高校女子バレー界のスーパースターが僕の隣の席になりましたが、正直彼女が何を考えてるのかわかりません
“超高校級”という言葉がある。
おもにスポーツなどで高校生レベルをはるかに超える身体能力を持つ者に対する褒め言葉である。
しかしそれはごく一部の限られた人間だけであり、僕にとってそういうのはテレビの中だけの世界だと思っていた。
平凡な自分には無関係な存在で、すぐ近くにそんな人がいるだなんて想像もしていなかった。
安城高校女子バレー部エース、姫坂真琴。
身長180㎝のしなやかな体躯から繰り出されるアタックは、どんなブロックをも弾き飛ばし、どんなレシーバーでも止められなかった。
学校総出で応援に行った全国大会。
日本中の猛者が集まるその場所で、一年生でありながらバシンバシンとスパイクを決めていく彼女はまさに“超高校級”だった。
結果は準優勝だったものの、見事MVPに輝いた姫坂さんはコート上では光り輝いていた。
誰もが羨望の眼差しを向けていた。
そんな姫坂さんが、進級時のクラス替えで隣の席になった時、僕は思った。
「うそーん!?」と。
※
5月のゴールデンウィーク明け。
「あ、しまった」
久々の登校で通学かばんを広げながらそうつぶやいしまった僕は、慌てて口をつぐんだ。
あまりに自然に出てしまった言葉だけに、誤魔化しようもなく、口を手でおさえながらチラッと隣の席に目を向ける。
「………」
案の定、隣の席に座る姫坂さんが「どうした」という顔で僕を見つめていた。
相手チームをビビらせるほどの鋭い眼光が、今まさに僕に向けられている。
「ひ、筆記用具……忘れちゃって」
聞かれてもないのに答えざるを得ないこの迫力。
きっと誰もが彼女の前ではウソをつけないだろう。
「………」
姫坂さんは僕の言葉を耳にしたはずなのに、無表情でこちらを見つめ続けている。
正直、心臓に悪い。
「シャーペン余ってたら貸してください」の一言が言えたらどんなにいいか。
ジーッと見つめ続けられてオドオドしていると、おもむろに1本のシャーペンが視界に飛び込んできた。
「……?」
見ると、隣の姫坂さんが無表情のまま僕にシャーペンを差し出している。
これは貸してくれるということなのだろうか。
姫坂さんは何も言ってこない。
僕は恐る恐る手を伸ばし、シャーペンを受け取った。
「あ、ありがと……」
精一杯の声でお礼を述べると、彼女は何事もなかったかのように前を向いた。
借りておいてなんだけど、めっちゃ怖い。なんか言ってほしい。
その日の授業は、シャーペンを壊さないことに全神経を集中させていたためほとんど聞いてなかった。
姫坂さんは不思議な人だった。
サラサラのショートヘアに整った顔立ち。
どちらかというと美人な部類に入るほうだが、何をするにも無表情で、楽しいんだか楽しくないんだかよくわからない人だった。
とはいえ無気力というわけではなく、自分の役割はきっちりこなすし、勉強もできる。
スポーツにいたっては、どんな競技でもクラスのみんなよりも抜きんでていた。
あまりしゃべらないためかクラスの誰とも絡まないが、かといって浮いてるわけでもなく、むしろ好かれていた。
「ねえねえ、姫坂さん! 今日の体育のバスケ、一緒のチームになろうよ!」
「あ、ズルい! あんたこの前も一緒だったじゃない!」
「この前はこの前だもん。ねえ、いいでしょ姫坂さーん」
「ダメ、今日は私のチームよ!」
そんなやりとりが僕の隣で連日行われていた。
姫坂さんはそれに対して嬉しそうな顔もせず、ただただ無表情に彼女たちを見つめている。で、結局、話し合い or ジャンケンで決着がついた相手のチームに入って大活躍をするというパターン。
