酒が入れば
シルト家がソーディア家に来訪し婚約の話は問題なく決まると、当主達はこれはめでたいという名目で真っ昼間、正確には夕刻前から酒盛りが始まった。
二人共酒好きの上に、親友という仲だ。何も無くても飲んでいたに間違いない。おまけに互いの妻も飲み始め、今夜は家族でお泊まりということが決定した。
「はぁ、マジかよ」
「諦めた方がいいよ?」
エヴァと二人で散歩している所を見られていたデュランは言い訳をするも、どう見ても体調に問題は無さそうな為に夕食、もとい酒盛りに強制的に参加することになった。
「なんだこりゃ」
応接間で食事をすると聞いて渋々扉を開けるとすでに出来上がっている大人達と新成人。
大人達はわいわいと騒がしく、新成人は窓際で何やら二人の世界を築いているようだ。
「俺は夕食だと聞いていたんだがなぁ……」
「お父さん達がかち合った時点で無理だよ。とりあえずわたしたちも座ろっか。デュランはお酒飲めるの?」
「一応嗜み程度な。そんなには飲めないぞ」
「嗜み程度って……デュランは成人したなったばかりなのに」
応接間には他の部屋からテーブルが持ち込まれ、その上に料理とナッツや干し肉といったおつまみがワインと共に置いてある。
「エヴァも飲むか?成人になったし酒はもう飲んだことあるだろ?」
「え?も、もちろん。でも今はいいかなぁ……」
デュランはグラスにワインを注ぎ、干し肉を口に咥えてソファーに腰を落とす。
貴族としてのマナーもクソもあったものではないがここは自宅、おまけに周りには酔っ払いしかいない。
そもそも客であるシルト家当主に挨拶もしていない事が問題だが、酒を飲んだアイギスと父には近づきたくないし、部屋に入ってきた自分にも気付く素振りもないぐらい白熱した話をしているのだからする必要ないだろうと思ったのだ。
そんなデュランがワインのグラスに口をつけると横から声をかけられる。
「元気だったデュランちゃん?」
「さっきまでは元気だったよ。つーか酒臭っ!」
何も気に留めずにデュランに話しかけてくるのはエヴァとヒルドの母スヴェルだ。幼い頃から知っている為に気安く、親子の様に話す仲だ。
「まぁまぁデュランちゃんも飲みなさいよ」
「てかデュランちゃんはやめてくれよ。俺ももう成人したんだからさ」
「いいのいいの、デュランちゃんはデュランちゃんなんだから」
流石にこの歳になってちゃん付けされるのは恥ずかしいという他ない。とはいえデュランもこの人だから仕方ないか、とは思っているようである。
「デュランちゃんも色々大変だったわね。婚約の件だけど……」
「それは気にしなくていいよ。俺もヒルドも望んでいた事だし、当主も『双剣聖』加護持ちのレーヴァになったし肩の荷が降りた気分だよ」
「でも大人の都合で勝手に決めてしまったことよ。貴方達の気持ちも確かめないで……ごめんなさい」
謝罪の言葉にデュランは内心溜息を吐いた。確かにヒルドを婚約者に、と聞いた時は驚きと失望感があったがそれが解決した今、そんなこともはや気になどしない。
若干気になるのは親達がデュランとヒルドが実は相思相愛だと勘違いしていないかということだが。
「だから気にしてないって。だから頭を上げてくれよ」
「いーえ、ここは親として、シルト家夫人として……」
うんぬんかんぬん。どうにもこうにもスヴェル夫人はからみ酒と泣き上戸が合わさっていて、デュランは内容の大半を右から左へと聞き流しながらナッツを齧りつつワインを飲む。
席の反対側ではデュランの母のミスティにエヴァが絡まれているようだったが、自らの母の様子を見てデュラン達の側に来る。
「お母さん、ちょっと飲み過ぎだよ?」
「たまにはいいのよ。最近は領地の事もあって中々お友達にも会えないんだから。ほら、エヴァちゃんも飲みなさいな」
エヴァのグラスに注がれるのはワイン。
しかし母は酔っ払っていたせいか、エヴァが自身の前で酒を飲んだ事がないのを失念していた。
「もう、これだから酔っ払いは」
「ほらほら早く飲みなさい」
「もう……でも、折角だしわたしもちょっと飲んでみようかな」
周りも飲んでいるし周りも信頼できる者達ばかりだ。好奇心に負け、そっ……とグラスに口をつけるとフルーティな香りとちょっとした苦みが口の中を駆け巡り、喉の奥がじんわりと熱くなる。
(うっ……でもこれが大人の味なのかな?うーん……もうちょい飲んでみようかなっ)
最初は不思議な、いや変な味だと思っていたワインもちびちび飲んでいく内に段々悪くないと思えてくる。なるほど、蛙の子は蛙ということか。
