婚約者
兄弟二人の人生を決めた儀式の日から数日が経ち、ソーディア家の使用人達はバタバタと慌ただしくしていた。
何故なら今日は新たな後継者の婚約者一家が来る日なのだ。
ソーディア家は武の一族であり、現当主のエクスは貴族でありながらも倹約家である為に、普段は家の内装など全く気にしなかった。
それ故に物置き部屋の埃をかぶった調度品を持ち出して飾ったり、なるべく良い茶葉を慌てて買いに行っているのだ。
ここまで慌てているのは、息子の婚約者であり同格の貴族であり『盾の一族』として有名なシルト家が突然来訪するという連絡が来たのだが、それは前日のことだった。
シルト家の当主とは昔からの仲であり、こういったことも珍しくもないのだが今回は事情が事情だ?
そもそも婚約者が変わる旨を伝える手紙が届いたのはおそらく一昨日辺りだ。早馬を飛ばしたとはいえ、かの領地とは距離があるのですぐには着かないのだ。
しかも手紙には謝罪の意味を込めてこちらから伺う内容を書いたはずだ。急なことにエクスは頭を抱えるしかなかった。
「お、レーヴァ似合ってるじゃないか。流石は次期当主様だ」
「揶揄わないでよ兄さん。っていうか兄さんも準備しなよ」
レーヴァは既に正装に着替えており、髪型もセットされている。対してデュランは普段通りラフな格好で髪もボサボサである。
「良いんだよ。大体さ、俺が原因だけど加護に関しては俺の責任って訳じゃないからな。親父にも俺はショックで寝込んでいるってことにしてもらったのさ」
「面倒なだけでしょ。まったくもう兄さんは……。あ、そういえばエヴァも一緒に来るって聞いたよ」
「あの泣き虫エヴァが?随分と会うのも久しぶりだな。確かエヴァが次期当主なんだよな?」
「うん、あそこは一番優れた能力を持つ者が当主になるみたいだしね。おかげ様で僕は初恋を実らせることができたよ」
「無能な兄にも多大なる感謝をするべきだな」
「本物の無能は自分を無能と思わないから無能なんだよ?」
「はいはい、ほれ噂をすればやってきたようだぞ」
デュランとレーヴァが窓の外を覗くと金色の盾の家紋が入った馬車がソーディア家の門の前で止まっていた。
馬車の中からはエクス・ミスティ夫妻と歳が近いと思われる容姿の夫婦、そしてその娘二人が屋敷に向かって歩いてきた。
「将来の義父母だぞ。しっかりやってこいよ」
「もう、他人事だと思って。まぁいいや、行ってくるね」
たたた、と小走りでレーヴァはエントランスの方へ向かっていった。おそらく父母であるエクスとミスティは既にエントランスにいるだろうから、レーヴァは来るのが遅いと小言を言われるだろう。
だが自分には知ったことではないと思い、自室のベッドにデュランは横たわる。
(さて、何時頃に帰るのかな?帰るのが遅そうなら夕食は部屋に運んでもらうとするか)
シルト家が昼過ぎに来訪してからしばらくして、来賓用の部屋からは笑い声が聞こえてくる。
そういえば父母とシルト家の夫婦は通っていた学園が同じと聞いている。昔から交流はあったし無事に縁談も進んだんだろうと思いデュランは安心した。
さて、やる事も無いし一眠りするかと目を閉じると窓をコンコンと叩く音がした。
何事かと思い、デュランが立ち上がって窓を見るとそこには蒼いドレスを着た見覚えのある顔をした女性が立っていた。
はぁ、と息を吐くとデュランは窓を開けた。
「おいおい、淑女がそんな窓の外から呼びつけるなんてはしたないって言われるぞ……エヴァ?」
「いいのいいの気にしない気にしない。それにしても随分と元気そうじゃない?ショックで寝込んでいるって聞いたよ?」
「そうそう、ショックを受けて調子が悪いから一眠りしようとしてたんだよ。だからさっさと家族の元へ戻っ……って、うわ!?」
ドレスを着て銀色の髪を靡かせたエヴァは窓際にいるデュランの手を掴むと、外へ無理矢理引き摺り出してしまった。
「あいててて……いきなり何すんだよ」
「久しぶりに来たのに顔も出さないデュランが悪いんだよ?わたしデュランに会うの楽しみだったんだから」
「楽しみって……俺にか?お前はいつも姉のヒルドとレーヴァと遊んでたじゃないか」
「デュランだって一緒だったでしょ?楽しい記憶を無くすなんて酷いよ」
デュランの記憶の中ではエヴァは揶揄うとすぐ泣く様な女の子であり、しょっちゅうデュランはエヴァを泣かしていた。
とはいえ当時からエヴァは力が強くデュランもしょっちゅう生傷を作らされた記憶もある。
そんなエヴァに自分に会う楽しみなんてあるのかと甚だ疑問に思うところだが。
「楽しい、ねぇ……。そういえばレーヴァとヒルドはどうだった?話はまとまったのか?」
「むー、話を逸らした。とりあえずお姉ちゃんとレーヴァ君は大丈夫だよ。お父さんとお母さんも納得してたし。でもいいなぁお姉ちゃん、好きな人と婚約できて」
「お前は次期当主様じゃないか。婿探しも選り取り見取りだぞ」
「……バカ」
(なんか不味かったか?)
露骨に顔を顰めさせたエヴァにデュランは思わず後退りしてしまう。この顔をさせると身体に傷が出来る確率が高いからだ。
「いや、その、お前も綺麗になったし婚約者はまだかなって思ってさ」
危機から逃れる為の取り繕いの言葉ではあるが、綺麗になったというのは本心である。
元々幼い頃から彼女達姉妹は容姿に優れていたし、将来どちらかは当主になる為に引く手は数多であった。
「もう……でも綺麗って言ってくれたから許してあげる。でも婚約者は見つかってないよ」
「そっか。泣き虫でじゃじゃ馬の婿は中々大変そうだしな」
「……前言撤回。罰として今からわたしに付き合うこと!」
「ちょっ、引っ張るな馬鹿!」
頬を膨らませたエヴァに連れ出されたデュランは暫し歩き慣れた自宅の庭をエスコートする羽目になった。
当然それは屋敷にいる者全てに見られていた。
当然来客であるシルト一家にも。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク登録とポイントをお願いします。