みんなから好かれるわけだ。
そんな姫坂さんだけど、無口というわけではない。
クラスの誰かから話しかけられたらハキハキとしゃべるし、言葉づかいも丁寧だ。
内容もわかりやすいし、発音もしっかりしている。
単に自分から話しかけることはしないというだけで、コミュニケーション能力は高い。
……はずなんだけど。
なぜか僕との会話はほとんどない。
「お、おはよう」
朝、そんな言葉を投げかけても会釈されるだけ。
「昨日のテレビだけど……」
勇気を振り絞って話しかけても、彼女は僕の方をチラッと見るだけで何も言ってこない。
「今日のテスト、どうでした?」
「………」
しまいには無視される。
はっきり言って、嫌われてると思った。
他の人たちとはきちんと会話をしているのに、僕とはまともに口をきいてくれない。
嫌われるようなことをした覚えはないのだが、高校バレーのスーパースターが僕に対して超絶に冷たい。
正直ショックだった。
もしかしたら、進級時の初顔合わせの時に隣の席で萎縮していたのを快く思わなかったのかもしれない。
「一年間、よろしく」
と挨拶する彼女に
「ひ、ひゃい! よよよ、よろしくお願いしましゅ!」
とガチガチに緊張して噛みまくってしまったのだ。
そういえば、その時ポカンという顔をされてしまった。
それ以降、彼女との絡みはほとんどなく。
気づけば6月に入ろうとしていた。
僕にとって大事件が起きたのは、そんな時だった。
※
「松本くん」
放課後、僕は所属している文芸部の部室に向かう途中の廊下で突然誰かに声をかけられた。
振り向くと、そこにいたのはあの姫坂さんだった。
廊下の角から顔を半分だけ出してこちらを見つめている。
「……?」
びっくりしすぎて声が出ない。
なんで姫坂さんがここにいるんだ。
「ど、どうしたの? そんなところで……」
「ちょっと松本くんに尋ねたいことがあるんだが」
姫坂さんは僕の問いには答えず、そのまま聞いてくる。
っていうか、その状態で聞くんだ。
「松本くんは……その……いま付き合ってる人とかいるのか?」
なにその質問。
「いないけど……」
「好きな人とかは?」
「いないけど……」
「そうか」
姫坂さんはそう言って「うん」とうなずいた。
「邪魔したな」
「へ?」
そして何事もなかったかのように去っていった。
「なに!? え、今のなに!?」
新手の嫌がらせ!?
わけがわからない。
姫坂さんはそのままどこかへと消えてしまった。
翌朝。
いつものように登校すると珍しく姫坂さんが挨拶をしてくれた。
「おはよう、松本くん」
「あ、おはよう……」
どういう心境の変化だろう。
今日は姫坂さんから挨拶をしてくれてる。
「昨日は変なことを聞いてすまなかったな」
「い、いえ……」
「いきなりで驚いたろう?」
「ええ、まあ」
「別に深い意味はないんだ。忘れてくれ」
「はい」
気になる!
めっちゃ気になる!
なに? なんだったの?
でも忘れろと言われてるのに無理に聞くわけにもいかないし……。
いったい昨日のアレはなんだったんだ。
なんだかモヤモヤしていると、姫坂さんがたたみかけるように尋ねてきた。
「それはそうと松本くん。今日の放課後、あいてるか?」
「ほ、放課後ですか?」
「実は買い物に付き合ってほしいんだ」
「は? か、買い物?」
「突然で悪いが……」
本当に突然だ。
わけがわからない。
僕を誘うくらいなら別の人と行けばいいのに。
「何を買いに行くんですか?」
「試合で使うリストバンドだ」
そう言って手首に手を添えてくるくる回す。
「リストバンド?」
リストバンドって、汗をぬぐうアレだよね?
スポーツ選手がよく使ってるアレだよね?
え、なに? 僕、全然意味なくない?