とはいえアルコールの耐性に関してはまだまだおたまじゃくしというべきか。
エヴァの頭の中と視界はぐるぐる、ぐるぐると回ってくる。
「おい、エヴァも飲んでんのかよ。酒は大丈夫なのか?」
「大丈夫らよ?だっておいひーもん。ほらほらデュランものまなひゃ!」
「呂律が回ってないぞ……どんだけ酔うの早いんだよ」
たった一杯飲んだだけで既に酔いが回ってしまったようである。
エヴァはふらふらしながらワインの瓶を持とうとするが酔っている為に瓶を掴めぬどころか体勢を崩してしまう。
「ひゃっ……」
「っと」
倒れそうになったエヴァを支えたのはデュランであった。はからずともエヴァは抱きしめられた形になり、一瞬だけ身体がピクッと固まるがそのまま力が抜けていった。
「あー、またデュランにたひゅけられたぁ。いつもありがと……デュラン……くぅ……」
「はいはい、どう致しまして……って寝てんじゃねぇか! おーい起きろ」
ぺちぺちとエヴァの頬を叩くがエヴァはくぅくぅと寝息を立てて起きる気配はない。
「あらあら。そういえばエヴァちゃんお酒飲むの初めてかもしれないわね」
そういうことは早く言え、と言いたかったがここはまずエヴァを何とかすることが最善であるとデュランは思った。
「よっこいしょ、っと」
デュランはエヴァを抱き抱え、もといお姫様抱っこをしながら扉の前で待機している屋敷の使用人の元へ行く。
「ちょっと寝かせてくるよ」
「あらあらごゆっくり」
「……ったく」
付き合いが長いとはいえ、酔っ払っていても自分の娘のことを、しかもデュランの親がいる前でそんな事言うなと怒鳴りたいところだ。
というか少しは心配しろと言うべきか。
そんなことを思いつつ使用人に渋々と話しかける。
「客室のベッドって整えてあるか?」
「ええ、ええ、準備万端でございますよ」
「……他意はないからな」
「わたくし共は坊ちゃんを信頼しておりますのでそんなこと疑いませんよ」
「いい加減坊ちゃんはやめてくれ」
「おやおや失礼しました。ではこちらへどうぞ」
使用人が軽口を叩くが、それだけ気心が知れている仲である証拠だ。
軽口が叩けるほど使用人と仲が良くなるのは雇っている貴族としてはよろしくないだろうが、デュランは一切そんな事を気にしない。むしろ気を使うなと言いたい程だ。
使用人が案内した部屋にはベッドが二つ、ヒルドとエヴァが今日寝泊まりする為の部屋であった。
「ではごゆっくり」
「まてまて、ごゆっくりじゃねえよ。未婚の男女を二人きりで部屋に置いていくつもりか」
「坊ちゃんを信用しておりますから。と、冗談はさておきメイドを一人つけておきましょう。今呼んできますね」
バタンと閉められるドア。早速言ったことを反故され、まったくもう、と思いつつもベッドにエヴァを寝かした。
普段ならメイドはすぐ来るものだが今日に限ってなかなか来ない。余計な気を回すなと声に出して言ってやりたい気分だ。
(それにしても寝顔は意外と変わらないもんだな)
五、六歳の頃までは遊びに来たエヴァと一緒に眠ることも珍しくはなかった。幼児とはいえ、それも貴族としては良くないことだったのだが、共に親が気にしていなかったから良いのだろう。
というか二人の両親は共にどうも奔放なところがあるようだ。
それでも昔は昔。今二人きりで、エヴァの寝顔を見るというのはなんとも不思議な気分だ。
ただし彼も成長はしているし、今は多感な時期でもある。ついついじっくり見てはいけない身体の部分を目を逸らしながらも見てしまう。
(いかんいかん。気付かれたら拙い。それにしてもいつになったメイドはくるんだ?)
おそらく気を利かせたのだろうが未婚の男女が部屋の中に二人きりはよろしくは無いし、部屋の扉もしっかり閉められている状況である。
仕方なく部屋の扉を開けるが、何故かいつもより扉が重いために力を込めて押すと「ふぎゃっ」という声が聞こえる。
「……何をしてるんだよ?」
「えへへ」
そこには屋敷の若いメイドがにやにやと笑顔を浮かべてデュランを見ていた。おそらく扉に張り付いいていて聞き耳を立てていたのだろうが、そんな事してないで早く部屋に入れと怒鳴ってやりたかった。
デュランは溜息を吐くとメイドにエヴァを任せて再び応接間へと戻っていった。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク登録とポイントをお願いします。