29.自宅
「ただいま戻りました」
「おかえり、シェリー。ジル様のけがは大丈夫そうだったかい?」
シェリーは疲れた笑みを浮かべて父親の問いかけに答えた。
「足を怪我して動けないようでした。でも、かわいらしい婚約者様がそばにいらっしゃいましたから、すぐによくなるのではないでしょうか」
シェリーの言葉を聞き、父親のカルロスは驚いた表情を浮かべた。
「婚約者が来ていたのか? ジル様の? ……そうか」
カルロスは困惑していた。
シェリーはため息をついてから言った。
「かわいらしいお嬢様でしたよ、婚約者のメイリーン様は」
「でも、シェリー……お前はジル様のことが……」
シェリーは笑顔でカルロスに言った。
「急いで帰ってきたので疲れてしまいました。もう部屋に戻ります」
「……わかった。シェリー、なにかあったら言うんだよ」
「ありがとうございます。お父様」
シェリーはお辞儀をしてから自室に速足で戻っていった。
部屋のドアを開け、中に入ると鍵をかけた。
そして、そのままベッドに倒れこんだ。
「……ジル様も……アルバートと同じだったなんて……」
シェリーは深くため息をついた。
「メイリーン様の一方的な思いかもしれないけれど、ちゃんと答えていないジル様はずるいわ」
シェリーはごろんと仰向けになって、窓の外に目をやった。
月には雲がかかっている。
「……私は……ジル様なんて……興味ないわ」
そう呟いてみたけれども、シェリーの心はざらついていた。
「子どものころによんだお話は、王子様とお姫様は幸せになっていたのに……現実は……厳しいのね」
シェリーの心は、もう乾いていた。
目をつむると、自分に笑いかけていたジルの顔が浮かんでは消えていった。
「私は誰を信じればよいのかしら……」
シェリーは目をつむったまま静かに息を吐いた。
体が重い。やはり、ずいぶん気が張り詰めていたのだろう、とシェリーは思った。
薄暗い部屋の中で、いつのまにかシェリーは眠りについていた。




