二つの世界
深呼吸をして目を開いた時、柊は既に大剣を振りおろす直前であった。
「……っ!?」
攻撃をしかけた側の柊の腕に微かな痛みが走る。
大剣を躱した恒星が柊の腕に剣を叩きつけたみたいだったが、大して効いていない様子だった。
(硬い…こいつの体、まるで鉄の塊みたいだ)
柊は恒星を振り払おうと腕を払ったが、それよりも早く恒星はその場から離れ、今度は横腹に剣を打ちつける。
その次に左足、さらに左腕に連撃を入れた。
攻撃を受ける度に反撃をするが、先程よりも数段素早くなった恒星を捉えることは出来ず、その全てを尽く躱された。
「くっ…なんて速さだ」
(攻撃を躱すのは訳ないが、どうする。あの鉄のように硬い体は一体どうすれば…)
少し助走を取り鳩尾を剣で突いてみるが屈強な体に弾かれてしまう。
(クソが!! だったら…)
柊の手前で地面を滑るような形で近づき、両脛を剣で撃ちながら股の間を潜り抜け、さらに両膝の裏に木剣を叩きつける。
「ぐっ……」
両足への集中攻撃でさすがの柊もたまらず両膝をついた。
恒星は滑った姿勢からそのまま後ろ向きでハイジャンプし、首筋と顎に渾身の一撃を入れる。
頭に強い衝撃をくらって脳震盪が起こったのか、柊はその場に倒れ込んだ。
(よしっ!! ってやばい、着地のことまで考えてなかった)
高く飛び上がりすぎて体勢が崩れ、着地に失敗する。
頭から落ちた際に負った怪我で流れ出した血によって、片目は開くことが出来なくなっており、立ち上がるのもフラつきながらようやくといった様子であった。
「ようやく……ようやくこの手でお前を…」
ゆっくりだが確実に一歩一歩、柊へと近づいていく。
しかし、その足取りは次第に怪しくなり、しまいには倒れてしまった。
(あれ? おかしいな。体が……動かない。くそっ、両親の仇が目の前にいるんだぞ。這いつくばってでもいい、とにかくアイツを……)
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芝生に血の跡をつけながら這って柊の元へ行き、近くに来ると剣を支えにしてゆっくりと立ち上がった。
(やっとだ。父さん、母さん、見ててくれ。俺が今ここでコイツを…)
「殺す」
ボソッと出た自分の声で寝起きの状態から我に返った。
(夢? だとしても、どこから気を失っていたんだ)
ベッドから起き上がり自分の体を確認する。
腕にはギプス、頭には包帯が巻かれており、出血はすでに止まっていた。
しかし、出血した量が多かったのか、ベッドの傍には輸血用の器具が置かれている。
「おぉ!! 気が付いたか恒星。しかし寝起きの一言が殺すとは、ずいぶんと?物騒だな」
恒星が起きるのを待っていた恒人が声をかけた。
「えっとー、それは……ぐえっ!!」
上手い言い訳が思いつかず困っていた恒星に、いきなり小柄な女の子が抱きついてきた。
「お兄様!! こうしてまた会えるのを心待ちにしておりました。あの日からずっと…」
「だ、誰? というか、ちょっと…苦し、い」
少女の力が以外にも強くて片手じゃ抜け出せず、恒星は苦しそうにしている。
「#恒__ちか__#、嬉しいのは分かるが離してあげなさい。このままではまた気絶してしまうぞ」
「すみませんお兄様!! 大丈夫でしたか?」
恒人に注意され、恒は慌てて恒星から離れた。
「けほっ、けほ。大丈夫…だけど、君は?」
「えっ?」
恒星からの質問が意外だったのか、恒はキョトンとした顔をする。
「あぁ、そうでした。嬉しくてつい、忘れてしまっていました」
恒は姿勢を正して恒星に向き直り、スカートの裾を摘んで軽くお辞儀をした。
「改めまして、私は恒。お兄様の妹の恒でございます」
「いや、恒。そこまで改まらなくとも……まぁよいか。それより、恒星よ。先のあの行動、ちゃんと説明があるのだろうな」
恒人は恒星に、何故いきなり柊を襲ったのかの説明を求めた。
(俺がなんでアイツを殺そうとしたか、だって? そんなの決まってる…)
「あいつが俺の両親の仇だからだ」
「仇? 何を言って…いや、まて。まさか、取り違えたのか」
恒人は何かを考え込み、ぶつぶつと呟いている。
(取り違えた? さっきから一体なんの話をしているんだ)
「お父様。お兄様が困っています。まずは状況を説明してあげてはいかがですか?」
「あ、あぁ。しかしどこから説明したものか」
鎧の二人組に出会った時から何一つとして状況を理解できていない恒星は、一から全て説明してくれとお願いをした。
「まず説明する前に、君には一つ知っておいてもらうことがある。それは、君がいた世界と今いるこの世界は別の世界だという事だ」
「それはつまり、ここは小説とかによくある異世界って事か?」
「異世界…というよりかは、パラレルワールドの方が近いだろう」
(異世界とパラレルワールドの違いがよく分からんが、まぁいいか)
「2つの世界はそれぞれ#君がいた世界__アナザー__#、#今いる世界__リアル__#と呼ばれていて、2つの世界には同じ人間が存在しているのだ」
「それじゃあさっきの取り違えたっていうのは…」
「あぁ、概ね君が今想像した事で合っているだろう」
(今の説明とこれまでの出来事で何となく事情は読めた。きっと#リアル__ここ__#で会った由宇奈は#アナザー__あっち__#の由宇奈と別人なのだろう。だとすると、今大事なのは…)
「俺は元いた世界に返してもらえるのか?」
恒人は険しい表情で考えた後、口を開いた。
「結論から言えば、NOだ。だが、別に手段がないわけではない。返そうと思えばすぐにでも君を元の世界に帰す事は出来る」
「じゃあなんで…」
「民のためだ。人はいつ死ぬか分からん。無論、我もだ。我が死んだ時の後継が居なければ民は不安になってしまうだろう。民を安心させるためにも君にはここに残ってもらいたい」
恒人は話の流れからそれとなくお願いをしたが、元の世界に帰る手段を知らされていない恒星からしたらそれは、半ば強制に近いものであった。
「この世界に残り、俺に貴方の息子として王子の代役をしろって事ですか?」
「正直に言うとそうだが、悪い話でもないだろう? それとも何か#元いた世界__あっち__#での心残りがあるのか?」
(心残りか。家族はもういない……確かに#リアル__こっち__#で王子として過ごすのも悪くないのかもしれない。けど友人やなりより由宇奈に……)
「お兄様!」
一度恒星から離れた恒が再びしがみつく。
「恒も久しぶりにお兄様と一緒に過ごしたいです。お兄様は嫌…ですか?」
恒が目をうるうるさせながら上目遣いでお願いをする。
「はぁ…わかったよ。こっちの俺が見つかるまでの間だけ、代役を任されてやるよ」
(仕方ない。こっちの世界でやりたい事もあるし、それが終わるまでは王子の代わりとしてこっちで生活するか)
こうして恒星の王子代役としての日々が始まった。