過去
およそ今から八年前、ソーディア家の敷地内でのみ収穫できるマリアルの実が偶然にもアーマン王の口に入る事になり、王はそれを大絶賛した。
それ以降マリアルの実は王家御用達となった。
ある日、アーマン王はマリアルの実が成っているものを自ら収穫し、採れたてを食べたいと言い出しすぐ行動に移した。
決して暗愚な王ではないが自分で見聞きして本質を知りたい、といったような臣下にとっては非常に厄介な行動派な王であり、この様なことも初めてではなかった。
しかし突然の王の訪問に焦るのは先日代替わりをしたばかりのエクス。思えば急に訪問されることが増えたのはこの時からかもしれない。
この時、ソーディア家には当主の親友、もしくは腐れ縁とも呼ばれるシルト一家が滞在していており、奇しくもシルト家も共同で王を迎える事となり、どこからか噂を聞きつけた貴族達も駆けつける事となり一大野外パーティーの様になってしまった。
ただ前日に主催の当主達の息子と娘が一人ずつ風邪をひいてしまい、来賓にうつす訳にもいかないので部屋から出さないことになった。
そして当日に王と共に来訪してきたのは王の長男でデュラン達と同い年の第一王子であった。
ともかく、王族の訪問故にそれはそれは丁寧に対応し、無事に何ごともなく終わろうとしていた。
ところがである。子供達同士で遊んでいた第一王子が癇癪を起こした。
「おい、貴様何故僕に従わないのだ!? 僕の言う通りに婚約者になれ!」
「やっ! 絶対にやだ!」
第一王子は王にとって初めての息子であり、大変甘やかして育ててしまった。
やはりというか、我儘に育ってしまい自分の思い通りにならないとすぐ機嫌を損ね、癇癪を起こしてしまうのだ。
そんな彼はエヴァに事もあろうか一目惚れをしてしまったのだ。
最初は優しく言っていたのだが、エヴァが自分に興味がないような態度をとると癇癪を起こしてしまった。
挙げ句の果てにエヴァの銀色の髪を掴みあげ引き摺り帰ろうとしてしまう。
本来なら王が止めるべきであるが、王は息子の欲しがるものはなるべく与えたがっていたし、婚約者が欲しいなら形だけでも与えようとしていた。
とはいえ暴力的なことは流石に拙いと思い息子を説得するが我儘を聞いてくれるだけの親の言う事など聞くはずがない。
「いたいよぉ、いだいよぉぉ!」
「うるさい! 早く馬車に乗れ! お城はこんな田舎よりもいい所なんだからお前も来い!」
周りの子供も大人も誰も止める事はない、というよりは不敬を恐れて口出し出来なかった。
家に罰が与えられる事を恐れつつもエヴァの父であるアイギスが動こうとしたその時、王族が乗る馬車へと向かう二人の前に一人の少年が立ち塞がった。
「やめろよ。痛がってるし嫌がってるだろ。その手を離せよ」
「なんだお前は?王族である僕に対して失礼だぞ!」
「王族だろうがなんだろうがやっちゃいけないことがあるんだ。俺は父上にそう教わった。だからエヴァからその手を離せ」
「嫌だ! こいつは僕のものだ!」
「ふざけるな、エヴァはものじゃない! そんな悲しい顔をさせるなんて大人が許しても俺が許さない」
その少年――デュランは相手が王族であろうとも引くことはなかった。むしろその正義感からエヴァにあんな顔をさせた王子が悪と思うほどだ。
デュランは二人に近づくとエヴァの髪を掴む第一王子の手を振り解き、事もあろうか第一王子を転倒させてしまった。
「デュラン!」
「大丈夫か?綺麗な髪がぐしゃぐしゃに……うぐっ!?」
子供であろうと王族に手をあげてしまったのは間違いない。デュランは王族の近衛に抑え込まれてしまう。
ただ誰が見てもこの状況でデュランを責める者はいないだろう。取り押さえた近衛にしても内心は良くない事だと思ってはいるが、仕事は仕事と割り切っていた。
「へへーんだ! 僕に逆らうからこんな目に合うんだよ」
取り押さえられ、地に伏しているデュランを上から見下す王子だったが、デュランの眼光は決して弱まることはなかった。
「黙れ!」
「ひっ!?」
「王族ってのは皆を導くためにあるんだろ! 歴史に残る王族はみんな偉人ばかりなのに……このままじゃお前は愚かな王様になるだけだ」
「僕が愚か……?そんな訳……」
「あるだろ! 周りをよく見ろ、誰がお前を褒め称えているんだ」
第一王子は周りを見ると自分に向けられた視線が恐れや哀れみ、もしくは怒りであったことに気づく。
「くっ、なんだよ、なんだよ! なんで僕をそんな目でみるんだよ……ふぇ……ふぇ……あー!」
号泣する王子の元へ駆け寄る王だったが、抱え上げ抱きしめても王子は泣き止むことはなかった。主催であるエクスとアイギスは慌てて王の元へ行き、頭を下げるが王は二人に頭を下げなくても良いと伝えた。
「エクスよ、あれは其方の息子であるか?」
「はっ、我が愚息がとんだ失礼を……」
「何が愚息か、我が息子と同じ歳であるのに勇敢ではないか。ワシはこの件で罪を問う様なことはしない。そしてアイギスよ、其方の娘にも申し訳ないことをした。済まぬ」
王が頭を下げようとすると慌てて二人は王の行動を止めた。
「おやめください王よ! 我々の様な者に頭を下げるなど……」
「いや、これは王としてではなく父親としての謝罪だ。それに息子に対してよく言ってくれたと感謝しておる。近衛よ、その子を離すがいい」
大きな返事をして近衛はデュランを解放した。その時小さな声で済まなかった、とデュランの耳に騎士からの謝罪が届いた。
そして解放されたデュランにエヴァが飛びついてくる。
エヴァは震えながらデュランに抱きつき、それに対してデュランも優しく、ふわりと包み込むように抱きしめた。
「ごめんね、ごめんねデュラン」
「いいんだよ。俺こう見えても強いんだからさ」
ひっく、ひっくと泣き噦るエヴァだがデュランは笑顔で頭を撫でる。ぐしゃぐしゃになった銀色の髪にそっと優しく触れながら。
この時の彼を見た者達は皆デュランのことを勇気のある少年だと思っただろう。
但し……悪意というものはどこにでもあるもので――
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