「実は明日からインターハイ予選でな。試合用のリストバンドが欲しいんだ」
「はあ」
「で、そのリストバンドを松本くんに選んでもらいたくて」
「はい?」
言ってることが意味不明だ。
なんで僕なんだ?
「あの姫坂さん。リストバンドっていっても、僕よくわからないんですけど。姫坂さんが使いやすい方がいいと思う」
「大丈夫。リストバンドなんてどれも一緒だから」
わあー。
身もフタもないこと言ってるう。
しかもそれだとますます僕が一緒に行く意味ないよね!?
「でも松本くんに選んでもらったリストバンドなら、特別な意味を持つから……」
「え?」
「ああいや! なんでもない! なんでもない!」
ブンブンと首と手を振りまくる姫坂さん。
こんなキャラだったっけ?
「い、嫌か?」
「嫌じゃないけど……。僕が選んでいいのなら一緒に行くよ」
「本当か!? 本当にいいのか!?」
パアッと顔を輝かせる姫坂さん。
いや、その笑顔は反則でしょ。
不覚にもドキッとしてしまった。
「絶対だぞ!? 約束な?」
「う、うん」
「よしっ! よしっ!」
ガッツポーズをとる姫坂さんが、なんだか試合でスパイクを決めて喜ぶ姿と重なった。
※
学校が終わり、僕らは校門前で合流した。
27型のスポーティーなシティ車にまたがる姫坂さん。
対する僕は26型のママチャリだ。
「お待たせ」
「ああ」
すでに待機していた姫坂さんの横に自転車を転がしていく。
シティ車にまたがる姫坂さんの姿はすらっとしていて綺麗だった。
「えっと……どこまで行くの?」
「すぐそこだから、ついてきてくれ」
そう言って姫坂さんは颯爽と自転車を走らせた。
慌てて付き従う僕。
スイスイと軽快にペダルをこぐ彼女についていくのは至難の業だった。
「ちょ、ま、速……!」
なにこれ、超速ええ!
いつもゆったり自転車をこいでる自分では絶対に出さないスピードでびゅんびゅん突き進んでいく姫坂さん。
僕も必死に漕いでいるものの、その差は徐々に引き離されていく。
これは運動量うんぬんよりも、単純に身長の差が関係しているかもしれない。
姫坂さんのひとこぎに対して僕のひとこぎで進む距離は圧倒的に短い。
結果、たくさんこがなければ彼女に追いつけないのだ。
そんな僕の必死さに気づきもしないのか、姫坂さんは颯爽と自転車をこいでいた。
気づけば、もうだいぶ引き離されてしまった。
途中で姫坂さんが僕を置いてきぼりにしていたことに気づいて慌てて戻ってきたものの、気づかなければ僕は見失っていただろう。
途中で気づいてくれてよかった。
「ごごごご、ごめん! 速く走りすぎてた!」
「い、いや……いいんだ……」
ゼエゼエと肩で息をしながら呼吸を整える。
悪気があってやったわけじゃないんだから、怒る気にもなれない。
「これでもかなり抑えて走ってたんだが」
あのスピードで抑えて走ってたんなら、全力を出したらどうなるんだろう。
化け物すぎる。
「それで、お店はもうすぐなの?」
「ああ、あと5分くらい」
それは姫坂さんにとっての5分なのか、僕にとっての5分なのか。
「あの坂道を越えた先」
果てしなく続く坂道を見て、僕は「あと20分はかかるな」と思った。
目的地のスポーツ用品店はけっこう大きめの建物でいろんなスポーツグッズがたくさん売られているチェーン店だった。
駐輪場に自転車を置いて、姫坂さんと店内に入る。
店内には多種多様のスポーツ用品が売られていて、目移りしてしまった。
そういえば、僕にはあまり縁のない店だ。
スポーツと一口に言ってもメジャーなものからマイナーなものまでたくさんある。
こうやって見ていると面白い。
姫坂さんはそんな僕には構わずスタスタとバレーボールコーナーへと進んだ。
「松本くん、選んでくれ」
そう言って指し示された場所には、大小様々なリストバンドが陳列されていた。
素材も色も形もバラバラで何がベストなのか見てもわからない。
「どれも一緒」という姫坂さんの言葉を疑うわけじゃないけど、これはどれでもいいというわけにはいかなそうだった。
「あ、あの、姫坂さん? この中から選ぶんですか?」
「ああ。値段は気にしないでくれ」
「ていうか、予想の範疇を超えた豊富なラインナップなんですけど……」
「だろう? ここ、品ぞろえはいいんだ」
