32,ミートパイ勝負
食堂に着くと、まずジルが腰かけた。ジルの隣にはアシュトンが座った。
向かい側の席にメイリーンとシェリーが座る。メイリーンはジルの前に、シェリーはアシュトンの前にそれぞれ腰を下ろした。
「失礼いたします」
メイドがジル、アシュトン、メイリーン、シェリーの前に二つのミートパイを並べた。
少し淡い色をしているのがメイリーンの作ったもので、濃い焼き色をしたのがシェリーのパイだ。
「それでは……私のミートパイからお試しください。皆様の右手に置かれているほうです」
「いただきます」
みんながメイリーンの作ったミートパイを食べた。
「うん、しっとりとしていておいしい。肉の味が良くしています」
「ふふ」
メイリーンは得意そうな表情でシェリーを見た。
「ジル様、いかがですか?」
「おいしいよ、メイリーン」
シェリーもメイリーンのミートパイを一口食べた。上品な味付けで、シェリーには物足りなかったが、これはこれで美味しかった。
「次はシェリー様のミートパイをお試しください」
メイリーンの言葉を受け、みんながシェリーのミートパイを一口食べる。
「ん! スパイシーですね。大人向けの味付けだ」
アシュトンが微笑んだ。
「うん、これは刺激的だ」
ジルも目をまるくして、二口目を食べている。
「ちょっと、辛すぎると思いますわ」
メイリーンが一口食べてフォークを置いた。
「コショウとかスパイスとかを効かせたほうが、私の好みなので……お子様には辛いかもしれません」
シェリーがそういうと、メイリーンの顔が真っ赤になった。シェリーは余分なことをいってしまったと、少しだけ後悔した。
「それでは、どちらのパイが美味しかったか教えてくださいませ」
メイリーンがジルとアシュトンの顔を見ながら言った。
「僕は……シェリー様の作ったパイが好きかな」
ジルが言った。
「私は……どちらもおいしかったです」
アシュトンはそう言うと微笑んだ。
「それでは……勝負はシェリー様の勝ちですね……」
メイリーンが涙をためて言った。
「ジル様、いつもメイリーンの作るミートパイは世界一だっておっしゃってくださったのに……」
メイリーンが涙声で言うと、ジルは気まずそうに目を伏せた。
「あの、私、メイリーン様のミートパイのほうがおいしいと思いますわ」
シェリーの言葉にメイリーンが目を見開いた。
「同情ですか? そんなもの、よけい惨めになりますわ」
「いいえ。メイリーン様のパイはまんべんなく焼けていて、はじが焦げている私のパイよりきれいに仕上がっていました。それにスパイスの効いたパイは、時々ならおいしいかもしれませんが、いつも食べるには刺激が強すぎます」
シェリーは少し寂し気に微笑んでジルを見た。
「……それがシェリー様のお答えなのですね……」
「ジル様……」
シェリーは微笑んで首を横に振った。
「メイリーン様とお幸せになってください」
ジルは言葉もなくシェリーを見つめていた。
「ジル、いいかげんはっきりしたほうがいいんじゃないか?」
アシュトンが静かに言った。
「ああ……シェリー様、メイリーン、僕がはっきりしなかったのが悪かった。僕は……シェリー様が好きだ」
「ジル様……」
メイリーンの頬に涙がぽろぽろとこぼれだした。
「ジル様、私はジル様のことは友人としてしか見られません」
シェリーの言葉に、ジルがうなだれる。
「ジル様、私ではだめですか? 私のことを一人の女性として見ていただけませんか?」
メイリーンは小さな声でジルに尋ねている。
「メイリーン……」
アシュトンがため息をついた。
「シェリー様、メイリーン様、今日はこれでお開きにいたしませんか?」
アシュトンが言葉を続ける。
「ジルも、シェリー様とは縁がなかったと諦めたらどうだ? いままで通り、メイリーン様と仲良くすればいいじゃないか」
シェリーはアシュトンの言葉に小さくうなずいた。
「私を思っても、お気持ちには答えられませんわ」
シェリーはジルを突き放すように言った。
「また、友人としてならお会いできますけれど、恋人にはなれません」
シェリーはジルにはっきり言った。
力なく微笑んむジルを見て、アシュトンが言う。
「シェリー様のほうがよほどはっきりしている。ジル、格好悪いぞ」
「ああ、僕は格好悪いさ」
アシュトンはジルを部屋まで連れて行くと、ベッドに座らせた。
ジルはベッドの上で、シェリーに手を振ってからメイリーンに言った。
「メイリーン、君の気持ちには答えられそうにないよ」
「ジル様、私はあきらめませんわ」
ジルの手を取って、見つめるメイリーンを横目にシェリーは言った。
「ミートパイ、ごちそうさまでした。メイリーン様はきっとジル様にとって素敵な恋人になられると思いますわ」
シェリーが帰ろうとすると、アシュトンが声をかけた。
「よろしかったら家まで送りましょう、シェリー様」
「まあ、大丈夫ですわ」
「いえ、親友のジルの非礼もお詫びしたいですし……」
「……それでは、送っていただくことにいたしましょう」
アシュトンとシェリーはジルとメイリーンに別れを告げると、シェリーの家に向けた馬車に乗り込んだ。




