幽霊が…!

 ひぃいい!こっわ何アレご先祖!?


『ほら出てらっしゃいな』

『かたじけない……』


 のそりと武者の霊が窓を透過して入ってきた。心マで頑張る二人の横を、無反応で通過するじゃんシュール。


『俺も二人の先祖に当たる。貴方の守護霊だ。ここからは俺が貴方を導こう』


 何でベランダに居たんですか。いつからベランダに居たんですか。

 目を逸らす先祖武者。逸らしたかと思ったら赤くなって俯く。何で?と思って同じ方向を見て解ってしまった。視線の先にはタブレット。


 もしかしてエロ原稿の性器修正時点にはいらっしゃいましたね…?


 何かもう本当にすみません…申し訳ない限りだ。もう行くとこ連れて行ってもらって良いすかね……?




 卍 卍 卍



 初七日より前に迎えたイベント当日。修正漏れがあったらしくて、リッチーと2時さんとドン殺さんが三人がかりでマジックで修正足してくれてた。マジごめん。

「最後の最後にアイツまじで…」

「ドン殺さん名前通りドンストップ殺意じゃん」

「止められるかよこの殺意がよぉ…!」

「まあもう死んでんけどな…」

「馬鹿野郎がよ……」


 卍 卍 卍


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