いや、そういう意味じゃなくて……。
僕は「んー」と目を細めながら適当に黒いリストバンドを引き抜いた。
値段も手ごろだし、一流メーカーのごくごく一般的なやつだ。
まあ、一流メーカーのものならまず間違いはあるまい。
「お、さすが松本くんだ。それを選んだか」
なぜか姫坂さんに感心されてしまった。
本心で言ってるのか疑わしい。
でも、姫坂さんはとびきりの笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。
「これで明日の試合、頑張れる」
「そ、そう? 頑張ってね」
僕のような運動部には無縁の者から「頑張ってね」なんて言われても嬉しくないだろうが、姫坂さんは「頑張る」と言ってくれた。
※
翌日。
姫坂さんの試合を見に行くつもりはなかったものの、どうしても気になった僕はママチャリを引っ張り出して応援に行くことにした。
幸い、試合会場は自転車で行ける距離だ。
リストバンドを選んだ手前、行かないわけにもいかなかった。
徐々に蒸し暑くなっていく中、僕は自転車を走らせて試合会場に向かった。
30分かけてたどりついた市営体育館は多くの選手や観客でごった返していた。
ごついカメラを携えた取材陣まで来ている。
どうやらみんな姫坂さん狙いらしい。
彼女が試合をするというだけで、こんなにも多くの人が集まるだなんて。
改めて彼女のすごさを実感する。
僕は体育館の2階へとつづく階段を駆け上がって観客席へと向かった。
そこももう満杯だった。
なんとか人の縫い目を見つけてそそくさと進み、邪魔にならないよう壁沿いに移動する。
多くの人でよく見えないが、コート上ではちょうど安城高校の試合が行われている最中だった。
「ナイッサー!」
「オーライ!」
「いけー、真琴!」
観客の応援とともに、選手たちの掛け声が2階の奥にまで聞こえてくる。
そして、その声をかき消すほどのスパイク音が耳に響いた。
まるで大砲のような低くて重い音。
そしてその音を生み出しているのがあの姫坂さんだった。
姫坂さんは3枚のブロックを物ともせず、強烈なスパイクを相手のコートに叩きつけている。
相手チームも姫坂さんの攻撃を防ごうと必死だったが、ひとたび彼女にトスが上がれば100%決まっていた。
そのたびに、観客席からも「おおおお」というどよめきの声が上がる。
それほど姫坂さんのアタックは見る者を圧倒していた。
すさまじい印象を植え付けていた。
そして、そんな彼女の姿に魅入ってしまっている自分がいた。
そうか、みんなおんなじ気持ちなんだ。
みんなこれを見たくて集まっているんだ。
そう思うと、僕も自然と姫坂さんを応援していた。
姫坂さんはスパイクが決まるたびに僕が選んだリストバンドで額の汗を拭っていた。それが嬉しくもあった。
その日の試合は余裕で勝利し、次のステージへとコマを進めた。
僕は勝利で喜ぶバレー部のみんなに心から拍手を送ってその場を後にした。
駐輪場に停めてあった自転車にまたがると、タタタタッという足音が背後から聞こえてきた。
「松本くん!」
その声に振り向くと、そこにはさっきまでコート上で大活躍していた姫坂さんがいた。
ユニフォーム姿で息を切らしながら目の前に立っている。
「ひ、姫坂さん!? どうしたの!?」
思わず尋ねると彼女は言った。
「いや、松本くんの姿が見えたから……」
マジか。
すごい視力だな。
「勝利おめでとう」
とりあえず当たり障りのない言葉を伝えると、彼女は「ありがとう」と言いながら聞いてきた。
「まさか応援にきてくれたのか?」
「うん。だって今日が試合だって聞いてたし」
それにリストバンドを選んだ手前、見に行かないというのも気が引けるし。
という言葉は飲み込んだ。
「嬉しい。ありがとう」
姫坂さんは再度お礼を言った。
心なしか顔が赤い。
コート上では凛とした表情でボールを追っていたのに、こうして見ると普通の女の子だ。背は高いけど。
「すごかったね、スパイク。あんなにもすごいの初めて見たよ。誰も拾えなかったじゃん」
「松本くんに選んでもらったリストバンドのおかげだ」
そう言って、恥ずかしそうに手首に巻いたリストバンドをさする。
ていうか、リストバンド関係なくない?
