43.挨拶
シェリーがアシュトンの家から帰り、少しするとアシュトンからホワイト辺境伯宛てに手紙が届いた。
「シェリー、アシュトン子爵から私宛に手紙が来たのだが、何かあったのかい?」
「……読めばわかりますわ」
シェリーは父親からの問いかけに答えると、封筒を開ける父親の様子をうかがった。
「なになに……大事な話があるので、週末の夕刻に伺いたい、と……」
シェリーの父親のカルロスは静かに頷いた後、シェリーの様子をちらりと見てにやりと笑った。
「シェリー、大事な話と言うのはもしかして……」
「……週末になればわかりますわ」
「ああ、そうだな。シェリー、アシュトン子爵は良い人だし、財産もある。……うまくやったな」
シェリーはカルロスの言葉を聞いて、むっとした。
「私、そのように言われるのは不愉快ですわ」
「まあ、いいじゃないか。……そうか、アシュトン子爵と……」
カルロスは手紙を封筒に戻すと、それをもって自室へと歩いて行った。
週末が来た。
カルロスは正餐の準備をして、アシュトンを待った。
夕刻にアシュトン子爵の馬車がやってきた。
召使を連れ、馬車から降りたアシュトン子爵はカルロスとシェリーの母グレイスに挨拶をした。
「遅い時間に失礼いたします。本日はお時間をいただきありがとうございます」
「お待ちしておりました。さあ、どうぞ」
「こちらはグレイス様に……」
アシュトンは召使に言って大きめの包みをグレイスに捧げた。
「まあ、何かしら? 開けてもよろしいですか?」
「はい、お好みに合うと嬉しいのですが……」
グレイスが包みを開けると、深紅のレース生地が現れた。
「まあ、なんて繊細で美しい模様のレースなのでしょう……ありがとうございます」
「喜んでいただけて、私もうれしいです」
「ありがとうございます、アシュトン様。それでは中へどうぞ」
カルロスは、アシュトンとアシュトンの召使を広間に案内した。
「さあ、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
アシュトンがすすめられた席に座ると、シェリーがやっと駆け付けた。
「アシュトン様、ようこそいらっしゃいました」
「シェリー様……お邪魔しています」
カルロスの指示で、お茶会が始まった。
「それで、話と言うのは……どのような内容でしょうか?」
「はい、実は……ジルの結婚式にシェリー様と一緒に参加したいと思もっておりまして……」
「それは、どういうことですか?」
カルロスがアシュトンに改めて尋ねると、アシュトンは少し顔を赤らめたまま、カルロスを見つめて答えた。
「シェリー様を私の婚約者として、一緒に結婚式に参加したいと考えております」
「……やはりそうでしたか……。シェリー、お前も気持ちは固まっているのだろう?」
カルロスは肩眉を上げて、シェリーのことを横目で見た。
「……ええ、お父様。私もアシュトン子爵と同じ意見なの」
「こちらをお納めください」
アシュトンは召使に目配せをした。召使は荷物から小さめの小箱を取り出し、カルロスに献上した。
「……金ですか?」
「はい。ご挨拶の代わりです」
カルロスは静かに金を受け取ると、にっこりとほほ笑んだ。
「シェリーは少しお転婆なところがありますが……本当によろしいのですか?」
「……存じております」
「……ひどいわ、アシュトン様」
シェリーは苦笑して、アシュトンを軽くにらんだ。アシュトンは優しく微笑むと、シェリーの手を取って、指先に口づけをした。
「めでたい話ですな。……これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
「さあ、それでは夕食にしましょう。どうぞこちらへ」
カルロスを先頭にして、みんなで食堂に移動した。
食堂には所狭しとご馳走が並んでいる。
「それでは、神の祝福のあらんことを」
カルロスは簡単に祈りの言葉を述べてから、盃を手にして言った。
「乾杯!」
アシュトンを囲んで、楽しくにぎやかな夕食が始まった。
「それで、アシュトン様はいつシェリーを見染めたのですか?」
「お父様!」
アシュトンは少しのワインで体を赤く染め、ゆらりとゆれてからカルロスに答えた。
「そうですね……ジルの家から立ち去るときに、なんて背筋を伸ばして歩く女性なのだろうと感心した時から気になり始めましたね……」
シェリーは、初めて聞く言葉に目を見開いた。
「まあ、そんな風に私を見ていらっしゃったのですか?」
「……ええ。風を切って歩く女性は……格好良いと思いました」
アシュトンはそれだけ言うと、シェリーを赤い顔のまま見つめ、微笑んだ。
シェリーの話が終わるとカルロスとアシュトンは、領地を治めることについての話を始めた。シェリーはむつかしい話は苦手なので、ご馳走に手を伸ばした。
「シェリー、食べ過ぎないようにお気をつけなさい。アシュトン子爵の前ですよ」
「……でも、とっても美味しいんですもの」
美味しそうにミートパイをほおばるシェリーをアシュトンは見つめていた。アシュトンの視線に気づいたシェリーは、気まずそうに笑って言った。
「アシュトン様、どうかなさいました?」
「ちょっと……ミートパイ勝負を思い出して……懐かしいなと思いまして」
「もう、あれからずいぶん経った気がしますわ」
「ミートパイ勝負って、なにがあったの? シェリー?」
グレイスが興味深そうにシェリーに尋ねた。
「ちょっとした、お遊びですわ」
シェリーはミートパイをもう一口食べてから、この話はおしまいというように首を横に振った。
夕食を終え、アシュトンは帰り支度を始めた。
「それではアシュトン様、シェリーのことをくれぐれもよろしくお願いいたします」
カルロスは、馬車に乗り込もうとするアシュトンに話しかけた。
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。本日は素敵な食事までいただいてしまい……ありがとうございました」
アシュトンは馬車に背を向けて、カルロスとグレイスに別れの挨拶をした。
「こちらこそ、素敵な贈り物をいただき、感謝申し上げます」
グレイスがお辞儀をして、アシュトンを見送ろうとしている。
「アシュトン様、今日はおいでいただきありがとうございました」
シェリーはそう言ってアシュトンに手を伸ばした。アシュトンはその手をつかみ、シェリーを抱き寄せると彼女の頬に優しいキスをし、その耳元でささやいた。
「シェリー様、これからもよろしくお願いします」
「……はい」
シェリーは自分の心臓が痛いくらい脈打つのを感じた。
アシュトンを乗せた馬車が、シェリーの屋敷から遠ざかり小さくなっていった。
「シェリー、アシュトン様と仲良くやっていくんだよ」
カルロスの言葉にシェリーは頷いた。
「はい、お父様」
シェリーは体中に血が駆け巡るのをおさえられずにいた。
「……アシュトン様が……あんな風に私を抱きしめるなんて……」
「何か言った? シェリー?」
「いいえ、お母様。外は冷えますわ、もう中に入りましょう」
シェリーはそう言って屋敷に入ると自分の部屋に速足で戻っていった。
「アシュトン様……あのキスは……偽りではなかったわ……」
ベッドに寝転がって、シェリーは熱い吐息を漏らした。
「婚約者のふり……という約束なのに……」
シェリーは鼓動の高鳴りをどうすることもできず、ただ一人、目をつむっていた。




