達観
デュランはエヴァを寝かせている客間を後にし、皆が飲んでいる応接間へと戻る。
すると酔いが回って顔を真っ赤にし、般若の如き形相のヒルドがカツカツとヒールの音を立ててデュランの元へ向かってきた。
「ちょっとデュラン、エヴァに変なことしてませんでしょうね」
「してねぇよ。大体文句があるなら酒を飲ませた張本人に言え」
デュランは顎でヒルドとエヴァの母のスヴェルを指し示すがヒルドはそれでも納得がいかない様子だ。
「……ったく、勝手に人のことを疑うんじゃねぇよ。お前らじゃなければ一生話したくなくなるところだぞ」
はっ、とヒルドは一瞬昔の事がフラッシュバックする。あの時ヒルドは体調を崩していた為に王子が来訪した時、現場に居なかったがことの顛末は聞いている。
確かにあの後に同世代の子供達が集まる様な場所でデュランが避けられていたのは知っているし、自身も周りから近づかない方がいいよと言われた記憶もある。当然そんな言葉は一蹴したし物理的にも一蹴してやったが。
「ふん、そんなこと知った事じゃありませんわ。ともかく勝手にエヴァに何かしたら許しませんからね」
当然ながらヒルドはエヴァの気持ちは知っている。デュランがそのことに気づいているかは定かではないが、ヒルドが婚約破棄したい理由には当然ながらそれも入っていた。
とはいえ可愛い妹であり半身のような存在を、今のところ将来の約束もしていないこの男が、その場の雰囲気で華を散らす行為でもすれば刺し殺しても文句は言わせないと考えている。
しかしデュランがこう見えて誠実な男なのは知っているからあくまで忠告するだけだ。
「エヴァを傷付けるような事はしない。心に誓ってな」
「ふん……それならいいですけど」
そうは言うが、ヒルドはエヴァにも出来れば好きな人と結ばれて欲しいと思っている。
しかし好きになったのが自分とはいまいちどころか相当馬が合わないデュランなので複雑な心境ではある。
とはいえヒルド自身、妙なところでデュランと意見が合うのは考えないことにしている。
「ヒルド、兄さんなら大丈夫だよ。こう見えて意外とヘタレなところがあるし」
「随分と言ってくれるじゃないかレーヴァ」
「僕は正直なだけだよ」
顔を赤くしていつもの様に子犬のような笑顔なレーヴァだが、酒を飲むとどうも毒を吐くらしい。
「今日はご機嫌な様だな。結構飲んでるのか?」
「少しだけだよ。それに僕にとっては特別な日なんだ、嬉しくも悲しくもね。兄さんには感謝してるしガッカリもしてるのさ」
「ったく、コイツは好き勝手言ってくれるじゃないか。でもお前にとってはこれが最良なはずだろ?おめでとう、新当主様」
「ありがとう。でももう既に胃が痛いよ」
「ただの飲み過ぎだ。ヒルド、頼むから公の場ではコイツに飲ませるなよ?」
成人した日……二人の誕生日に初めて酒を飲んだのだが、レーヴァは酔ってしまうとどうも本音をバンバン言う様でそれはそれはとても面倒なことになる。
場が場であれば下手を打って禍根を残す可能性があるのでデュランはレーヴァに酒を飲ませたくなかった。
どこもかしこも末っ子は酒を飲ませない方が良いらしい。
「……分かってますわ。お父様やお母様がいますのに『愛している』とか『君しか見えない』なんてどんどん言ってきますもの。恥ずかしいったらありませんわ」
「それは心外だよヒルド。僕は本音を伝えているだけさ。君に嘘なんてつきたくない。愛しているよヒルド」
まったく我が弟ながら恥ずかしいことを、と呆れてものも言えないが本当に嬉しそうなレーヴァの顔をみて軽く笑みが浮かぶ。
これが自身で望んだ風景だ。
神様もたまには仕事をしてくれると、二人の仲睦まじい姿をつまみに飲むのも悪くない。
(ちょっと年寄り臭いかな……)
年寄りと言えば我が親だ。年寄りにはまだ遠いところだが親父達は既に眠りにつき、母達は延々と話し続けている。
貴族達が集まるパーティーでは決してこの様な姿はデュランの前では見せないので、アルコールが入るのは同じなのによく切り替えができるものだと呆れつつも感心した。
グラスに残ったワインを一気に飲み干し、静かにデュランは部屋を出た。
(もういいよな。一応顔は見せたことだし)
部屋に戻りベッドで横になり、何故か思い起こすのはエヴァの寝姿だった。
彼にとって今日一番の印象だったのだろう。
何故かもやもやが中々おさまらずに眠れない。
(はあ、何だろうな)
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