「いや、姫坂さんの実力だよ。すごかった」
「……ほんとに?」
「うん、ほんとに」
姫坂さんは嬉しそうに微笑んでいた。
なんだろう、あの試合を見たあとの笑顔だから、ギャップを感じてドキドキしてしまう。
「あ、あの、松本くん……」
「ん?」
「ご、午後も試合あるから……応援してくれるか?」
「あれ!? 午後もあるの!?」
「地方大会だから……」
知らなかった。
てっきり、一日一試合かと思ってた。
そっか、そりゃそうだよね。
これだけたくさんのチームがあったら、一日一試合だと終わらないよね。
「ご、ごめん。まだ試合があるなんて知らずに帰ろうとしてた」
「い、いや、別に松本くんが謝ることじゃ……」
「じゃあ午後も応援してっていい?」
「……うん! うん!」
姫坂さんはコクコクと頷きながら小さくガッツポーズを決めていた。
その動作が、なぜかとても可愛く思えた。
午後の試合は、またもや姫坂さんの大活躍によりストレートで勝利をおさめた。
相手はインターハイ出場経験のある強豪校ということだったけれど、姫坂さんの前では手も足も出なかったようだ。
一度もブロックできないまま、敗退した。
コート上で僕に向かって高々とリストバンドをはめた腕を掲げる姫坂さん。
そんな彼女を、僕は眩しく眺めたのだった。
※
我が安城高校が誇る女子バレー部のエース・姫坂さんには、どうやら片思いの相手がいるらしい。
そんな噂が飛び交ったのはそれからしばらくしてのことだった。
うちの高校のみならず、全国でも名の知れているスーパースターの秘密に学校中が大騒ぎとなった。
「どうやらうちのクラスの生徒らしいよ」
「二人で仲良くサイクリングしてるのを見たって人もいるんだって」
「この前の試合中、応援席に向かってガッツポーズして合図送ってたって話もあるよ」
みんながひそひそとささやく中、当の姫坂さんは我関せずという感じで次の授業に向けて教科書を開いていた。
「ねえねえ姫坂さん」
すると案の定、こういう話には人一倍関心の高い女子グループが声をかけてきた。
「姫坂さん、このクラスに好きな人いるんだって?」
その言葉に、姫坂さんは持っていた教科書をスポンと落とした。
寝耳に水というのはこのことを言うのだろう。
手は教科書を持っていた状態のまま、見事に硬直してしまっている。
顔がいつものように無表情なのが面白い。
「な、な、な……」
「誰、誰? 教えてよー。応援してあげる」
「だ、誰がそんなことを?」
「誰って、学校中その話題で持ち切りになってるよ?」
「……!?」
とたんに顔を真っ赤に染める姫坂さんに、女子たちは口に手を当てて「やだ!」と声をあげた。
「もしかして気づいてなかったの!? いやん、姫坂さん。超かわいい~」
「体育会系の天然って可愛さ倍増するよね。ずるいわー」
「で!? で!? 誰!? 誰が好きなの!?」
グイグイ詰め寄ってくる女子グループに押されて、姫坂さんは困惑した表情でチラッとこちらに目を向けた。
思わず目と目が合う。
と、次の瞬間、姫坂さんはクワッと目を見開いて立ち上がり、そのまま教室を出て行ってしまった。
「え? え? 姫坂さーん!」
女子たちは慌てて姫坂さんのあとを追って教室を出て行った。
※
それからというもの、姫坂さんはあまり僕とは会話をしてくれなくなってしまった。
いや、元の姫坂さんに戻ったというべきか。
