私が大リーガー?
佳子には基本的に知人が少ない。
男性としゃべるなんてもってのほかだ。
友達と呼べるのは高校時代の時代の2人だけ。
1人はこの間のメールの相手で
もう1人は刑務所に入っている。
専門学校を卒業してすぐにバイト仲間と結婚したが、
結婚してから相手の親にさんざんいじめられ、
最終的に義母とダンナを刺殺してしまった。
佳子は刑務所宛によく手紙を出している。
刑務所でも外でもあまりいいことないから一緒だよ。
と訳のわからない内容だ。
でも、今、佳子的にいいことが起ころうとしてるのである。
全くの思い込みだが。
川口とは新阪急ホテルのカフェで待ち合わせしている。
カフェに行くともう川口がいた。
「こ、こん、こんにちわ」
ど、どうしよう。
この人、私を口説くんだわ。
ドキドキ。
「あのう、僕とアメリカに行きませんか」
ア、アメリカ。いきなりだわ。すごいこの人。
もう新婚旅行の計画。
佳子は舞い上がった。
「だから、アメリカの協会が先にオッケー出したんです。月末ドラフトです。井上さん、うちの事務所なら通訳もトレーナーも付けられます」
「え、私がアメリカ行くんですか」
「だから、アメリカが先に決定したんですよ。女子オッケーの。井上さんなら6億ぐらいの給料じゃないかなぁ」
「え、6億。今、手取りで30万ないんですよ」
「OLの給料と比べないでください。大リーガーですよ。普通なれないんですよ」
「ええええ」
「何かスポーツは」
「枕投げを少々」
川口は苦笑いした。
「とりあえず、月末アメリカに行くから準備してください」
川口がサッと立ち上がって出ていった。
何ぃ、私が大リーガー?
確かに速い球投げられるけどそんなに速いんか。
野良猫に石ぶつけてたぐらいなのに。
佳子は悩みながら家に帰った。
マンション下にいたマスコミはもういなかった。
家に入って母親におみやげのバームクーヘンを渡す。
「お母さん、私、アメリカに行かなあかんみたい」
「アメ村って変わったんやろ」
「違う、本当のアメリカ」
「うそ。転勤かいな」
「大リーガーやって。給料6億円ぐらいやって」
「え、6億」
「うん」
「6億」
母親は6億としか言わなくなった。深い話をするのはもうやめよう。
「あっ、テレビに私出てる」
「ホンマやな。まだ映りええ方やで」
「ホント」
「お母さんの友達グチャグチャやったわ」
「良かった。顔テカらないで」
この親子はいつも話が変な方向に行ってしまうのである。