33.貴石の宝石箱
「そろそろ、私の家に着きますわ」
「綺麗な建物ですね」
「ありがとうございます」
シェリーの屋敷の前で馬車が止まった。
先にアシュトンが馬車から降り、シェリーの手を取った。
細いが骨ばっている大きな手に、シェリーの小さな手が包まれる。
「足元にお気を付けください、シェリー様」
「ありがとうございます、アシュトン様」
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいませ、シェリー様」
メイド長が門を開け、シェリーはアシュトンを屋敷の中へと案内した。
「おかえりシェリー。……そちらは……アシュトン子爵?」
「カルロス・ホワイト辺境伯、ご無沙汰しております」
「ようこそいらっしゃいました。ところで本日は……どのようなご用件で?」
戸惑っている父親に、シェリーがなんと説明すればいいか考えていると、アシュトンが先に口を開いた。
「実は、私たちの共有の友人のジルが、シェリー様に失礼なことをしておりまして……。古くからジルと付き合いのある私が一言お詫びを申し上げたく思い、こうしてお邪魔した次第です」
「あ……ああ。ジル様の……。アシュトン子爵に非はありません。どうか、お気になさらず」
父親のカルロスが笑みを浮かべると、シェリーもアシュトンに向かって微笑んだ。
「そういえば、アシュトン子爵は輝石がお好きでしたね。以前、我が家に伝わる貴石で作られた宝石箱の話をしたら、一度見てみたいとおっしゃっていたかと」
アシュトンの目が輝いた。
「はい、確かに申し上げました」
カルロスは静かに頷くと、シェリーに言った。
「アシュトン子爵におばあ様の宝石箱をお見せしなさい」
「は、はい? ……わかりました、お父様」
シェリーは宝石箱が置いてある奥の部屋にアシュトンを案内した。
「あの古びた宝石箱にご興味がおありなのですか?」
「ええ。私は貴石……ラピスラズリやアメジスト、メノウなどの色々な色彩を持った石の細工がとても好きなのです。以前、ホワイト辺境伯から輝石の宝石箱のお話を伺っておりましたので、機会があればぜひ拝見したいと思っていました」
シェリーはそれを聞いて、ちょっと引っかかったような表情を浮かべた。
「アシュトン様は私を送るためではなく、貴石の宝石箱を見るために我が家へ来たかったのですか?」
「いえ、そういうわけでは……多少の興味があったのは事実ですが……」
アシュトンはいたずらを見つけられた子どものように、うつむいてそれ以上何も言わなかった。
シェリーはため息をついてから、苦笑した。
「まあ、遠くまで来ていただいたのですから、それくらいのお楽しみがあっても罰はあたりませんね。どうぞ、こちらです」
シェリーは奥の間の扉を開けた。いろいろなものが飾られた部屋の一番奥に、古い宝石箱が鎮座している。
「おお。なんという繊細な作りなのでしょう……美しい……」
「触ってみますか?」
シェリーが宝石箱を両手で持ち上げると、アシュトンの前に差し出した。
「……え? 良いのですか!?」
アシュトンはワクワクした表情で宝石箱を受け取ると、上下左右、いろいろな方向からそれを眺めては、うっとりとしてため息をついた。
「ああ……美しいですね……」
「開けてみますか?」
「え!?」
シェリーはアシュトンが両手で持っている宝石箱を開けた。
「中は……美しい刺繍が施されているのですね……。ああ、細かなところにも貴石で描かれた花や鳥のモチーフが可愛らしい……」
アシュトンはしばらく貴石の宝石箱を眺め、目を細めていた。
シェリーはそんなアシュトンを見て、呆れたような口調で言った。
「本当に……貴石の細工がお好きですのね」
「あ、つい、夢中になってしまって……失礼いたしました」
アシュトンは名残惜しそうに宝石箱をシェリーに返すと、もう一度ため息をついて言った。
「ありがとうございました。本当に素敵な宝石箱ですね」
「おばあ様の形見です。綺麗ですけれど、そこまでほめていただけると嬉しいですわ」
シェリーはくすっと笑った。
アシュトンは照れたように微笑んだ。
「シェリー、大丈夫かい?」
ホワイト辺境伯の呼ぶ声がした。
「はい、お父様。もう戻ります」
シェリーの返事を聞き、アシュトンがふと何かを思いついたような顔をした。
「シェリー様、ぶしつけな質問ですが……しばらく恋愛はしないおつもりですか?」
「……まあ……しばらくは……そう言ったお話とは距離をとりたいですわね……」
アシュトンはシェリーの答えを聞き、少し考えた後に真剣な表情でシェリーに尋ねた。
「それでは……私と偽りの婚約をするというのはいかがでしょうか……?」
「え!?」
シェリーはアシュトンのダークグレーの目の奥をじっと見つめた。