隣の席にいるにも関わらず、目を合わせようともしてくれない。
ちょっと寂しかった。
「ねえ姫坂さん。聞きたいことがあるんだけど」
お昼休み。
僕は意を決して隣でお弁当を食べている姫坂さんに話しかけてみた。
姫坂さんはビクッと身体を震わせて僕を見る。
明らかに警戒心むき出しの表情だった。
な、何かしたかな、僕……。
「………」
箸を口に咥えたまま黙ってこちらを見つめる姿が気まずくて、僕も目をそらす。
なんてこった。
自分から話しかけておいて目をそらすなんて……。
「……なんだ? 聞きたいことって」
チラッと見ると姫坂さんは視線を戻してまたお弁当を食べ始めていた。
よかった。
ホッと胸をなでおろす。
「次の試合、いつやるの?」
「試合?」
「また応援に行こうと思って……」
できれば今度はもう少し近くで見たい。
姫坂さんの活躍する姿をもっと見たい。
そう思った。
僕の問いかけに姫坂さんはボソッと答えた。
「……今度の日曜」
「今度の日曜だね! 応援に行くよ!」
俄然やる気が出てきた。
もう少し早く行っていい席を確保しておかなきゃ。
と思っていると、姫坂さんから意外な言葉が出てきた。
「松本くんは……来なくていい」
「え?」
「来ると……迷惑かけるから……」
「め、迷惑?」
迷惑って?
どういう意味か聞こうとしたけれども、姫坂さんはお弁当をガツガツかき込んでそれ以上話しかけられないオーラを醸し出していた。
※
日曜日。
結局、僕は姫坂さんの言葉を無視していつもの試合会場に向かった。
あれ以来、またまともに話しかけられなかったけれど、やっぱり目の前で応援したかった。
姫坂さんに迷惑をかけられるようなことは何も思いつかなかったし。
朝から観客席の前の方に陣取り、うちの高校のチームが来るのを待つ。
そうこうするうちに観客や報道陣がどんどん押し寄せ、あっと言う間に観客席はいっぱいになった。
地区予選もまだ中盤だというのにこんなにも人が集まってくるなんて、やっぱり姫坂さんはすごい。
いや、この場合姫坂さんのいる安城高校女子バレー部がすごいのか。
何はともあれ楽しみだった。
姫坂さんの活躍をまた生で見られる。
ウキウキした気分で待っていると、続々と予選3回戦進出を果たしたチームがやってきた。
さすがは1、2回戦を突破しただけのことはある。
どのチームも背の高い女子ばっかりいて強そうだった。
少し遅れて姫坂さんたち安城高校チームがやってきた。
報道陣が一斉にシャッターを切るのがわかった。
露骨にひいきされてるのが肌で感じるけど、逆にいえばそれだけ姫坂さんたちは注目されてプレッシャーもかけられているということだ。
僕は両手を握り締めて「頑張れ、頑張れ」と心の中で応援し続けた。
やがて、いくつかのコートで試合が始まった。
姫坂さんたちのチームもウォーミングアップを済ませて試合開始となった。
相手は1、2回戦の相手とは比べ物にならないくらい背の高いチームだった。
身長180cmの姫坂さんが何人もいるかのような強そうなチームだ。
いや、実際相当強かった。
姫坂さんのアタックがことごとくブロックされている。
今まではどんなにブロックされていてもそれをかわして相手コートにスパイクを叩きつけていたのに、このチームはそれすら許さない。
おそらく徹底的に姫坂さんを研究し、マークしているのだろう。
姫坂さんはあげられたトスを全力で打ちにいっているのに、どれも防がれていた。
ザワザワと観客席がざわつき始める。
当然だ。
僕だってまさか姫坂さんがこんなにも苦戦するなんて思ってもみなかったのだから。
姫坂さんはアタックが防がれて相手に得点が入る度に、苦しそうな表情をして肩で息をしていた。
その姿を見るたびに胸が痛む。
そうこうするうちに25点先取されて1セット取られてしまった。
2セットめも姫坂さんは徹底的にマークされていた。
一人時間差やバックアタックもことごとく防がれていた。
明らかに敗色ムードが漂っていた。
仲間チームからも元気がなくなってきている。
僕はいてもたってもいられなくなり、席から立ち上がると大きな声で姫坂さんの名前を呼んだ。
「姫坂さん、ファイトーーー!!」
瞬間、姫坂さんがこちらを見上げる。
大きく目を見開いて僕を見つめていた。
「姫坂さん、頑張って! まだ終わってないよ!」
声を振り絞って叫ぶ僕に、姫坂さんはなぜかほほ笑んだ。
そして僕の言葉が通じたのかコクンと頷く。
そうして前を見据えた姫坂さん。
僕の目の錯覚だろうか。
さっきよりも一回り大きくなった気がする。
相手チームのサーブを拾い、トスが上がる。
そして姫坂さんが跳ぶ。
いや、飛んだという表現が合っているかもしれない。
姫坂さんは相手チームのブロックの上からスパイクを叩きこんでいた。
もう現実離れしているとしか思えなかった。
ブロックの上からスパイクを叩き込むなんて、普通できるのだろうか。
会場中がどよめいていた。
相手チームも呆然としている。
姫坂さんは僕が選んだリストバンドで額の汗をぬぐうと、僕に拳を突き出してガッツポーズを見せてくれた。
「か、か、か、カッコいい~~~」
そんな姫坂さんを見て、僕は一人つぶやいていた。
※
「松本くん、今日は応援ありがとう」
試合が終わったあと、帰ろうとする僕の前に姫坂さんが駆け足でお礼を言いに来た。
あの後、姫坂さんの怒涛の攻撃であっという間に逆転。
3回戦、4回戦ともに勝利をおさめていた。
さすがは姫坂さんだ。
「勝利おめでとう。途中ヒヤヒヤしたけど」
「うん。松本くんのおかげだ」
「いや、僕は何も……」
「松本くんの応援でいつも以上の力が出せた。礼を言う」
「よしてよ。照れるじゃん」
姫坂さんからそんな風に言われるとむずがゆくなってしまう。
姫坂さんはモジモジしながら言葉を続けた。
「そ、それでだな。松本くんさえよければ……その……これからも……応援に来て欲しい……」
「うん! 絶対行くよ!」
「そ、その……試合だけでなく、プ、プライベートな部分も……」
「プ、プライベート?」
「プライベートな部分も応援していただけないだろうか」
「よくわからないけど……いいよ! 応援する」
「ほ、本当か!? じゃあ、この後ふたりで映画でも……」
「え、映画?」
試合のあとなのに?
「いや、その、あれだ! 映画を見て疲れを癒そうかと。そしてそんな私を近くで応援して欲しいという意味だ」
「言ってる意味がわからないけど……うんわかった! 姫坂さんがそうしたいなら」
「よし! よし!」
何がいいのかガッツポーズをする姫坂さん。
僕は笑いながら「あれ? これってデートだよね?」とちょっと思った。
でもそんなこと言えない。
全力で否定されたら嫌だし。
僕はこれから先もずっと姫坂さんの近くで応援しようと心に誓った。
お読みいただきありがとうございました。